ハイブリット・インターフェイス
中間テストの嵐が過ぎ去った。
結果はというと、ナミとレティカ先輩は当然のように優秀な成績を収め、まるでそれが当たり前であるかのように淡々としていた。私はといえば、結局ケアレスミスを最後まで克服できず、良くも悪くもない、まさに「可もなく不可もなく」という点数に落ち着いてしまった。自分でも予想していた通りの結果だから大して落ち込むこともないけれど、やはり少し悔しい。
チルは得意分野で満点を叩き出し、専門家顔負けの理解力を見せつけた一方で、みんなで一夜漬けのように頑張った教養科目は、何とか赤点を免れるというぎりぎりの戦いだった。そして、ユナは――。
「うわーん! フィリカのバカー! みんなのバカ―! 追試だよ、追試ー!」
E-07室いっぱいに、彼女の元気な泣き声が響き渡った。教科書やノートを机に叩きつけるように広げながら、涙目で私たちを睨んでくるユナ。けれど、その姿に深刻さよりもどこか可笑しみが勝ってしまい、みなのどまで出かかった言葉をぐっと飲みこんだ。
そんな学園の日常に、ついにその日がやってきた。
――全校生徒の端末に、一斉に通知が届く。
『HI操縦適性シミュレーションを実施する。全生徒は、各学部のシミュレーション室へ集合せよ』
画面に浮かぶ文字を見た瞬間、胸が高鳴った。例年よりもHIの授業が始まるのが随分と遅かったらしい。そのせいか、学園全体が、どこか浮き足立ったような、熱気と興奮に包まれているのが分かった。廊下を行き交う生徒たちは、口々にシミュレーションへの期待や不安を語り合い、いつもより声が弾んでいた。
シミュレーション室に足を踏み入れると、薄暗がりの中にずらりと並んだ無骨なカプセルが、鈍く光を反射していた。これがHIの操縦席を模したシミュレーターだ。最新式の計測機器が取り付けられているらしく、内部は整然としている。それでも操縦桿は、私の知るものよりも少し大きめで、むしろ握りやすそうに見えた。
「――これより、計測を開始します」
無機質なアナウンスと共に、目の前のモニターに戦場の映像が映し出される。両手で操縦桿を握り、足元のペダルを踏み込む。目を走らせると、無数の計器類が光を放ち、複雑な数値が流れている。
初めて触れるはずなのに、なぜか、その全てがすっと自分の身体に馴染むような、不思議な感覚があった。
本物のHIで味わった浮遊感とは違う。もっと直接的で、泥臭く、鉄の塊を動かすという実感が全身を走る。悪くない。むしろ、ぞくぞくするような快感すらあった。
モニターは戦場から自然の景色へと移り変わる。広大な草原、深い森、そしてやがて見えてきた青い海。やはり映像の中であっても、海はどこまでも綺麗だ。
私は自然と空を仰いだ。まばゆい太陽が輝き、澄んだ青が広がっている。思わず手を伸ばせば届くのではないか――そんな錯覚を覚えるほど、その光景は心地よかった。
シミュレーションとはいえ、HIは私の手足のように動いた。滑らかに、自在に。まるで舞うように。
そして、目の前に敵影が映し出される。私は、ためらいなく引き金を引いた。
命中。敵は瞬く間に爆ぜ、画面の中で炎が揺らめいた。
これはゲームだ。けれど、ただの遊びではない。コツさえつかめば、あとは簡単。初めての人にとって最も難しいのは、その「できる」という瞬間を身体で覚えることだ。私にとって、その感覚は、頭の中で幾度もフラッシュバックし、波紋のように広がっていった。
やがて計測が終わり、巨大モニターに千二百人分のデータがランキング形式で張り出された。
上位百五十名が、パイロット候補生。その中でもトップ10のスコアは、他の生徒たちを大きく引き離している。
「……私が、5位?」
自分の名前を見つけた瞬間、一番驚いたのは、私自身だった。胸が熱くなり、指先が震えた。
トップ10に目を移すと、見知った名前がいくつかある。
「一位は……アゼル先輩だ」
