出会いそして再開
ガイダンスが終わり私のワクワクは頂点に達していた。
その理由はまずこの学校、ダルムシュタットスクールの概要を知らないといけない。
ダルムシュタットスクールは地球で二番目に優秀な教育機関らしく、政府の偉い人や、軍人さんなどの子供が多数在籍している。そのため学校内には社会的地位の高い家庭出身の学生であふれている。でも、学問への真摯な姿勢や人格的な成長を重視する校風によって、出自による差別的な雰囲気は少ないらしい。
私達学生は自分たちの興味や将来の目標に応じて履修科目を選択して決める。ちなみに私も学部はあえて社会歴史学部にした。地球一の学校ノリッジスクールの固定的な時間割とは違って、各自が学部の必修科目を基盤として、他学部の科目も自由に聴講ができる。だからたまに先輩が後輩の授業を見に来ることもあるんだとか。この制度が学生の自主性と探究心をうんぬんかんぬん。
そしてこの学校では全学生が寮生活を送る全寮制を採用しているのだ。そう、全寮制だ。寮生活だ!私がさっきまでワクワクしていたのは寮の案内が間もなく始まるからだ。
同年代と同じ部屋で暮らす…今までは望んでもかなわなかったことが起ころうとしている、それも後30分もすればもうその時が来ているのだからワクワクしないはずもなく…じゃなかった。
ええっと、この寮は単なる宿泊施設の提供ではなく、異なる背景を持つ学生同士の共同生活を通じて、協調性や多様性への理解を深めることを目的としている。寮は4人部屋が基本で、学部を越えた交流が自然に生まれる環境が整備されているとのこと―‐
そんなことを一人、考えていたらユナが手を振っているが目に入った。
「あ、寮の案内始まるって! 一緒に行こっか?」
「うん!」
私たちは女子寮E棟に向かった。私の部屋はE-07室。4人部屋だという。
「実は私もE-07なんだ〜! 運命だね〜」
ユナがにっこり笑う。奇跡の次は運命……か。果たしてそんな素敵な表現なものだろうか?
E-07室は思っていたより広かった。二段ベッドが二つと、机が四つ。窓からは中庭が見える。
「先に来てる子がいるね」
ユナが指差す方を見ると、一人の女の子が机に向かって本を読んでいた。青い髪をきっちりと結んでいて、姿勢がとてもいい。
「あの、こんにちは」
私が声をかけると、その子はゆっくりと振り返った。自分が言えたことではないけど無表情で、ちょっと怖い。
「……ナミ・キリサワです。基礎教養学部」
「わあ、真面目学部だ〜!」ユナが手を叩く。「私はユナ・ナナシュ、こっちのフィリカと同じシャレ部です〜」
ユナは私に目配せして、そう言った。他学部の人に果たしてシャレ部が通じるのだろうか?
「フィリカ・エアリアです。よろしくお願いします」
「シャレ部… 社会歴史学部ね」
伝わるんだ… 学生同士だとポピュラーな通り名なのだろか?
ナミは小さく頭を下げた。無愛想だけど、悪い人ではなさそう。
そのとき、ドアが勢いよく開いた。
「やあやあ〜、新しい巣の仲間たちだね〜」
現れたのは、短い黒髪に大きな目をした女の子。なんだか不思議な雰囲気を纏っている。
「君たちは星屑みたいにきらきらしてるね〜。私はチル・ソラノ、物理化学実験学部だよ〜」
「……変わった話し方ですね」ナミがぽつりと言う。
「変わっていると思うのは君の主観じゃないかな~。まあいいや、君たちは優しそうだから、きっと仲良くなれるよ」
チルはふわふわと部屋の中を歩き回り、窓際のベッドを選んだ。
「星が見えるところがいいからね〜」
そんなこんなで、E-07室の4人が揃った。
ユナは明るくて社交的。ナミは真面目で静か。チルは……よくわからないけど、きっと何かすごいんだろう…多分。
かく言う私は、正体を隠した異星人。
この4人で、これからどんな日々が始まるんだろう。
ワクワク半分、ドキドキ半分そんな気分。
全ての生徒の寮の案内終わって、私たちE-07室の四人は夕食を取りに学食へ向かった。
「お腹空いた〜」ユナが手をお腹に当てながら歩く。
「学食のメニューはどんな感じなのでしょうね」ナミが冷静に考えている。
「きっと美味しいものがいっぱいあるよ〜」チルがふわふわと微笑む。
私は三人の後ろを歩きながら、この学校での初日を振り返っていた。入学式、寮の説明、ルームメイトとの顔合わせ……すべてが新鮮で、少し疲れてもいる。
学食は思っていたより大きくて、たくさんの学生で賑わっていた。上級生らしき人たちが楽しそうに話している中を通り抜けて、私たちは料理を選び始めた。
そのとき、騒がしい声が聞こえてきた。
「何だよ、新入生のくせに生意気だな」
「弁えなさいな」
振り返ると、奥の方で何人かの男子学生が一人の新入生を囲んでいた。囲まれている子は床にしりもちをついて、明らかに困っている。
