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灰陽航路(かすがいこうろ)  作者: Asuga
第二章 陽
28/48

私も行きたいその場所(Don't ever go) 

 「おっ昼だー! フィリカ、学食、行こ!」


 チャイムの余韻がまだ天井に震えている。隣の席のユナは、待ってましたと言わんばかりに伸びをし、机の上の端末をぱたんと閉じた。教室の窓から差し込む正午の光が、粉塵の粒を金色に浮かび上がらせる。ふたりで教室を出ると、廊下は昼休みの熱と声で満ちていた。衣擦れ、笑い声、遠くの階段で鳴る足音。人の流れに押されながら、私たちは食堂へ向かう。


 食堂の入口が見えてきたとき、そこだけ空気が渦を巻いているみたいに、視線が集まっている場所があった。人垣の輪の中心に、ほんのりピンク色の光が揺れている。


 「なんだろ、あれ」


 足を止めた私の横で、ユナが背伸びをする。人垣の隙間から覗くと、輪の中心にいたのは、ピンクの髪の先輩――レティカ・ヴァルムさん。向き合う男子生徒の頬はリンゴみたいに真っ赤で、喉仏が何度も上下している。告白、だ。周囲の生徒たちは、期待と野次馬根性の混ざった顔でその場面を遠巻きに見守っている。誰かが小声で「あれ何人目?」と囁き、別の誰かが肩で笑った。


 結果はあっけなかった。


 「ごめんね。その気持ちは、すっごく嬉しいんだけど……今は、誰ともそういう関係になるつもりはないんだ」


 レティカ先輩は、申し訳なさと優しさのちょうど中間にある笑みを浮かべ、深く頭を下げた。断りに慣れている、けれど慣れたくはない――そんな呼吸の置き方。男子生徒は、砕けた心の欠片を見られないように俯き、靴音だけを残して人垣に紛れた。拍手も冷やかしも起こらない、妙に静かな終幕。


 レティカ先輩は、気まずい空気から逃げ出す出口を探すように視線を彷徨わせ、たまたま私と目が合うと、ぱあっと顔を明るくした。


 「あ、フィリカちゃん! ごめん、待たせたよね! 約束あったんだった、行こ!」


 聞き覚えのない“約束”が、先輩の口から滑らかに出てくる。私が返事をする前に、彼女は人垣を割ってこちらへ駆けてきた。勢いに呑まれ、私とユナは顔を見合わせる。


 「え、あ、はい」


 「というわけで、ごめんね! 一緒にお昼、いいかな?」


 有無を言わせない明るさに押し切られ、気づけば三人でトレーを並べていた。今日のA定食は白身魚のムニエル。表面は香ばしく、ナイフを入れると身が薄い層になってほろりとほどける。レモンバターソースが縁からゆっくりと流れ落ち、皿の白に柔らかな黄色の湖を作っていた。温野菜は色の並びまで計算したみたいに整っていて、パンはちぎった瞬間に湯気と小麦の香りを立ちのぼらせた。


 「はぁ〜、告白されるのも、地味に面倒なんだよね〜」


 フォークの背で魚を押さえながら、レティカ先輩が肩の力を抜く。さっきまでの“人前の顔”が、卓上の温度で人肌に戻っていく。


 「わっかる〜! 断る方もエネルギー使うし、周りに見られるのとかマジ最悪!」


 ユナが大げさに眉をひそめ、パンを頬張った。私は、そんなふたりの会話に少し驚いて、口に運びかけたパンをお皿に戻す。誰にでも優しそうで、ふわふわして見える人にも、“面倒”がある。私が知らなかっただけの日常。