生徒会長であり、軍学部のエース。その名は誰もが知っている。変人と噂されることもあるが、実力は紛れもない本物だ。
それに続く二位の名前は――「ユイチカ君」。
彼について私は詳しく知らない。ただ、操縦技術が高いことは、この結果が雄弁に物語っている。
「一度、戦ってみたいなぁ……」
自然と、そんな言葉がこぼれていた。
その時、端末に新しい通知が届く。発信者はカイ先生。
私たちは案内に従い、ゆっくりと第一グラウンドへ向かうことになった。
普段は閉ざされた裏口の扉を抜け、足を踏み入れた瞬間、私たちは息を呑んだ。
そこに広がっていたのは、もはや「校庭」という言葉が似合わない、広大な演習場だった。模擬市街地を模したビル群、起伏に富んだ荒野エリア。そして、整然と並んだ鈍色の巨人たち――百五十機にも及ぶ訓練用HIの群れ。どれも軍から払い下げられた旧式機だと聞いていた。新品ではない。だが、ところどころ入れられたペイントが、かえってその存在感を際立たせている。
生徒たちが固唾を飲んで見守る中、そのテラスクの一機が滑るように動き出した。轟音を立てて進み出ると、私たちの前で片膝をつき、停止する。プシューッという音と共に腹部のハッチが開き、コックピットからひらりと降り立ったのは――。
「――諸君、そろいましたか?」
カイさんだった。
だが、そこにいたのは、いつもの気の抜けた教師ではない。その瞳には、歴戦の兵士だけが持つ鋭い光が宿っていた。
彼は簡易足場に登り、メガホンもなしに声を張り上げる。だがその声は、演習場の隅々まで、力強く響き渡った。
「これより、HI操縦基礎演習を開始する! ……と、その前に、諸君にはっきりと告げておかねばならないことがある。この授業の目的だ」
一度、言葉を切ると、1200人もの生徒を一人ひとり確かめるように視線を走らせる。
「目的は、ただ一つ。一ヶ月後に行われる、毎年恒例、我らがダルムシュタットスクールと、あのノリッジスクールとの合同体育祭! ……これに、HI種目で圧勝することだ!」
その瞬間、場内がどよめきに包まれ、やがて歓声へと変わっていった。
「ノリッジって、軍人育成に一番力を入れてる、ここより何倍も金持ちな学校だろ?」
「毎年、HI種目だけはボロ負けって聞いたけど」
「払い下げの旧式機で、最新鋭機に勝てるのかよ……?」
不安と期待が入り混じる空気。だがカイ先生は、にやりと口角を上げた。
「今年は、勝つ。なぜなら、今年は『逸材』が揃っているからな」
その視線が一瞬、鋭く私を射抜いた気がした。思わず息をのむ。
――こうして、私たちの戦いが始まろうとしていた。
「これより、体育祭に向けたチーム編成を開始する!」
カイ先生の声が、興奮にざわめく演習場に響き渡った。
「パイロット候補生は二人一組でチームを組め! そして残りの生徒は、自らが勝利に貢献できると信じるチームを探し、サポートメンバーとして所属しろ! 一チームの定員は十六名まで!」
その瞬間、巨大な演習場は歓声と怒号が入り混じった坩堝と化した。パイロット候補生と名指しされた生徒たちの周囲には、あっという間に人だかりができる。
「俺を整備班に入れてくれ! エンジン調整なら誰にも負けない!」
「私は戦術分析が得意です! 戦況マップは任せてください!」
「誰か! パイロットの方! 拾ってください!」
あちこちで、必死のアピール合戦が繰り広げられる。互いに声を張り上げ、必死に名乗りを上げるその熱気に、思わず息を飲んだ。
私もレティカ先輩も、当然のように候補生として名前を呼ばれていた。胸が高鳴ると同時に、気づけば私の周りにも数人の生徒が集まってきている。
「エアリアさん! 僕と組みませんか!」
「一緒に勝ちに行きましょう!」
どうしよう――戸惑っていると、すっと私の横に影が差した。
「――フィリカは、私と組む。文句はないよね?」
凛とした声。振り向けば、そこにはレティカ先輩がいた。彼女は有無を言わせぬ迫力で、周りからは自然と誰も寄り付かなくなっていた。
