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灰陽航路(かすがいこうろ)  作者: Asuga
第一章 灰
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一万分の一の希望

 オブリヴィオンが夜空を切り裂き、炎の街ニューロンドを離脱した直後――政府高官たちが集まる地下指令室は、ただ一言、沈黙で包まれていた。


 巨大なモニターに映っていたのは、空を焼き、炎と雷を引き裂きながらなお加速し戦線を離脱する黒き機影。各所に配置された連合軍の無人HIを蹴散らし、数度の軌道反転でミサイル網を無力化し、煙の海を突き抜けて消えていった。


「馬鹿な……あの動きは有人機ではありえん……!」

「いや、あれは……明らかにソラリスの反乱だ……!」

「――ルミナ、説明してもらおうか」

 鋭い声が飛んだ。

 問い詰めたのは、連合情報部長・ゴルファン・レイゼ。顔を紅潮させ、ルミナを睨みつける。

「君が我々に協力したというのは建前か? まさか、ソラリス残党を使い我々を……!」


「私は協力した。確かに。だが……」

 ルミナは言いかけ、言葉を切った。


 そのとき――


「失礼」

 部屋の扉が開き、席を外していたリュウジが、余裕の笑みを浮かべながら戻ってきた。


 リュウジ・ニイガエ。

 地球政府外交調整官であり、ルミナの協力者であったはずの男だった。

 だが、その瞳には冷たい光しかなかった。


「まさかこんな展開になるとは…まあ、いい。皆聞いてくれ」

「彼女は……今回のテロ行為の首謀者として、連合軍保安局に身柄を拘束させる」


「……なっ……!」

 ルミナはようやく、自分が初めから捨てられる算段だったと気づいた。


「ずいぶんお節介なことをしてくれたな。おかげで我々は想定より早く動かざるを得なくなった」

「あなたたち……最初から、私を……」

 リュウジは無言で保安官たちに合図を送り、ルミナを囲む。


「あのHI、技術は素晴らしい。持っているんだろう? 渡してもらおうか」

 その瞬間、彼女は懐から小さな通信端末と、もう一つ――赤い起爆装置を取り出した。


「だったら……これだけは…」


 パチン。


 乾いた音とともに、爆裂。

 一瞬の閃光。


 そして床に落ちた、焦げた灰となったチップ――そこには、オブリヴィオンやプロミスティングを含む、異星技術を融合した最先端HIの設計図が入っていた。


「何を――してくれたッ!」

 リュウジが怒鳴る。

「消し去ったというのか!?」


「どうせ殺されるなら、彼の場所に行ける。その方がずっといいわ」

 ルミナは微笑んでいた。


 実のところ彼女自身が一番、ウィルは戻ってこないと確信していたのだ。

 彼は死んだ。だからこそ、当てもなく死に場所を求めていたのかもしれない。

 その目は、覚悟と虚無と、どこかに微かな安堵を湛えていた。


 だが、リュウジは鼻で笑った。

「……勘違いするな。お前を殺すものか」


「……は?」


「私は理解しているよ。お前が望むのは死による贖罪。ならば、それを与えはしない」

 ルミナは、初めて顔を歪めた。

 その動揺を楽しむかのように、リュウジは言い放つ。

「お前は終身刑だ。死ぬことすら許されず、地下の鉄壁の牢で、朽ちるまで生き続けろ。……それが、何よりの罰だ」

 ――その刹那、モニターが変わった。

 赤い文字が並ぶ。警告音。

「ソーラ・コア、調整完了。」


「……やれ」

 リュウジが命じた。

「これが――地球の夜明けだ」


 空が、裂けた。


 否――空すらも飲み込む、新しい太陽の誕生だった。


 アナンケーの視界が一瞬、白に染まった。

 それは眩しさというよりも、視神経そのものが焼かれる感覚だった。

 彼女のヴァルキリーが緊急警告を発し、全感覚センサーが強制的に遮断された。


