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灰陽航路(かすがいこうろ)  作者: Asuga
第一章・1⇔2T@rt
2/27

父から母へ、父から我が子へ

「...脈拍は弱いが安定。酸素飽和度、回復傾向」

聞き覚えがある男の声がぼんやりと聞こえる。ネプトは横たわり、全身に走る神経接続の残留痛に顔をしかめた。視界がかすむ中、どこかくたびれた男がモニターを確認している。


「目を覚ましたか?」男は地球人だった。40代半ばか。頬に古い火傷の痕があり、HIの操縦スーツには「T-09 ストームガード」の記章と、かすかに見える「静かなる太陽の輪」の上から塗りつぶしたような跡があった。


「アルケは...?」ネプトがかすれた声で問う。


「輸血中です。君の迅速な処置が彼女を救った」男はネプトのポケットから滑り出た飛行機オブジェを拾い、指で撫でながら言った。「...これには、見覚えがあります。かつての飛行機204便の試作機モデルですね。そしてあなたは...アンビションの息子…なるほど」そう言って男はその場から姿を消した。


 それから1時間ほど、ネプトは精密な検査を受け自身体がほぼ無傷なことに驚いた。


「驚きましたか? それも元をたどればソラリスの…あなたのお父君が所属していたソラリスの技術だったんです」


「ソラリスの…? あなたはソラリスのことをどれだけ知ってるんだ? 僕は父の軌跡をたどるつもりはないが、知りたいという欲望はある。教えてくれ」

ネプトは男に迫った。それが父を知れる唯一のチャンスだと考えたからだ。


「いいでしょう。では、どこから話したものか…人口太陽反対の件は知っていますか?」


「もちろんだ。というより、それ以外は知らないさ。30年前の地球は太陽の消滅を恐れていた──だから太陽の寿命の前に、新たな人工太陽を作り出そうとしたんだ」


「あなたの見方は正しい。でも、抜けているところもある。そもそも太陽は、地球よりずっと長生きするはずだったんです」


「地球の人間たちが寿命を縮めたと?」


「その通りです。地球上に存在していたエネルギーが枯渇し、太陽のエネルギーを直接回収し始めたことで地球の技術開発は飛躍的に進歩しました。あなたの持つその飛行機は、エネルギー枯渇前の地球で作られたものだ」


「ソラリスの反対運動とは、いったい…」


「ソラリスはソラリス・インクイジティオは…『太陽(Solaris)の自然な終焉こそ宇宙の摂理だ』という特異な思想を信じていました。特に星間連合の人工太陽プロジェクトを『自然への冒涜』と断じていた。彼らの主張はこうだ──『星には寿命があり、静かに消えゆく運命を人間が歪めるべきではない』と。人工太陽の研究者を『異端者』と呼び、文字通り『審問(Inquisitio)』にかけるほど過激だった。科学を信仰で裁く…皮肉な逆説が組織名に込められてる」


「反対の理由は? そのエネルギーが次世代への橋渡しになるだろうに…」


「そこまでは…まあ、彼らは自然主義を掲げるだけで、明確なデメリットを見いだせてなかったのかもしれない」


 そんなものに父が…とネプトが顔をしかめると、

男はつぶやいた。「でも、あなたのお父上は違った。…場所を変えましょう」


―オーシャノア 外郭ドック「シェルター・ゼロ」―


 緑のHIが到着したのは、オーシャノアの輝く都市群ではなく、巨大な貝殻のような構造物が無数に張り付いた「影の領域」だった。ヴァルカリアン正規軍の巡視艇が遠くを通り過ぎる。


「歓迎しましょう、ネプト・アンビション」男は自らを「カイ」と名乗った。「ここは表には出ていない連合の...『遺構回収施設』です。」


壁面スクリーンに父の記録映像が映る:若きレオンが、ソラリスのマークを剥がした旧式HIを修理していた。


「彼は違ったのです」カイの目が遠くなる。「彼はソラリスの過激思想を次第に嫌い、技術で人を救う道を選んだ。だがムピキウム強制移住の際、『反逆』の罪で軟禁。最後には粛清されました」


