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灰陽航路(かすがいこうろ)  作者: Asuga
第一章 灰
13/48

戦乙女と忘却と象徴

 「現在時刻0250。情報通りだ。部隊名は……ステイン。」


 漆黒の闇の中、作戦開始の合図が出て先行部隊は有人機8機で出撃した。

 ネプトはまだドックで待機を命じられていた。


 ソラリス本部の地下司令室。

 古い鉄骨の軋む音が、張り詰めた空気をさらに重くしていた。低く灯る蛍光灯の下で、ネプトはぼんやりと無線機から流れる報告を聞き流している。


 自立型HIなどによる補給線襲撃作戦――

 本来ならば先行部隊が主力を削り、あとは後方待機の二陣と続く予定だった。

 しかし…


「——ン5――こちらステイン5……繰り返す!補給基地には既に、軍が展開済み。しかもエインヘリャル隊と無人HI部隊も展開している!!我々は敵の伏兵により被害甚大……ッ!」


「このままでは南の部隊も、ッ!!しまっ――」


 爆音と共に通信の声がかすれる。

 あの“異質のHI部隊”――人が乗り込み、しかも自立型を遥かに凌駕する戦闘力を持つ最強の存在。


 ソラリスの先行部隊はなす術なく潰されていた。

 死にゆく兵士たちの絶望が音となって壁を震わせる。

 そんな中指令室を除く一つの影があった。


(……エインヘリャル隊。

 人の意志で動く兵器の頂点。

 噂では聞いていたが、まさかここまでとは……)


 沈黙に包まれた司令室の奥。

 その陰は、ゆっくりとドックへと上がりネプトの前へと現れた。

「ネプト。……お前に伝えておく。」異様に冷めた、その声。


「ゼス!探しているときは姿を消すくせに…」


 ゼスがゆっくりと歩み寄ってくる。

「……内部に裏切り者がいる。」


 一瞬にしてネプトの表情が凍り付いた。

「……本当か?」


「さっきのステイン5は工作情報による被害だ。敵がここまで迅速に対応したどころか待ち伏せしていた。どうやら中から洩れたらしい。」

 ゼスの鋭い視線が隅に控えていたクリケトス種族の通信士二人、ノースとサースの二人にに突き刺さる。


 冷や汗を流す二人。

 薄くひらひらと触覚が震えている。

 声がうわずる。

「ち、違う……俺たちは……!」


「調査済みだ。」

 ゼスの口調は冷酷そのものだった。

「お前たちがこの作戦情報を軍に売った。と、いうよりお前たちはもともと軍人だったな?まあ、気持ちはわからなくもないが… 裏切りは裏切りだ。証拠も揃っている。」


 一瞬、時間が止まったように思えた。

 周りの音がすっと遠くなり、自分を他者が見るように俯瞰するような感覚にとらわれた。


(情報を売った……

 仲間を、見捨てた……?

 いや、初めから仲間ではなかったというのが正しいのか)


 脳裏に、ネプトが殺してきた人々の悲鳴が蘇る。

 ネプトの指は腰のホルスターの重みを確かめていた。


「ネプト、どうする?」

 ゼスが無感情に尋ねる。


 ネプトは何も言わず、二人を睨んだ。

 ノースの小さな複眼がわずかに濡れて震える。

「き…貴様らソラリスの残党はぁ! 自分たちが正しいと思っている異常者だ‼ 私たち連合軍にはこの宇宙の均衡を守るという使命が――」


「……そうか。」



 バン。


 無慈悲な音だけが、静寂に打ち込まれた。

 青黒い血が壁に飛び散り、体が崩れる。


 その一瞬、ネプトの鼓動だけが耳に響いていた。


(あなた個人も、軍自体も僕は恨みはしない。

 今のこの世界には僕たちのようなわかりやすい悪役が必要で、それに対抗する軍がイメージを向上させる。この仕組みが今行われている現実という物語なのか)