 「そういえば、フィリカちゃんってさ」


 先輩の何気ない声が、ふっとこちらに向く。


 「ご飯のときも、そのニット帽、取らないんだね?」


 心臓が、冷たい指で弦を弾かれたみたいに跳ねる。喉がきゅっと狭くなる。私は、あらかじめ用意していた言葉を、落ち着いたふうに取り出した。


 「……これは、母が編んでくれた、大切なものなので。できれば、肌から離したくないんです」


 言い慣れているように言えた自信はない。ユナとレティカ先輩は「ふうん」という顔をして、まだどこか納得しきれない光を目に宿していた。


 「えー、でも見てみたいな〜、フィリカの髪!」


 「そうそう! きれいな色してるし、絶対ふわふわだよ〜」


 悪意のない好奇心ほど、時に鋭い。背中に冷や汗が細い川を作る。ここで頑なに拒めば、余計に不自然。私は、ほんの少しだけ胆力を掴む。


 「……じゃあ、ほんの一瞬だけ、ですよ」


 周囲をぐるりと確認してから、帽子の縁に指をかける。額の生え際をわずかに持ち上げ、すぐに下ろす。ほんの瞬き一つぶんの時間。羽耳は、見せない。


 「「わっ……!」」


 ふたりは小さく声を漏らした。驚いたのは耳ではなく、光を吸い込んだみたいなプラチナブロンドだったのだろう。窓から射す昼の光が一本一本の髪に細い縁取りを与え、糸の束が空気の中でふわりと浮いた。


 「すご……! やっぱり、ふわっふわじゃん!」


 「なんだか、陽の光を編み込んだみたいだね〜」


 褒め言葉はどれも柔らかい。でも視線が皮膚を撫でる感覚は、どうしても慣れない。


 「……でも、あまり、こういうのは好きじゃなくて」


 か細い声で伝えると、ふたりははっと目を合わせた。


 「あ、ごめん!」


 「そうだよね、失礼だったね!」


 すっと引く。ふたりにも境界線の感覚がある。そのことに、私は少し安堵した。


 午後の授業が近づくと、レティカ先輩は「助かったよ、ありがとう!」と軽やかに皿を片づけ、風のように去っていった。開発実用学部は午後一番かららしい。私たち社会歴史学部は最初のコマが空きだ。学部で流れる時間が違う――またひとつ、学校の仕組みを知る。


 ぽっかり空いた時間、私とユナは中庭のベンチに並んだ。レンガの校舎が正方形に囲む中庭は、芝の緑が柔らかく、風の通り道になっている。ベンチの背後の手すり越しには、崖下に広がるハウゼンの街がまるごと絵画みたいに見えた。屋根の色はパッチワークの布地みたいで、路地の線は蜘蛛の巣のように細かい。人と乗り物の流れは、遠目にも生き物の血流みたいに脈打っている。


 「すごい……綺麗だね」


 「うん。いつか、行ってみたいな、ハウゼン」


 ユナの横顔が、風に撫でられて目を細める。その時、背後から空気の温度を一度下げるような声が落ちた。


 「感心しませんね」


 振り向くと、言語学のミカミ先生が立っていた。きちんとした襟、張りのある声、まっすぐな視線。だがその眼差しの奥に、微細な棘が仕込まれているのがわかる。


 「あの街には、素性の知れない異星の者たちが、掃き溜めのように暮らしているのですよ。この清浄な学び舎とは違って、決して安全な場所ではありません」


 “異星の者”という言い回しのところで、彼女の口元がわずかに歪んだ。私の胸の内側に、冷たい針が一本、静かに差し込まれる。ユナは怯えたように身をすくませ、「ちょっと、怖くなっちゃいました」と小声で言った。私は、うまく言葉を持てず、曖昧に頷くしかなかった。


 ――夕食後。寮の部屋で一日の感想を言い合っていた。ナミは「どの講義も知的探求心を刺激される」と真面目に語り、チルは「宇宙の法則に比べれば、全部誤差の範囲かな〜」と、いつもの等身大の謎を口にしている。笑いが一段落したところで、ユナが爆弾を投げた。