「愚かだと僕は思います。一度決めたことに最後まで責任を持たないなんて…」ネプトは吐き捨てるようにつぶやいた


 すると、ベッドルームからアルケのうなされる声が聞こえた。


「少し見てきます。彼女はまだ完全ではない」そう言ってネプトはベッドルームへ駆けて行った



 アルケは目を覚ました。ふとそばを見ると彼女の横で、ネプトは彼女の脇腹の包帯を替えていた。

「...君は何故?」アルケがネプトの手首を掴む。「ソラリスの血を引く者が、ヴァルカリアンの軍用神経接続プラグを完璧に修理できるの?」


「母さんが...深海適応症候群なんだ」ネプトは俯く。「つまりはヴァルカリアンの医療技術が必要だった。軍の廃棄部品を闇市で調達して、自分で勉強したんだ」


 アルケは申し訳なさそうに「そっか、お母さんが…ごめんねつらいこと言わせちゃって」と謝ると「でもすごいな~私はそんなことできないから」と続けた


「人は必要にならなければ覚えることもない。所詮はそんなものさ」ネプトは悲しげに言った。


 その時、緊急警報が鳴り響く。

[警告:軍検問艇 セクター3接近]

[識別信号:監視官ザーンを確認]


 モニターに映るザーンは、包帯だらけだが生きていた。熱水噴出孔での一件を「ソラリス残党のテロ」と報告し、ネプトを「主犯」と断定していた。


「ザーン...もう来たというのか」ネプトの声が硬くなる。


「彼の報告で、君の母親が危険に晒される可能性があります。」カイがコントロールパネルを見て厳しい表情を浮かべた。「彼らヴァルカリアンの力でムピキウムの隔離区は、今や監視の檻となっているでしょう」


 カイは暗く輝くユニットを指さした。流線型で、深海用に改造された痕跡。「レオンが密かに改造していたHI強化ユニット。名を『ペリカン』と言います。医療搬送と...脱出用に開発されました。」


「それを?...」ネプトが問う。


「選択はあなた次第です。」カイはキーを差し出す。「もはやこの監視下であなたは海にはいられない。あなたはどうしたいのですか?」


 カイは別のスクリーンを起動する。そこには、ネプトがガーディアンでザーン機を翻弄した戦闘データが流れていた。特に「スカイ・ミラーの光の変化を利用した死角突破」と「熱水噴出孔利用」に赤丸が付く。


「行ってください、あなたの考えも思いも察せますから」


「やれるのか?、いや、やって見せるさ」彼はコクピットへ歩き出す。

「母さん僕は行く。そして...」ネプトの目がカイとアルケを捉えた。「あの『天蓋』を破ってやる。本物の空を見るために…世界が変わるために」

 

 カイの口元が緩んだ。「では、ペリカンユニット接続…出撃どうぞ。」

格納庫のハッチが開く。その先には、監視艇の探照灯が乱舞する深海の闇と、遠くに微かに輝くムピキウムの巨大ドームが待っていた。ネプトは操縦桿を握りしめ、父の飛行機オブジェをコントロールパネルに嵌め込んだ。


「ネプト、ガーディアン、ユニットPで出撃します!」

水深2500メートル。太陽光は上方で消え果て、水圧が岩盤を軋ませる世界。堆積物の絨毯に半分埋もれたドックの上で、巨影が微かに蠢いた。装甲に埋め込まれた深度計が、不気味な青白光を放つ。キーン… と超低周波の起動音が水を伝い、近くを漂う発光クラゲが一瞬で闇に消えた。


 背部メインスラスターの排出口が、深海の闇に突然、深紅の眼のように開いた。高圧水流噴射が始まる――周囲の海水が沸騰するように激しく泡立ち、白い蒸気の渦が舞う。補助スラスターも青白い光を迸らせ、機体をゆっくりと持ち上げていた。


 コックピットは、神経接続の残留熱でむせ返るほど蒸し暑かった。深度計は2,150mを示し、外殻が軋む重低音が操縦席の骨まで震わせる。

そんな時、前方で廃棄物投棄路の巨大な入り口を塞ぐように、ザーンの指揮する二機のヴァルカリアン追跡艇「レイザーフィン級」 が待ち構えていた。装甲に刻まれたザーンの個人マーク――歪んだ三本爪――が、艇体の青白いバイオライトで浮かび上がる。


「ついに囲んだぞ、裏切り者め!」

ザーンの声は無線越しに歪み、憎悪で沸騰していた。

「お前の母さんはもう隔離区の医療ブロックに護送中だ!あの苦しむ姿を、お前にじっくり見せてやる」


ピピピッ!