彼ら上級生はおそらくだが奥にいる、冷たい瞳をしている男の子の護衛?というより愛想を振りまいている部下にも見えた。
彼は直接何かしているわけではないけれど、その場にいることは確かだった。威張っているようには見えないけれど、でもこの状況を止めようともしていない。
「あ、あれって……」ユナが気づく。
「いじめですね」ナミが眉をひそめる。
「止めに行こうよ」ユナが歩き出そうとする。
私は咄嗟にユナの腕を掴んだ。
「待って」
「でも、あの子困ってるよ?」
「でも……首を突っ込むのは……」
私は迷った。確かに、あの新入生は助けが必要そうだ。でも、いきなり知らない人たちと揉めるのは怖い。まだ入学初日なのに、トラブルを起こしたくない。
でも、ナミは迷わなかった。
「放っておけません」
そう言って、まっすぐにその集団に向かって歩いていく。
「あ、ナミちゃん!」ユナが慌てて追いかける。
私も、仕方なく後に続いた。チルは「あらら〜」と言いながら、少し離れたところで様子を見ている。
「何をしているんですか」
ナミの冷静な声が響く。
いじめていた四人の男子学生が振り返った。明らかに新入生より年上の、二年生か三年生だろう。とても四年生には見えない。
「あ? 何だよ、新入生が」
「関係ないだろ。こいつはユイチカ君を睨んだんだ」
「ぼッ、僕睨んでなんて!」新入生の男の子の弁明も虚しく親衛隊と呼んでも差し支えない上級生たちは彼を凄い形相で睨みつけた。
「関係あります」ナミが一歩も引かない。「同じ学校の仲間をいじめるなんて、許せません」
「そうだよ! やめなよ!」ユナも加勢する。
私は緊張でどきどきしていたけれど、二人の後ろに立った。
「へえ、新入生のくせに…」
「俺たちに…ユイチカ君に楯突くつもりか?」
上級生たちが威圧的に近づいてくる。私たちと彼らの間に、嫌な緊張感が流れた。
このままだと、本当に喧嘩になってしまう……。
そのとき。
「何をしているんだ、君たち」
低く、でも威厳のある声が響いた。
振り返ると、そこには見覚えのある人が立っていた。
「カイさん……?」
私は驚きでほぼ声が出せてなかった。
なぜ、カイがここに?
カイは私のもう一人の親のようなもので、この学校に入るための勉強を教えてくれた恩師。HIと呼ばれるマシーンの操縦や護身術も教わった、師匠とも呼ぶべき人。でも、なぜ?
「新任教師が……」
上級生たちの態度が一変した。明らかに、カイを恐れている。
「下級生をいじめるなど、この学び舎にふさわしくもない」
カイの声は静かだったけれど、圧倒的な威圧感があった。
「も、申し訳ありません」
上級生たちは慌てて謝って、その場を立ち去った。そのユイチカ君とやらも、複雑な表情を浮かべながら一緒に去っていく。
「大丈夫ですか?」
カイは床に座り込んでいた新入生に手を差し伸べた。
「は、はい……ありがとうございました」
その子も去っていくと、カイは私たちの方を向いた。
「あなた達も、ありがとうございます。仲間を助けようとする気持ちはとても立派です」
そして、私の方を見て微笑んだ。
「フィリカさん、元気そうで何よりです。」
「は、はい……って、なんでここに⁉」
私は戸惑いながら答えた。
「また近いうちに。それでは」
そう言って、カイはその場を後にした。
残された私たちは、しばらく呆然としていた。
「フィリカちゃん、あの先生知ってるの?」ユナが興味深そうに聞く。
「え、ええ……まあ……」
「親しげに見えましたね」ナミも注目している。
「どういう関係〜?」チルも近づいてきた。
私は困ってしまった。カイとの関係を説明するには、私の正体についても触れなければならない。でも、それはまだ言えない。
「とりあえず、お腹空いたしご飯にしようか?」
話をそらすように提案した。
私たちは適当に空いている席を見つけて座った。
学食のメニューは思っていたより豊富で、地球の各地域の料理が揃っていた。私は無難にカレーライスを選んだけれど、ユナはハンバーグ、ナミは和定食、チルは何やら色とりどりのサラダを山盛りにしていた。
「うわ〜、美味しい〜」ユナがハンバーグを頬張る。
「栄養バランスも考えられているようですね」ナミが感心しながら焼き魚を食べる。
「この野菜、すごく新鮮〜」チルがレタスをしゃきしゃきと噛んでいる。
私のカレーも、スパイスが効いていて本当に美味しかった。でも、みんなの話題は別のことに向いていた。
「それで、フィリカちゃん」ユナが身を乗り出す。「さっきの先生との関係は?」
「そうですね。とても親しげでした」ナミも箸を止めて私を見る。
意外にも、この話を一番興味深そうに聞いてきたのはナミだった。
「もしかして……」ナミの目が輝く。「特別な関係とか……?」
「え?」
「年の差はあるけれど、恋愛関係とか……禁断の恋とか……」
ナミが想像を膨らませている。えっ、このクールなナミが恋愛話に興味を?