「なに……これ……」

 抑えきれない震え。


 空が鳴動し、風が空間を裂き、星そのものが断末魔をあげているような轟音が世界を包んでいた。


 地平線の彼方。

 そこに、新たな光が現れた。

 命の光線――ソーラ・コア。


 それは寿命尽きる太陽の代わりに建造された人工的な太陽。しかし、報告に聞いていたものとは違い、これは兵器そのものだった。


 喉から、かすれた声が漏れた。

 ふと、機体の自動制御が再起動し、周囲の空間情報が戻ってくる。

 そして、機体外の衛星映像がスクリーンに映し出された。


 アヴィオス。

 アウリアンの母星だったはずの星が、今、一輪の火花のように崩壊していた。地殻が隆起し、大気が剥がれ、コアが爆ぜ、星が――燃えていた。


「ウソ……でしょ……」

 アナンケーは言葉を失った。

 機体の操縦桿を握る手が震える。


(ウィル・トール……いや、あのHIのパイロットが言っていたこと――)

『クローン人間の命で動く、人工太陽。それを止めなければ、次の犠牲が出る。』

 あれは狂人の妄言だと、切り捨てていた。


 だが――

「現実になっている……?」

 オブリヴィオンの声が頭をよぎる。

 あのボイスチェンジャーの奥にあった「何か」は哀しみだったのだ。


 殺戮の主犯が、自分よりも人の命に哀れんだ。

 その事実が、胸の奥を引き裂かれるような疑問を生んだ。

「どうして……どうして、こんな……!」

 星が砕け命が吹き飛び、宇宙が凍りつく。

 アナンケーの心にも、疑念という火種が灯された。


 人工太陽ソーラ・コアによる光線照射。

 その照射先は、外交官を失った異星、アウリアンの母星・アヴィオス。超高密度の粒子光が星の大気を割り、惑星全体を貫く轟音が銀河の果てまで響いた。大地が波打ち、空が砕け、アヴィオスは爆裂する星屑と化した。数十億の命が、名も告げず、ただ熱と衝撃に飲まれて消えたのだ。


「見ろ! そこだ!」

 ユンボの叫びと同時に、アキラは上を仰いだ。


 ニューロンドの空を赤黒く染める炎と煙、その中で数棟のビルが崩れ落ちていく。熱風が皮膚を裂き、地面が傾く。

「だめだ……こんなんじゃ……!」

 アキラは、思わず泣きそうになった。

 逃げようと、わかっているのに――彼が、いない。


 そのときだった。

「――危ない!」

 瓦礫の上から手が差し出された。


「――ゼス……!」

 クリケトスの男・ゼス。その手には、傷だらけの、溶けかけた金属の破片が握られていた。


「ユンボ、この戦いは終わった。あなたも見たろう? あれが使われた… 我々の負けだ」


「そうだな…」


「これを……ネプトが持ってたものだ」

 アキラは目を見開いた。

 それは――羽のない飛行機の模型。

 しかし、それはネプトが所持していたものだ。


「彼は……死んだ。間違いない」

 静かに言われたその言葉が、アキラの中の何かを砕いた。


 (嘘つき…)


 言葉にならない悲鳴が喉の奥で燻り、手が震える。


「でも、泣いてる暇はない。まだ……生きねばならない」

 ゼスがアキラの肩を掴み、背を押した。


 ユンボも、涙を拭って叫ぶ。

「生きるぞ! 今だけでも……未来に繋ぐんだ!」

 アキラは振り返り、遠くに燃え盛る聖堂を見つけた。


 そして涙を浮かべ呟いた。

 「いつか…」


 三人は、瓦礫の隙間を走り抜け、焼け落ちた鉄橋を渡って、燃えるニューロンドを背にした。かつて希望を乗せて戦った者たちは、皆去った。


 だが――

 希望は、まだ誰かの胸に灯りうる。

 いつか…この戦いの果てに、ネプト達が戦ったものに希望を見出すものが現れるかもしれない。


 たとえ、それが一万分の一人でも。

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