 ゼスが目を細め、一歩近づく。

「……済まないな。お前にこんなことをさせて。」

 彼の手にも血が付着している。サースは彼が殺したのだ。


「問題ない。彼らも潜入した時点でこうなることは覚悟していたはずだ」

 ネプトはそう吐き捨てた。


 ゆっくりと呼吸を整え、薄暗い格納庫へと足を向ける。

 そこには闇に沈む銀色の巨体が、今か今かと目を覚ますのを待っていた。

 ネプトはコックピットに滑り込み、電源を入れる。

 視界が一気にデータで埋め尽くされた。


「……行くぞ、オブリヴィオン。」


 遠く、また戦場の悲鳴が無線に流れ込む。

 その声を切り裂くようにオブリヴィオンの駆動系が震え、骨に響くほどの金属音を響かせた。


 ネプトは深く息を吸い込んだ。


「後方待機じゃ、済まされない。……今出なければ、死んでいった者達も救われない。大丈夫、終わらせるさ。」


 機体の奥底で

 高圧のリアクターが咆哮を上げる。

 その熱が、これから浴びる地獄を約束するかのようだった。


 夜の闇を溶かすようにして、オブリヴィオンは戦場に降り立った。

 その巨体は月明かりの下でわずかに銀を帯びていた。


 コックピットの中。

 ネプトの指先に触れる操縦桿は異星由来の有機素材が織り込まれており、皮膚に近い感触で機体へ情報を返してくる。


 右のレバーをわずかに倒せば、アウリアンのリニア型超伝導アクチュエータが即応し、27メートルの右腕が水面のように滑らかに旋回する。振動も遅延もない。脚部の多関節駆動は沈むように重みを逃がしながらアクティブに路面を噛み込み、背骨から伝わるわずかな段差さえネプトの脳裏に焼き付ける。


「……応答なし。敵補給線に侵入。」

 ネプトは小さくつぶやいた。


「俺は……なんでここにいる?

 補給を断つ。破壊する。

 ――殺す。

 それだけ…それだけさ…」


 前方には待ち伏せのHI部隊。

 17機の有人HIと、その後方に陣取る無人HIの小隊。


 モニターに影のような何かがうつり、次の瞬間には自機の両腕が一気に破壊されていた。

 一瞬でいくつもの通信回線が切れた。

 有人HI「ヒルド・スカウト」のパイロットは動揺した。


「なんだ、何も見えない……赤外線も、索敵も……どうなって……」

 警告灯が一斉に赤に染まった。

「なんだ、こいつは……!?

 どこから……!?

