隠し事同盟
サーバー室での一件が過ぎ、数日が経った。
あの夜――カイ先生にこっぴどく叱られ、尻尾を巻いて部屋に戻った私たちは、E-07室で、夜更けまで小さな会議を開いていた。
「――というわけで、ここに『フィリカのアウリアン隠蔽作戦同盟』の結成を宣言します!」
ユナが勢いよく立ち上がり、ジュースの缶を掲げて乾杯の真似事をする。その隣でチルも、こくこくと真剣に頷いていた。
……名前のいい加減さは、もう少しどうにかならなかったのだろうか。
「……ごめん。みんなを、巻き込んじゃって」
私が小さく頭を下げると、ユナは「何言ってんの!」と笑い飛ばす。あまりにも迷いがなくて、こっちの胸がじんわりと温かくなる。
「謝ることなんて何もないよ! むしろ、話してくれて嬉しかったくらい! だってさ、これで私たち、ただのルームメイトじゃなくて、秘密を共有する本当の仲間って感じじゃん!」
ナミもまた、少し頬を赤らめながら、しかしきっぱりとした口調で言った。
「……フィリカ。規則上は、あなたの存在は報告義務の対象となります。ですが――ルームメイトとして、私はあなたの秘密を守ります。これが、私の新しい規則です」
「ナミ……」
胸の奥に、熱いものが広がっていく。
「ただし!」
人差し指をぴしっと立てるナミ。
「二度と、あんな無茶はしないでください。心臓に悪いです」
チルは、私の羽耳をじっと観察しながら、平然と呟いた。
「この羽毛の空力特性……非常に興味深い。理論化すれば、新しい数式体系にできるかもしれない」
結局いつも通りで、でもそれが妙に嬉しかった。
――そうだ。私は、もう一人じゃない。
この夜を境に、胸の奥の孤独は静かにほどけていった。
だが、そんな私たちの結束を試すかのように、ダルムシュタットには中間試験の季節が訪れる。
「うげー、テスト勉強かあ……」
寮の自室で、ユナとチルが頭を抱えていた。特に全学部共通の教養科目は範囲が広すぎて、どこから手を付ければいいのか分からない。
「どこか、静かに勉強できる場所ないかなあ……」
私も同じ思いで校内をさまよっていると――
「エアリアさん! 奇遇だね! 僕も今、君と同じことを考えていたんだ!」
図書館の影から、まるで待ち構えていたかのように姿を現したのは、アゼル会長だった。偶然を装うにはあまりに絶妙なタイミングだったが、彼の人懐っこい笑顔に押し切られ、私はなぜか生徒会室で勉強することに。そこには、当然のようにアキラ先輩の姿もあった。
やがて話を聞きつけたユナ、ナミ、チルも合流し、さらに私が廊下で出会ったレティカ先輩を誘ったことで、彼女もどこか不機嫌そうに渋々ついてくる。
こうして、奇妙な顔ぶれによる大規模な勉強会が生徒会室で幕を開けた。
「わぁ、ユナちゃん、そこはね、この公式を使うと、もっと簡単に解けると思うな」
レティカ先輩が、ふんわりと微笑んでユナを指導する。その仕草は柔らかく、昼間の彼女をよく知る者なら誰もが納得する完璧な先輩そのものだった。
「……だから、この数字を、この公式に入れて……えいっ!」
「ユナさん、それは魔法ではありません」
「この登場人物の心情を答えよ……意味が分かりません。彼の脳のスキャンデータはどこに?」
「チルさん、文学は科学ではないのです……」
早速ユナとチルの珍問答が始まり、私とナミは頭を抱えることになる。
「フィリカさん、あなたの番です。……おおむね完璧です。ただし――なぜ解答欄が一つずつ隣に引っ越しているのですか?」
「あ……!」
やはり私は、昔からこういうケアレスミスが多い。ナミの冷静な指摘に、ひたすら縮こまるしかなかった。
「ははっ、みんな大変そうだね」
アキラ先輩が、どこからか調達してきたお茶を配りながら、和ませるように笑う。
その時だった。ユナが、不思議そうにレティカ先輩を見つめて言った。
「……レティカ先輩も、そんなに無理しなくていいよ~。何となく気づいちゃったから」
その純粋な一言は、彼女の仮面に深々と突き刺さる。ふんわりとした笑顔が、ぴしり、と音を立てて固まった。
「……あー、もう! そうだよ、その通りだよ!」
大きく天を仰ぎ、髪をわしわしとかき乱すレティカ先輩。
「隠すの、やめだ、やめ! 猫被ってんのも、めんどくせえ!」
その口調は、あの夜に私が知った素顔のレティカ先輩だった。
「やっぱ隠し事って疲れるな。なぁ、フィリカ」
「はい、そうですね。だから私たちは“隠し事同盟”なんです。先輩」
一瞬呆気に取られた彼女は、やがて疲れ切った、それでも本物の笑顔を見せた。
「いつ入ったかねぇ、そんな同盟。まあ……悪くないけどさ」
こうしてE-07室の秘密は、その場にいた仲間たちが共有する「隠し事同盟」へと拡大していった。
仮面を脱ぎ捨てたレティカ先輩は、乱暴な口調ながら的確な指導で最高の教師役となり、勉強会はさらに活気づく。ユナとチルは相変わらずで、ナミはその度に眉をひそめる。アキラ先輩と私は困惑を隠せなかったが――アゼル会長だけは、ずっと静かに微笑んでいた。
そして、不意に彼が立ち上がり、宣言する。
「エアリア……いや、フィリカさん。もし君の秘密がバレたら大変だ。生徒会までとはいかなくても、ここにいる僕らは必ず君の秘密を守ると約束するよ」
あまりに突拍子もない、だが真剣な言葉に、全員がキョトンとした。
「へえ……。会長、いつから気づいてたんだい?」
アキラ先輩が面白そうに問いかけても、アゼル会長はただ静かに微笑むだけだった。
――様々な秘密と、新しい絆を抱えて、私たちはそれぞれの試験に臨んだ。
自分の出せる全力で挑む。
きっとやれる。だって、みんなで頑張ったのだから。
次回のエピソードは9月19日16時10分に更新します。(っ'ヮ'c)