 「ねえ、今からハウゼンに行かない?」


 「はあ?」


 ナミが心底呆れた顔で振り向く。「先生の話、聞いていなかったのですか? 危ないですし、そもそも夜間の外出は校則で禁止されていま――」


 「でも、だからこそ気になるんじゃん!」とユナ。「自分の目で見てないことを、言葉だけで怖いって決めつけるの、なんか嫌じゃない?」


 その真っ直ぐさは、無謀の角度と紙一重。けれど、私はその角度に惹かれてしまう。


 「……私も、行きたい」


 「フィリカまで! だめです、絶対に言いつけますよ!」


 ナミの眉が吊り上がる。チルは珍しく窓の外をじっと眺め、何か別の計算に没入しているみたいだった。私たちは、寮監には「少し中庭の空気を吸ってきます」とだけ告げ、一時外出の許可をもらった。制服の上にコートを羽織ったユナと、下に仕込んでおいた私服に素早く着替えた私。脱いだ制服は、茂みの奥にそっと隠す。布の冷たさが、皮膚に残った。


 裏門を抜け、坂を下る。校舎の灯りが背後で遠のくにつれ、街のざわめきが前から押し寄せてくる。ハウゼンは、教室の窓から見下ろしたときの整頓された美しさとは反対に、近くで見ると、匂いと音と手触りの入り混じった“生”だった。屋台の鉄板が油をはじく音。香辛料の鋭い香りに混ざる甘い菓子の気配。地面の石畳の継ぎ目に溜まった雨の匂い。看板の文字は地球語と連合共通語が交互に並び、青い皮膚の手と褐色の手と金属の指が、当たり前みたいに商品を受け渡す。


 ただ、よく見ると流れには偏りがある。道の真ん中を我が物顔で歩くのは地球人で、異星人はそっと道を譲る。店で威張るのは地球人で、頭を下げるのは異星人。笑い声の質が、立場の高さを微妙に映す。そういう“重さ”が、街路の低いところに薄く溜まっている。


 そして、もうひとつ気づいた。屈強なヴァルカリアンも、昆虫のような肢節を持つクリケトスもいるのに、私と同じアウリアンの姿だけが見当たらない。私の耳――帽子の下で押さえ込んだ羽耳――が、空気の振動を拾うたび、どこか遠い場所を探しているみたいに疼いた。


 祭りみたいに人の波が密になる一角に差し掛かったとき、私たちはあっけなく離れ離れになった。視界には背中と肩と腕しかなく、呼吸の音が他人の胸板で跳ね返ってくる。私は立ち止まることも進むこともできず、波に押されて横道へはじき出された。


 ――そのとき、空気の密度が変わった。雑踏の層が一枚剥がれ、冷たく淀んだ流れが頬を撫でる。私の耳は、微かな違和感を拾うのが得意だ。よくないものの匂いがする。


 引き寄せられるように、薄暗い裏路地を覗き込む。ガラクタと配管の影が折り重なるその奥で、ふたつの人影が煙草をふかしていた。ひとりは、見慣れたピンクの髪――レティカ先輩。もうひとりは、二メートルはあるだろう巨躯のアウリアン。街灯の届かない光の継ぎ目で、ふたりは烟の膜の向こうにいた。


 レティカ先輩の顔からは、学校で見慣れた太陽のような笑顔が消えていた。頬の筋肉は動かず、瞳だけが鋭く光っている。吐き出された煙は甘く、どこか危険な香りを含んでいた。砂糖を焦がした隙間に金属の苦みが差し込むような匂い。普通の煙草ではない、と本能が告げる。


 「……先輩?」


 私の呟きは、雑踏の遠い唸りに溶けたはずだった。けれど、レティカ先輩の肩がぴくりと震え、ゆっくりとこちらに顔を向ける。そこにあったのは、無表情に限りなく近い顔と、獲物を見つけた肉食獣の光。


 「……見たな?」


 底を擦るみたいな低い声。昼間と同じ声帯から出ているのに、質感が違う。氷の縁で舌を切ったみたいな冷たさ。


 「ちっくしょうが……なんで、テメェがここにいやがる」


 口から吐き出される言葉は、私の知る彼女の辞書には載っていないはずの汚さで、しかし妙に舌に馴染んでいた。隣のアウリアンの男は、興味なさそうに煙を吐き出し続ける。その煙が路地の壁を汚した古いポスターに貼り付き、ゆっくり形を変えた。