「せ、先輩……」
「言っとくけど、足手まといは許さないからな。死ぬ気でついてこいよ」
ぶっきらぼうな言葉。けれど、その瞳の奥には確かな信頼の色が宿っていた。嬉しくて、思わず顔が綻んでしまう。
気がつけば、私たちの周りには、いつもの仲間が集まっていた。ユナ、ナミ、チル――誰に言われるでもなく、ごく自然に、そこに立っている。まるで、最初からそう決まっていたかのように。
「しょうがないですね。貴女たちが規則違反をしないよう、私が監督してあげます」
ぶすっとした顔で言うナミ。
「……チームの勝利という事象を、私が数式で証明する」
淡々と呟くチル。
「よーっし! 私、みんなのお弁当作るね! あと、応援団長もやる!」
一人だけ、少しずれているユナ。
E-07室の仲間たちが、私の最初のチームメンバーになった。
「――やれやれ。これほど面白いチームを見過ごすなんて、みんなは見る目が無いな」
芝居がかった声と共に、私たちの輪に、するりと一人の男が加わった。
アキラ君だ。彼はシミュレーターで上位にランクインしていたはずなのに、まだどのチームにも所属していなかったらしい。
「僕も、君たちのチームに入れてもらおうかな?」
「副会長さんには悪いけど、パイロットの枠は埋まってるんだ。別チームに行きな」
レティカ先輩が、あっちへ行けとばかりに手を払う。
「なら、遠慮なくチームに入れてもらうよ」
「おい、今聞いてただろ? パイロットは埋まってるんだって」
「だーかーら、僕はパイロット志望じゃないって。HIだって代わりに知り合いに預けたし」
「え、でもアキラ先輩、成績だと……」
「はっはっは。僕ほどの男になると、HIを操縦するだけが楽しみじゃないんだ」
彼はにやりと笑い、私の耳元で低く囁いた。
「ナミだけじゃ心配だ」
彼の言葉の意味はまだ分からなかった。けれど、アキラ先輩が加われば、何か大きなことが起こる――そんな予感だけは確かにあった。
こうして私たちのチームは6人に。定員まであと10人。人集めは大変だろうと思ったが、その心配はすぐに杞憂だと分かった。
「よろしくお願いします、エアリアさん、ヴァルムさん!」
駆け寄ってきたのは、一年生の開発実験学部の生徒たち。そして、軍学部に所属する三人の少女。皆、真剣な眼差しでこちらを見ている。彼らの視線には、勝ちたいという強い意志が宿っていた。
こうして、私たちのチームは次々と仲間を迎え入れ、十六名の枠を埋めた。
パイロットは、私とレティカ先輩。
そして、私たちを支えてくれる最高の、そして少し不思議な仲間たち。
演習場の反対側では、アゼル会長とユイチカ君が当然のようにコンビを組んでいた。彼らの周囲には軍学部と開発実用学部のエリートたちがひしめき合い、誰もが今年の優勝候補と認めている。
でも――私たちは、絶対に負けない。
それから二十分後、カイ先生が再び口を開いた。
「皆、それぞれチームを完成させたようだな。さあ、これからは一か月後まで、時間はあまりない。そのことを肝に銘じろ」
その声に、演習場が静まる。
「皆の知るように、HI二機でチームを組み、ダルムシュタット、ノリッジ両校の合計十二チームが争う混戦。『スクランブル・ロワイヤル』では数あるチームの中で、どれだけポイントを稼げるかが勝負の分かれ目だ。そして、そこで審査員から高得点を得た八チームだけが『チャンピオンシップ・トーナメント』へと駒を進められる」
生徒たちの目が一斉に輝いた。
「私としては、ぜひ皆にその舞台へ行ってもらいたい」
その言葉が終わるや否や、男子生徒たちの雄叫びが天を突き、場内の熱気が一気に爆発した。
私は無意識に、目の前に立つテラスクを見上げる。灰色の巨人。無機質なはずの鉄の塊なのに、なぜかそこから脈打つような鼓動を感じた。
これから一か月。この鉄の巨人と、そして最高の仲間たちと共に、私たちは――私たちの戦いを始めるのだ。
次回のエピソードは9月26日16時10分に更新します。




