表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

闇に飛び出した機械歩兵

 地上と海は分かたれている。


 地上では海の世界を把握しきれない。

 かつて宇宙でできなかったように...


青黒い深海に、血の味が広がっていた。


「チッ…離れろ!」


少女そう言い操縦桿を握りしめると、旧式HI(ヘビーアイ)「ガーディアン」の右腕が水中ロケットを発射した。白い気泡の軌跡が暗闇を切り裂き、ヴァルカリアン追跡艇の一つが光る粘液を噴き出しながら爆散する。


[警告:左腕機能停止]

[背部装甲損傷率82%]


コックピット内で警報が狂ったように鳴り響く。機体が激しく傾き、少女の頭が操縦桿にぶつかった。鉄の味が口に広がる。モニターに映る残り二機がひれを震わせ、獲物を狙うサメのように迫ってくる。


「ここよ…ムピキウム!」


巨大なドーム都市が闇の中に浮かび上がった。無数の発光藻が絡み合い、巨大なクラゲのように脈動している。損傷した左腕のパーツを強制分離。爆発の煙幕に紛れ、廃棄物投棄ポートへ猛突入した。


三時間前


ネプト・アンビションは水圧ドアの隙間から滴る水滴をじっと見つめていた。ムピキウム下層区画の時刻表示は「04:30」を示している。起床ベルまであと三十分──彼だけの貴重な時間だ。


「…咳き込んでたな」


母の寝室から聞こえた苦しげな咳が耳に残る。ネプトはコンクリートの壁に寄りかかり、防水ポーチから小さなオブジェを取り出した。歪んだプラスチック製の飛行機。父が残した数少ない遺品だ。


[端末起動]

[監視回避プロトコル作動中]


薄暗がりで端末を起動すると、自動的にスカイ・ミラーの中継プログラムが動き出す。スクリーンに映る偽の星空が、ネプトの瞳に微かに映った。


「本物は…きっとこんなものではないはずだ」


父の記憶は曖昧だった。3歳でムピキウムに連れてこられて以来、ネプトはドームの外を見たことがない。スカイ・ミラーに映る空は常に完璧すぎて、かえって不気味に感じられた。


ピピピピと端末からアラームが鳴る「いかなければ...」そう呟き作業区画へと歩いた。


作業開始から二時間経った頃...


「おい、アンビション!」


ヴァルカリアン海中監視員ザーンが配管の上から覗き込んだ。彼の青い鱗が作業灯で鈍く光るのが目に映る。


「B-7ポンプの修理、遅すぎるぞ」


ネプトは黙って油まみれのバルブを回す。腐った海藻の臭いが鼻を突く。この水循環システムは三十年以上前の戦争で破壊され、継ぎ接ぎだらけだった。


「隔離区のクズどもは働かないと存在価値がない」ザーンが愚痴を吐いた。「特にソラリスの構成員の血を引くお前はな」


ネプトの背筋がわずかに硬くなる。ザーンは三年前──父がソラリス残党として処刑された日から、彼を執拗にいじめてきた。


「今日はお前の母さんの検診日だ」ザーンが不気味に笑う。「深海適応症候群が進行してるらしいな。肺が水浸しになる苦しみ、想像できるか?」


ネプトの手が滑り、スパナが水中に落ちる。濁った水が跳ね上がる。


「ああ、すみません」


「掃除しろ!」ザーンの足がネプトの肩を蹴る。「隔離民は皆、遅かれ早かれああなる。お前の母さんが痙攣しながら死ぬ姿を──」


轟音が区画全体を揺らした。天井から錆びたパイプが落下し、水たまりにぶつかる。


「なんだ!?」ザーンが警戒して配管を上がる。


ネプトは頭上を見上げる。スカイ・ミラーが異常な閃光を放っている。彼の端末に警告が表示された。


[外部衝突検知:セクターB7]

[廃棄物処理区画 圧力異常]