警告音が甲高く鳴った。

[ソナーロックオン:魚雷発射管起動確認]

[目標:コックピット直撃コース]


「くっ…!ザーンめッ」

ネプトの指が操縦桿を握りしめる。ペリカンの背部メインスラスターが轟音と共に噴射。機体は急上昇し、廃棄物路の天井ぎりぎりをかすめた。ザーン機の放った魚雷二発が、直下の堆積物の山を吹き飛ばす。衝撃波でペリカンは横転し、コックピット内の仮想ディスプレイが一瞬、真っ暗になる。


「動きが読めるぞ、隔離民の癖はな!」

もう一機の追跡艇が死角から現れ、HI用ハーポーン砲の砲口を光らせた。

ネプトは反射的に左腕の補助アームを展開。医療用に設計された細いアームが、漂流する廃棄コンテナを掴み、盾として前方に投げつけた。


ドガン!

ハーポーンはコンテナを貫通したが、軌道が狂う。ガーディアンはその隙に、海底火山の噴出孔が林立する「煙突の森」へと滑り込んだ。沸騰する熱水の柱が無数のカーテンのように立ちはだかる。


「逃げる!?いや、誘っているのか!」

ザーン機が追撃してくる。熱水の乱流で艇体が激しく揺れる。

「母さんの肺はもう水浸しだ!苦しんで溺れ死ぬその時、お前の顔を思い浮かべて――」


「黙っててくれ…!」

ネプトの怒声が、初めて無線を割った。

ペリカンユニットの右膝関節が悲鳴を上げる。限界を超えた旋回で、熱水噴出孔の直近をかすめる。ザーン機が回避した瞬間、ネプトは操縦桿を思い切り前方に倒した。緊急バラストタンク開放!


ゴオォン…!

ペリカンユニット下方から海水と共に重いバラスト水が噴出。予想外の水流がザーン機の艇首を押し下げた。

「なんだというのだっ!?」

ザーンの叫び。艇体が熱水噴出孔へと向かう!


ネプトは咄嗟に医療用高出力レーザー(患部の焼灼用)を起動。細い赤い光線がザーン機の右舷スラスターをかすめる。

バキッ! スラスター基部が白熱し、わずかに軌道が修正される。ザーン機は熱水柱の直撃を辛くも免れ、岩礁に不時着した。


「ふっ…ふぅ…」

ネプトは息を整え、ペリカンを岩陰に潜ませた。

ふとそこに剣のような細長いものが岩肌に突き刺さっているのが見えた。ネプトはその剣を拾いあげると、剣は薄い蛍光灯をまとっているかのように光った。

(奴は動けないはずだ…母さんの件は脅しだったかもしれない…)


だが、その考えは甘かった。


「クソが…クソったれがぁぁっ!!」

岩礁に半埋もれたザーン機のハッチが吹き飛ぶ。パイロットスーツを着たザーンが這い出て、携帯式の対HI磁気機雷を掲げていた。彼の目は血走り、口元には泡混じりの青い血がにじむ。

「隔離民の分際が…! 俺を…ヴァルカリアンの誇りを…愚弄しおって!」


 機雷の起動スイッチが光る。ザーンは狂気の笑みを浮かべて叫ぶ。

「これで一緒に逝くぞ、アンビション!お前の母さんも、後からなぁ!」


その言葉が、ネプトの内なる何かを決定的に断ち切った。


(母さんを…本当に狙うつもりだ…!)