「ちょっと待って、ナミちゃん」ユナが苦笑いする。「いきなりそこまで飛躍する?」
「でも、あの親しげな雰囲気は……」
「あの〜」
私は慌てて手を振った。
「カイさんは……えーっと、私の恩師なんです」
「恩師?」
「はい。私がこの学校に入るための勉強を教えてくれた人で……」
私は言葉を選びながら説明した。異星人であることや、カイが元軍人であることは隠して。
「昔からの母の知り合いでそれもあって。まさかここで再会するとは思いませんでしたが……」
「なるほど〜」ユナが納得する。
「それは素敵な再会ですね」ナミも微笑む。でも、どことなく残念そうな表情も混じっている。
「でも意外だったな〜、ナミちゃんが恋愛話に食いつくなんて」チルがくすくす笑う。
「べ、別に食いついたわけではありません」ナミが頬を赤くする。「ただ、客観的に状況を分析しただけです」
「客観的分析で禁断の恋〜?」ユナがからかう。
「それは……その……」
ナミがしどろもどろになっているのを見て、私たちは笑った。
意外な一面を見せるナミ。真面目そうに見えて、実はロマンチストなのかもしれない。
食事を続けながら、私たちは他愛のない話をした。学校の印象、授業への期待、寮生活への不安……。
だんだん打ち解けてきて、最初の遠慮がちな雰囲気はなくなっていた。
でも、私の心の隅には、まだ秘密があった。
私の正体のこと。
いつか話さなければならない日が来るのだろうか。もし、その時が来たら…
夕食後、私たちは部屋に戻った。
四人それぞれが、思い思いの時間を過ごしていた。
チルは誰よりも早くベッドに入って、すでに静かな寝息を立てている。
ナミは机に向かって、明日の授業の予習をしていた。もう教科書を読み込んでいる。とっても真面目だなあ。
ユナは鏡の前で、爪のお手入れをしている。小さなやすりで丁寧に形を整えて、透明なマニキュアを塗っている。私はない女の子らしさがそこにはあった。
そして私は、便箋を前に悩んでいた。
まだ海の中で一人寂しそうにしている母に近況報告をしようと思ったが、何を書けばいいのかわからない。
地球での生活のこと? 学校のこと? 新しい友達のこと?
うーんと悩んだ末、私はこう書き始めた。
『お元気ですか。私は地球の学校で新しい生活を始めました。優しい友達もできて、毎日が充実しています』
我ながら当たり障りのない平凡な文章を書いていると、ユナが話しかけてきた。
「フィリカちゃん、手紙?」
「はい、母に……」
「いいなあ。家族か…会いたいな~」
「ユナちゃんのご家族は?」
「お父さんとお母さんと、弟が一人。みんな心配してるだろう〜な」
ユナは少し寂しそうに微笑んだ。
そういえば、みんなそれぞれ家族がいるんだな。当たり前のことだけれど、改めて思うと不思議な気持ちになる。
「ナミちゃんは?」
「私は両親とも仕事が忙しくて……あまり連絡は取りません」ナミが振り返る。「でも、元気でやっているという報告くらいはしようかと思います」
「チルちゃんは……寝てるね」
「割と一番家族構成気になるかも?」ユナが冗談半分にそう言うと、私たちは小声で笑った。
「明日から授業が始まりますね」ナミが教科書を閉じる。
「楽しみ〜」ユナが伸びをする。
「ちょっと不安だけど……頑張りましょう」
私もそう言って、手紙を書き終えた。
女子寮E棟の夜は静かに更けていく。
各部屋の窓からは、まだ勉強している学生の明かりが漏れている。上級生たちは夜遅くまで課題に取り組んでいるようだ。
しかし、一年生の階は比較的早く明かりが消えていく。
E-07室の窓も、やがて暗くなった。
四人の少女たちの、初日の夜が終わった。
彼女たちは知らない。これから始まる学園生活が、どれほど波乱に満ちたものになるのかを。
今はただ、新しい環境への不安と期待を胸に、静かに眠っているだけの四人の少女たち。
明日から始まる新しい日々が、彼女たちをどこへ導いていくのだろうか。
夜風が寮の窓を静かに撫でていく。
遠くで時計塔の鐘が、深夜の時を告げていた。
ep27は8月8日16時10分に更新します!