 助け――」


 悲鳴が途切れる。

 人の声より早く、HIの切断音だけが夜に響いた。装甲がきしむ金属の悲鳴とともに一機、また一機と砕かれていく。

 何も見えない。

 視界の中で、ただ一つ、白い点――オブリヴィオンの単眼だけが月明かりを受けてかすかに輝いていた。


「――あれは……あれが、敵か!?」

 その一瞬、パイロットが息を呑む。モニターの揺れる爆風の奥からゆっくりと姿を現す。

 異星技術の塊のような巨体。複雑に組み合わされたイデアライト装甲が黒い夜気に鈍く反射し、空で舞うごとに不快な軋むような重低音が空に響いた。


「た、隊長……!西側で敵機を補足。恐らく、ソラリスの――」

 そう言いかけたところで通信は切れた。


「……もうすぐ来るぞ、あれか!」

「こ、怖気づくな……!隊長がいるんだぞ!」

 通信の声が震えている。


 オブリヴィオンが背部からマイクロミサイルポッドを展開した。

 ヴァルカリアンの技術で設計された高出力のそれは一度に数十発を同時発射できる。

 エアリアル・オプティマイザによる空力制御でミサイルは一つ残らず無人HIへと殺到し、白い尾を残した光跡が次々に閃光へ変わる。


「やめろ……やめてくれ……!」

「距離をとれ!距離を――」

 その光景はまるで夜空に同化する灰。

 灰は補足されることなく血と炎をばらまいた。

 無人機十数機が一瞬でバラバラに砕け、膨大な爆風が死神の足音のように彼らの鼓膜を叩いた。


「う、うわぁぁぁ!」

「隊長!隊長!何機やられたかもわかりません!これでは――」

 有人HIたちは散開を図るが、オブリヴィオンの動きは常識を超えていた。

 スラスター駆動が地面叩きつけるようにオブリヴィオンを浮かし、右腕をわずかにひねれば高熱のビームソードがフレームから噴き出す。


 刃が走る。

 一撃で一機。まるで紙のように割ける。操縦桿に返るわずかな振動に、「肉を裂く」ような錯覚すらネプトは覚えるほどだった。


「この加速度……人は乗っていないはずだ。だが、こちらのコンピューターが予測できていない… なら」

 ヒルド・スカウトの兵士は、その白い一つ目に目を奪われ、視界が真っ二つに裂けた。

――否、自分のHIのボディが斬られているのだ。

 脳は追いつかない。

 光が一閃し、次の瞬間には計器も警報も消えていた。


「や、やめ――」

 断末魔の声がコクピットごと炎に呑まれる。


 北部戦線。

 アルケの駆るプロミスティンも戦場に降りていた。

 重厚なイデアライト装甲に守られ、ナノ修復システムを搭載したその機体はいくつもの無人HIの射撃をものともしない。

 右肩に積んだ電磁投射砲を一瞬チャージし、着弾と同時に四体の無人HIを一気に貫通させる。

 さらに両腕のスラスターを噴射して中距離の有人HIに肉薄する。


「こっちも、仕留める!」

 アルケの気迫が通信越しに伝わる。

 ヒルド・スカウトが懸命に応戦するも、現代のフレームワークではプロミスティンが搭載する次世代フレームワークの超加速には追い付けない。

 間合いを一度詰められたが最後、その拳の一撃で胴体を押し潰される。


「くそっ……ソラリスごとき」

 だが、その有人HIの背後にさらに二機が援護に回る。

 いくら次世代機と言えど多勢に無勢。

 アルケのプロミスティンは右腕の装甲が一部破られた。


「ちっ――!」


 その刹那、黒い巨影が割って入った。

——オブリヴィオン。


 ネプトは右脚のペダルを一気に踏み込み、肩の補助アームでミサイル再装填をしつつ左手でビームソードを高速で振り抜いた。

 2機の有人HIの関節をまとめて叩き切り、さらに一歩踏み込む。

 足元の多関節駆動がわずかにきしむ音がコクピットに生々しく響く。


「アルケ、下がれ」

 白い単眼が友軍すら射抜くような威圧を帯びていた。


 アルケの息が一瞬止まる。

「……了解。」


 ヒルド・スカウトのパイロットたちはその圧倒的な質量感に心を折られた。

 闇の向こうからなぜか月明かりがわずかに当たる。

 そこに浮かぶのは一つ目の悪魔。


「か、怪物だ……!」

「隊長、応答を――」

 言葉を伝えきる前に二機を束ねるようにビームソードが貫いた。


 そこに高速で戦場に降りる戦乙女の姿があった。エインヘリャル隊、隊長機――ヴァルキリー。

 緻密に編まれた白銀の外装と槍のような突撃兵装を備え、自らの威容で味方を支える。


「全軍、後退。余裕は作る。」

 その声は確かだった。

 だが、その確かさすらもオブリヴィオンの無慈悲な圧にかき消されていく。


「……あれが隊長機か。戦乙女… まさにそんな風貌だな。しかしッ!」


 オブリヴィオンとヴァルキリーとの一騎打ち。

 ネプトは操縦桿の握りを強める。

 ペダルを軽く踏むだけで巨大な質量が浮く感覚。直後、脚部が地面をたたき割り空中に跳躍した。両腕が同時に構えを取り、右手にビームソード、左手に電磁投射砲をチャージした。


 ヴァルキリーが突進する。

「来た……!」

 生き残りの軍人の声が震えた。


 その速度も決して凡百ではない。

 旧戦争技術の流れをくむ槍撃は正確にオブリヴィオンの急所を狙う。

 だが、ネプトの集中は研ぎ澄まされていた。

「来い……!」


 胴体をわずかにひねり、右足首を回転させる。多関節駆動の支点がすばやく負荷を逃がし、躱す。

 直後、反動を殺さず右腕のソードを薙ぎ払う。白い火花が飛び、ヴァルキリーの装甲に深く傷を刻む。


「……やる。パイロットも並大抵じゃない」

 ヴァルキリーのパイロットがつぶやく。

 

「……この重み、この息遣い。こいつもまた、人なんだな。

 人と人の戦い。こんな機械人形に乗っていて戦争ごっこをするために何人が。」


 一進一退。

 ヴァルキリーは卓越したOS補正でオブリヴィオンの異常な連続攻撃を的確に受け流していた。

 剣を止められ、投射砲も回避される。


 しかし、勝負を決めたのはわずかな一瞬だった。

 ネプトがほんのわずか、ペダルを深く踏み込んで一気に重心を殺し、そのまま上体を振り戻した。右手のビームソードをヴァルキリーの関節に滑り込ませる。


「っ……!」

 右腕部を断たれた。

 その瞬間、ヴァルキリーのカメラユニットも赤く火花を散らし、通信が断たれる。制御AIが自動操縦に切り替わり、後退を開始した。


「……逃げるか。」

 ネプトは息を荒くして操縦桿を握りなおした。

 オブリヴィオンの脚部が一瞬熱で悲鳴を上げる。


 しかし、ネプトは握った操縦桿を放した。


「いや、ここで追う必要はない。殺しは手段であって目的ではないものな…」

 残ったミサイルを叩き込む。

 燃料タンクが連鎖的に爆発し、夜空が紅蓮に変わった。


「……終わりだな。」

 コックピットにオブリヴィオンの一つ目が燃える補給基地を冷ややかに映していた。

 その光景を、わずかにアルケは見上げた。


「ネプト… あなたは強い。どうしようもないくらいに…」


 ネプトは静かに顔を上げ、コックピットのシートにもたれかかった。

 有機的にしなやかに稼働する操縦系がわずかに小さく振動している。あの膨大な破壊を生み出す自分の「手」として、確かに存在していることを感じさせた。


 結果としてはエインヘリャル隊は半壊滅。補給路は寸断。戦いはソラリスの勝利となった。

 ネプトの白い単眼が焼け落ちる基地をどこか冷たい光で見下ろしていた。

 そして、戦いはまだ終わらないむしろこれからが始まりだということをネプトは理解していたのだった……

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