 思考よりも先に、身体が動いた。

「ユニットP、緊急医療搬送モード解除! 全出力、前腕部へ集中!」

コックピット内の警告ランプが一斉に赤く染まる。

[警告:機体構造限界超過]

[神経接続負荷 危険域突破 - 142%]


 ペリカンの左前腕部装甲が外れ、内部から分厚い医療用防護シールドが展開する

ザーンが機雷のスイッチを押し込もうとする刹那。

ガーディアンは海底を蹴り、手に持ったビームソードというべき剣で突進した。


「遅いわァッ!」


 ザーンが叫び、機雷を構え直す。

間に合わない。


ドッガァーン!!!


 鈍く重たい衝撃が、深海に響いた。

ネプトの持つ、ガーディアンの持つ剣が、ザーンの胴体を――パイロットスーツごと、その場に立つザーン自身を貫いた。

機雷はザーンの手から零れ落ち、海底の砂泥に沈んでいった。


「……ぐ……あ……」


 ザーンの目が虚ろに大きく見開かれる。ビームソードの先端が彼の背中から突き出し、青い血が周囲の海水に細かい糸を引いて漂った。彼は剣に串刺しにされたまま、微かに痙攣し、ネプトを見つめていた。憎悪と、信じられないという驚きが、まだ瞳に残っている。


 コックピット内は死んだように静かだった。警報音さえ、遠くに霞んで聞こえる。ネプトの手が操縦桿から滑り落ちた。彼は自分の手のひらを見つめた。震えていた。視界の端がチカチカと歪む。神経接続の過負荷か。それとも…。


「…やった…の?」

アルケの声が、内部通信でかすれた。彼女もスクリーン越しに光景を見ていた。


 ネプトは答えられなかった。口の中がカラカラに渇き、鉄の味がした。父の言葉が脳裏をよぎる。

『本当のヒトは、殺さずに勝つ方法を探すものだ』

――自分は、父の教えを守れなかった。守れなかったばかりか…。


「…母さん…」

 ネプトの呟きは、吐息のように消えた。

ザーンは既に動かない。剣に刺さった彼の身体は、深海の闇に浮かぶ不気味な標本のようだった。青い血が、ゆっくりと、ゆっくりと周囲に広がっていく。先ほど、アルケのガーディアンが撒いた「血の味」を、より濃く、より冷たく更新していた。


 ネプトは操縦桿を握り直した。指先に力が入らない。ガーディアンの剣を…ザーンから剣を引き抜く指令を出す手が、鉛のように重かった。

(ここで倒れるわけには…いかない。母さんのためにも…)

 彼は歯を食いしばり、ペリカンのスラスターをかすかに噴射させた。ザーンの遺体が剣先から静かに離れ、ゆっくりと深淵へ沈み始めるのを見送りながら。

その背中には、重すぎる選択の代償が、もう永遠に刻まれていた。


 ガーディアンのコックピットは、ザーンの血の記憶とエンジンの唸りで重かった。ネプトは操縦桿を握る手を震わせながら、モニターに映るムピキウムの巨大ドームを見つめていた。その下層区画のどこかで、母が苦しんでいる——


「直行する!今すぐにでも!」


 ネプトの声はコックピット内を切り裂いた。ペリカンのスラスター噴射口が起動準備の青白い光を帯びる。神経接続ケーブルが彼の首筋で微かに震え、過負荷の危険信号を無視していた。


「待ってください、ネプト君!」カイの声が内部通信で割り込んだ。スクリーンに彼の焦りの滲んだ顔が映る。「直行は自殺行為だ!ザーンの一件で、ムピキウムの警戒は史上最高レベルなっています!君が近づけば、間違いなく母親こそが『人質』として利用されてしまいます!」


「ならどうしろというのだ!?」ネプトは拳でコックピットを叩いた。「見殺しにしろと!? ザーンを…彼を殺したのは母を守るためだ!その母を今になって!?」


 激しい怒りと自責がネプトの声を歪ませた。ザーンの青い血が視界にちらつく。


「違います!」カイの声が強く響いた。「守るためにこそ、地上へ行けと言っているんです!」


「地上…?」ネプトの目が疑いに曇る。「母の病は深海適応症候群だぞ?地上に行けば症状は悪化するだけだ!何を言っている!?」


 スクリーンが切り替わる。複雑な遺伝子螺旋図と、ヴァルカリアンの青い鱗を持つ細胞の顕微鏡画像が映し出された。カイの説明は冷静で、重みがあった。


「聞いてくだい、ネプト君。あなたの母の病状の根本原因は、単なる環境不適合ではない。彼女の体内で、ヴァルカリアンの遺伝子治療『アクア・アドプテーション』が拒絶反応を起こしているのです」


