あれから…
第二部開幕!
あれから七年が経った。
「あれから」というのが誰にとっての「あれから」なのかは分からないが、とにかく七年が経った。
七年前のあの日、地球は変わった。
地球政府が『ソーラ・コア』と呼ぶ人工太陽エネルギー転用兵器——かつて異星とのエネルギー協定で開発されながら、最終的には惑星アヴィオスを砕き存在を物理的に消し去った巨大装置。それによって異星種族たちは、星々へと帰る者、地球にとどまり新しい生を模索する者に分かれた。
地球政府も初めは「共存」を掲げていたが、彼らの言う「共存」という言葉は地に足がついたものではなかった。とりわけ、〈アウリアン〉と呼ばれた羽耳を持つ種族は、ソーラ・コアによって母星を消されたという背景もあって、地球社会のなかで居場所を見つけるのが難しかった。
「形だけの平和」と「声を上げない差別」が、静かに日常へ溶け込んでいた。
朝が来るのを感じる、私ことフィリカ・エアリアは帽子を両手で押さえながら、ゆっくりとゲートをくぐった。地球に住む普通の女の子として…
目の前には、石造りの巨大な門と、白く反射する高層の講堂群。空は淡い雲の隙間から春の陽を射していた。入学式にふさわしい光だった。
——でも、私には、ちょっとまぶしすぎる。
「……あ、えっと、うん、がんばろう……きょうは……」
誰に聞かせるでもなく、小さくそうつぶやく。
長く伸ばした白金のような髪色は、地球の少女たちが好む色と変わらず、軽く巻かれて肩のあたりで揺れた。制服のスカート丈は規定サイズをさらに伸ばしたもので、裁縫で微調整してある。帽子の中には、羽のついた耳。アウリアンとしての特徴は、隠してある。
ようやく来れたんだ、これ以上ないチャンス逃すわけにはいかない。
私は数年前まで「海の中」で暮らしていた。
旧都市の鋼鉄骨組みを流用した第2世代耐圧ドーム——節約のため、アウリアン用の湿度調整器は常時15%不足していた。
ドーム居住区。その中にぽつんとあった、小さな屋根の部屋。私と同じアウリアン母と二人きりだった。
街に出るときだって、必ず帽子を被っていた。地球人の子供たちが、笑いながら逃げていく背中を何度も見つめた。
「待ってよ~」
「逃げろー鳥人間のフィリカが来たぞー」
子どもに差別意識があったのか、それとも大人が刷り込ませていたのかそれは分からない。
「どうして、私じゃダメなんだろう」
「どうして、こんなに誰とも、話せないんだろう」
「見えない差別」はどこにだって潜んでいる。それが相手にとって意識したものでないにしろ、敏感になっている私たちのような異星種族にはそれですら辛いのだ。
そんな日々の中、たった一人だけ、私に語りかけてくれる人がいた。かつて軍にいたヒト。今は、誰かの過去を背負ったまま、静かに海底で暮らしているらしい。
あの人はいつも優しかった。それなのに時々どこか遠くを見ているみたいで正直寂しそうにも見えたのだ。
ある日の昼時、私は口から考えていたことが零れた。
「地上の学校に行きたい」と。「私だって、友達が欲しい」と。
彼は口を驚いたように少し開けたと思えば、私の頭をいつものようになでた。
彼の手のひらから伝わる匂いを思い出す間もなく、講堂の消毒液の臭いが鼻を刺した。──現実の学園は、水中の夢のように優しくはなく、鋭い光で私を刺した。
そして今日——。
その願いは叶った。
入学式は大講堂で行われた。新入生は約200人。みんな賢そうで、きらきらしていて、私なんかが混じっていていいのか不安になる。席は学部ごとに色分けされていて、制服の装飾の形状で、誰がどの所属かすぐに分かる。
軍学部と開発実用学部の制服は艶やかで、形式ばっていて、着こなしもどこか華美だった。対して、私の社会歴史学部の制服は質素で、少し古い地球の学徒服に似ていた。
わくわくしながら中列に座った。別に前の席が嫌いなわけではなかったが、ある程度自由に席を決めてもいいといわれると、後ろでも前でもない席に座りたくなるのは私だけじゃないだろう。
——すごい。人がいっぱい……。でも……。
私の「わくわく」は、周囲にうまく伝わらなかった。
背筋を伸ばしすぎた座位も、もともとある身長178センチある体格も、無表情気味な目つきも、視線が定まらず、帽子もきちんと脱がなかったことも周りからは好印象を受けなかった。
(……ねえねえ、なんか、怖い人いる)
(シャレ部の人って、ちょっと地味なのに、なんであんなオーラ出てるの?)