 「ち、違います、私は、その……」


 見ていない。関係ない。言い訳の形は頭の中に浮かぶのに、喉がうまく震えない。足は地面に縫い止められたみたいだ。


 「あァ? 何が違うってんだよ」


 レティカ先輩が一歩、私に近づく。甘い匂いが濃くなり、頭の奥の柔らかいところを撫でつける。視界の縁が少しだけ暗くなる。


 「箱庭でのうのうと生きてるお嬢ちゃんが、こんな掃き溜めに何の用だ。答えろよ」


 そのとき、黙っていたアウリアンの男が、石を転がすみたいな声で口を開いた。


 「おい、ヴァルム。やめとけ」


 「……んだよ、コイツは――」


 「『お客さん』の相手をした後だからって、そう噛みつくんじゃねえ。みっともねえぞ」


 “ヴァルム”。姓が呼ばれた瞬間、昼間の講義と線がつながる。ヴァルム教授。厳格で、厳密で、歴史の重さを背負った声。思考と口が、最悪なタイミングでつながってしまった。


 「……ヴァルム教授の……お子さん、なんですか? レティカ先輩が……」


 言ってはいけない言葉だった。レティカ先輩の顔から、残っていた微かな温度がすべて抜け落ちる。拳がぎり、と音を立てるほど握られ、指の関節が白くなる。目の奥に灯ったのは、怒りや憎しみといった名前を持つ感情の後に残る、乾いた純粋な殺意だけ。


 ――まずい。殺される。


 本能がようやく声を上げ、全身の筋肉が同時に固まる。鼻先の空気が刃物のように冷たく、肺が呼吸を拒む。時間が伸び、世界がこの路地の幅だけに縮む。


 そのとき。


 「フィリカー! どこー⁉」


 雑踏の音の中から、ユナの声が綱のように投げられてきた。現実につながる、一本の細い線。レティカ先輩の殺気が、ほんの一瞬だけ揺らぐ。彼女は舌打ちし、私にしか届かない低さで囁いた。


 「……今日のことは、誰にも言うな。もしバラしたら……お前のその綺麗な髪、一本残らず、頭皮ごと剥いでやるからな」


 嘘じゃない。私の内側のどこか、判断の早い部分が、そう確信した。私は頷くこともできず、糸の切れた操り人形みたいに、路地から飛び出た。


 「ユナ!」


 「フィリカ! よかった〜、どこ行ってたのよ!」


 私は返事の代わりにユナの手を掴む。体温が、凍った指に戻ってくる。


 「いいから、早く! 戻るの!」


 説明する言葉を持たないまま、私たちは走り出した。屋台の明かりが縞になって横切り、坂道の石畳が足の裏で固く跳ねる。背後から、冷たい視線が投げ縄みたいに追ってくる気がして、一度も振り返れなかった。


 寮のドアを閉め、鍵を回す。カチリという小さな音が、砦の落とし格子みたいに私の背に落ちる。そこでようやく、自分の体が震えているのに気がついた。膝が笑い、指が震え、歯の根が合わない。