「…拒絶反応?」


「そう。ヴァルカリアンが隔離区の人間に施した『適応措置』と称する遺伝子操作…あれは、深海環境への適応を促す一方で、特定のタンパク質の生成を不可逆的に阻害する副作用があります。特に、地上由来のある植物から抽出される『ソラリウムE3』という酵素の合成を妨げる」


 図が拡大され、欠損した分子構造が赤くハイライトされる。


「この酵素こそが、深海高圧下での肺胞の異常な水分吸収を防ぐ天然のバリアとなります。君の母親の肺が水浸しになるのは、この酵素が欠如しているからで…そしてこの酵素を安定供給できる環境は、今の地球で唯一、地上の保護区『キャノピー・グロウ』だけなのです。」


「…!」ネプトは息を呑んだ。カイの言葉が、冷たい水のように頭から流れ落ちる。


「ムピキウムやオーシャノアでは、この酵素は大気組成と重力の関係で安定生成できない。ヴァルカリアンはその事実を隠蔽し、代わりに依存性の高い対症療法の薬剤を隔離区に供給している。これが『管理』の手段の実態です。」


 カイの口調に怒りがにじむ。


「君の父、レオンはその真相を突き止めていた。だからこそ彼はソラリスの過激思想から距離を置き、この酵素を精製する地上施設へのルート確保に命を賭けた…!それが彼の『反逆』の真の理由だ!」


 ネプトは崩れ落ちるように座席に沈んだ。父が残したプラスチックの飛行機が、コントロールパネルに埋め込まれたまま微かに揺れている。父は…母を救う道を探していたのか? ソラリスの理想ではなく、目の前の家族のために?


「…地上に行き、それを手に入れれば母は治るのか?」ネプトの声は怒りが消え、代わりに深い疲労と切なさが滲んでいた。


「保証はできない」カイは率直に言った。「が、可能性があるのは地上だけです。ここにいては、ヴァルカリアンの管理下で症状を抑えられるだけ…いや、ザーンの一件で、君の母親への『治療』は最早人質としての価値を維持するための最低限の措置にしかならないでしょう」


 カイのスクリーンが再び切り替わり、キャノピー・グロウの映像が映る。緑の木々が育ち、土の匂いさえ伝わってきそうな光景だった。それは、スカイ・ミラーに映る無機質な星空とは全く異なる「空」の下だった。


「ここへ行けばソラリウムE3を手にできるでしょう」カイの指が地表を指す。「ここには、君の父が命をかけて繋いだ同志もいます。ソラリウムE3を精製する施設も、隠されている。見つけられるかは運次第ということになります」


 ネプトはモニターの緑豊かな光景を見つめ、そして自分の手のひらを見た。ザーンの血はもう見えない。だが、その重みは消えない。


(母さん…ごめんなさい。もっと早く…父の意志に気づくべきだった)


 彼は深く息を吸い込み、操縦桿を握り直した。震えは止まっていた。


「…ガーディアン・ユニットP、航路を変更する」ネプトの声は静かだが、決意に満ちていた。「地上拠点『キャノピー・グロウ』へ再発進します!!」


「了解です。」カイの声にも安堵が混じる。「アルケの輸血も終わりました。彼女も同行させます。」


 ペリカンユニットのスラスターが深紅に輝き、機体はゆっくりと方向を変えた。進路の先は、頭上遥か――暗い海面を突き破り、未知なる「地上」へと続く上昇路だった。父が遺した飛行機オブジェは、そのコースを指し示すように微かに光っていた。


「行けるか、アルケ。」


「ええ、私も準備はできている」


「ネプト・アンビション、アルケと共にガーディアン・ペリカンユニット装備で発進します!!」


 水の中は静かに誰かの血を混ぜたまま流れる。生物が動くたびそれはより深く混ざり合っていく。

こうして亡きレオンの思いは我が子へと託された…

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