(つーか、背が高いなら後ろの席に行けよな)
周囲の小声が聞こえる気がした。
あれ?
どうやら、私は後ろに座ったほうがよかったらしい。あの人の話だと隣の席とのコンタクトは大事といっていたが、この調子ではそうもいかないらしい。
やがて、壇上に一人の人物が立った。中背の女性、白髪をまとめ、黒いスーツを着ている。
「あーあ、コホン。皆さんこんにちは、此処ダルムシュタットスクールのプリンシパルのミレイ・ウミダニです。」
ミレイ・ウミダニ校長の声は、想像より若く、少し高かった。
「——本日より、あなた方は、ダルムシュタットスクールの一員です。
私たちの世界は、過去に大きな痛みを受けました。三十年前の戦争、そして七年前の戦火。
それでも、我々は『学ぶこと』を諦めませんでした。
この学び舎は、戦いに勝つ者ではなく、明日を知る者のためにあります。
偏見を恐れず、真実を恐れず、自らの問いに、まっすぐ向き合ってください。
ようこそ、ダルムシュタットへ」
校長がそう言うと、来賓や私たち生徒からの拍手に辺りは包まれた。
それに続くように、生徒役員会長の挨拶があった。肩までの紫髪に鋭い目元の青年。名はアゼル・グラード。軍学部主席であり、生徒会を統括する立場でもある。
「——私は、誰の未来にも期待していません。
けれど、もしあなたが、自分の力で道を開けるなら。
この学園は、それを支える場所であるべきだと、私は信じます。
失敗も、逃げることも、結果全てがあなたの糧になります。
だから、歩いてください。自分の脚で、しっかりと」
……へんな人。ひどく他人事だ…
私はアゼル会長を見てそう思った。でも、不思議と嫌いにはなれなさそうだった。
彼も、何かを隠しているように見えたからだ。
私はこの気持ちを知っている。これは「親近感」というやつだ。
それからも挨拶は続いた。そこからは校長先生や生徒会長の挨拶以上に長かった。隣に座った金髪の女の子が小さくあくびをしているのが見えて、ちょっと安心した。
やっと終わった。みんな立ち上がって拍手している。私も慌てて拍手する。
そのとき、金髪の女の子が振り返った。
「お疲れさま! マジ長かったよね〜」
明るい声で話しかけられて、私はどきどきした。
「あ、はい……」
「私、ユナ・ナナシュ! 社会歴史学部、通称『シャレ部』だよ。よろしく〜」
「フィリカ・エアリアです。私も社会歴史学部で……」
「マジ!。奇跡じゃない⁉」
席の場所はある程度事前に、入る学部で決められているから必然的ではとも思ったが、よく考えれば彼女と隣になったことはもしかすると奇跡なのかもしれない。
あと、シャレ部って変な略し方じゃない?
ユナは本当に人懐っこくて、話していると心が軽くなった。こういう人と友達になれたらいいな。
そんなことを一人で考えていると、彼女はすっと席を外した。
「トイレ…かな?」
長かったもの…不思議でもない。
式が終わり、ざわつく新入生の中で、私はただ一人、立ち止まっていた。
空を見上げることはしなかった。けれど、胸の中には確かな熱があった。
——ようやく、ここに来た。
それは、水の底で何度も夢に見た景色だった。
「ママ、カイさん。私、来たよ。そして、これから頑張るよ」
音がかき消された水の中では呟けなかったその一言が、今の私を突き動かしていた。