 「フィリカ、大丈夫? 顔、真っ青だよ……。やっぱり、あの街、何かヤバかったんじゃ……」


 ユナの声は心配で湿っている。私は首を横に振ることしかできない。何があったかなんて、言えるはずがない。


 ――あの優しい笑顔の裏に隠れていた、もうひとつの顔。

 ――私に向けられた、言葉の温度を持たない殺意。

――そして、父であるはずのヴァルム教授の名を聞いたときに見せた、あの絶望の色。


 レティカ・ヴァルムという人の、深い――深い闇に触れてしまった。ダルムシュタットスクールでの私の日常は、もう元には戻らないのかもしれない――そんな予感が、暗い渦となって胸の中でゆっくりと広がっていくのを、ただ見ていることしかできなかった。



 ~~~



 ダルムシュタットスクールから9000キロ離れた、群青の海に浮かぶ孤島――ギフ島。

 星間連合軍の旗が翻るその中心部、分厚い装甲壁に囲まれた監獄棟の一室。


 冷たい蛍光灯の下、金属椅子に縛りつけられた男――エルビス・コロンが、うつむいたまま息を荒げている。口内にはまだ鉄の味が残っていた。


 部屋の外側、観察窓越しにその様子を見つめるのは、長身の女性軍人アナンケー大尉と、その側近のトラスト中尉だ。

 どこからともなく流れるハスキーな女性の歌声が、薄い壁を震わせていた。


 『~Don't ever go Don't ever go~』


 「チッ、気味の悪い音楽だ。」

 エルビスはこの鉄で囲われた空間に響く女性の声に恐怖すら覚えていた。


 「~I love you so~」

 寂しそうな肉声が静かに響く。


「へえ、ダイアナ・クラールですか。いい趣味ですね、大尉」

 トラスト中尉が肩越しに声を掛ける。

「この曲は落ち着くの。二十秒足らずのこの間奏が、私に勇気をくれる」

「……忘れられないお相手でも?」

「いけない人ね、中尉。人の内側を覗くものじゃないわ」


 そのやり取りを遮るように、背後から扉が開き、粗野な足音が響く。

 現れたのは、ソラリス軍の制服を着たレイ・ソーン少尉だった。


「よう、落ちこぼれの連合軍。例の太陽に脳を焼かれた愚者の一味は生きてるか?」

 レイ少尉は迷いもなく取調室の扉を蹴り開け、椅子に縛られた男の前へと歩み寄る。

「ふざけるな……俺たちは“静かなる太陽の円環”だ。お前らを正す最後の裁定者だ」

「はっ、円環だの静かなるだの……覚えたての言葉を振り回すガキが」

 レイ少尉は鼻で笑い、挑発的に顎を突き出す。

「顔を覚えたからな。ソラリスの名を汚す異常者集団め」

「顔を覚えてどうすんだ? 今夜の妄想相手か? それとも、そこの若い姉ちゃんにでもしてやろうか?」


 その瞬間、トラスト中尉の眉がぴくりと動いた。


「連合のアナンケー大尉殿、今ここで銃殺刑にしてもいいでしょうか?」

 薄気味悪いゲスな表情でレイはそう問うた。

「いいわけないでしょう。まだ聞くことが山ほどあるわ」

 アナンケーの静かな声に、レイ少尉は大げさに肩をすくめる。


「……じゃあ、あいつに会ってから帰るわ」

 それだけ言うと、レイ少尉はくるりと背を向け、靴音を響かせながら部屋を出て行った。


 ドアが閉まると同時に、トラスト中尉は深くため息をつく。

「これだから政府お抱えの準軍組織というのは……」


 アナンケーは構わず、取調室へと足を踏み入れた。

 鋭い視線をエルビスに向け、低く問いかける。

「七年前――ソラリス残党の内部で何が起こったの? ニューロンドを火の海にした目的は? 指揮を執ったのは誰? そして、“オブリヴィオン”とは何?」


 エルビスは短く息を吐き、血の混じった笑みを浮かべた。

「ソラリスで何も起きちゃいねえ。ただ……“奴”が動いただけだ」

「奴?」

「ネプト。異星人隔離区域にいたって噂の男だ。あいつは今でも言われてる……“ウィル・トール”の生まれ変わりなんじゃないかってな」


 アナンケーの瞳が、一瞬だけ揺れる。

「馬鹿を言う……生まれ変わりなんて」


 それでも、否定の言葉とは裏腹に、胸の奥では、ずっと排除してきた可能性が、じわじわと輪郭を帯びていくのを感じていた。


 『~Don't ever go Don't ever go Don’t ever go~』

 甘く不穏な旋律は、そこで途切れた。

次のエピソードは8月22日16時10分に更新します\( 'ω')/

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