廃棄物処理区画の水圧ドアが歪んでいた。黒煙が隙間から噴き出し、腐敗臭と焼ける金属の臭いが混ざっている。


「おい! 誰かいるのか!」ザーンの叫び声が警報に消される。


ネプトが煙の中へ飛び込むと、瓦礫の山が崩れ落ちる音がした。炎上するコンテナの陰で、人間型機械の残骸がくすぶっていた。胸部プレートに「GA-0X ガーディアン」の刻印。その脇で、戦闘服を着た少女が血まみれで倒れている。


「…動かして」少女の唇が震えた。


ネプトの目が少女の脇腹に釘付けになる。裂けた戦闘服の隙間から赤い血が滲んでいた。自分と同じヒトの血だ。外でザーンの怒声が響く。


「ネプト!近寄るな!!そいつは少し昔に報告があったあの()()()()の一味だ。お前にとってはいろいろ思うところがあるだろうが...」


「ソラリス…本当にあったのか、あんな頭のおかしい連中が本当に…」だが、ネプトはザーンの言葉も聞かず無意識に少女のもとへ駆け寄っていた。


「おい!やはり お前も魂はソラリスなのか!裏切り者なのか!」


ネプトは廃材を蹴飛ばす。錆びた鉄板が落下し、煙幕が発生する。「ごめんな、母さん…」囁きながら、彼は少女を担ぎ上げた。


密閉ドックへの暗路で、ネプトは初めて少女の顔をはっきり見た。十代後半だろう。まつ毛に火花の煤がついている。


「…名前は?」エアロックを閉めながらネプトが問うた。


「アルケ…」少女の目がかすんでいる。「君は?」


「ネプト。ネプト・アンビションだ」彼はコックピットの緊急医療キットを開ける。「生き残りたければ、痛みに耐えるんだ」


ネプトのポケットから飛行機が落ちた。




密閉ドックの赤い緊急灯が回転し、ネプトとアルケを血のような光で照らし出した。アルケの背中で、脊髄プラグが不気味に脈動している。露出した神経接続端子から青い火花が散り、腐ったオゾンの臭いが充満した。


「覚えておいてほしい」ネプトが医療キットからバイポーラフォースプを手に取った。「ここの電源は不安定だ。30秒しか時間がない」


「待って──」アルケの声は恐怖で震えていた。


ネプトの手が動いた。スパークする端子に器具が触れると、アルケの身体が弓なりに反り返った。叫び声がドック内に反響する。脊髄プラグの損傷部から漏れる脳脊髄液が、ネプトの手首を伝った。


[00:23]

[00:22]

[00:21]


カウントダウンが仮想ディスプレイに映る。ネプトの額に冷や汗がにじむ。父が遺した工具セットから、極細の神経リペアワイヤを取り出した。


「あなた…プロなの?」アルケが歯を食いしばりながら問う。


「自己流だ、独学といってもいい」ネプトの指が震えずに動く。「しかし、やはりこんな技術廃れるべきだった。これだからソラリスというのは…」


[00:09]

[00:08]


突然、ドック外で金属を叩く音が響いた。ザーンの怒声が聞こえる。「この区画も調べろ!奴らソラリスは必ず──」


「くそ…」ネプトがスピードを上げる。アルケの首筋に光る汗が、彼女の奇妙な傷跡を浮かび上がらせた。神経接続痕が幾何学模様を描いている。ヴァルカリアン軍用規格だ。


[00:01]

[00:00]

[接続完了]


「動け!」ネプトが叫んだ。


アルケの指が痙攣するように動く。ガーディアンの単眼カメラが白く点灯した。コックピット内にクランク音が響き、操縦桿が起動位置に戻る。


「ありがとう…アンビション」アルケが大きく息を吐いた。


「ネプトだ。名乗っておいてこんなことをいうのも変だが、アンビションとは呼ばれたくない」


「でもこれで終わりじゃない」痛みをこらえるアルケが立ち、ガーディアンへと手を伸ばした。


ザーンが水圧ドアを蹴破った時、ガーディアンは完全に起動していた。旧式機ながら、その巨体は威圧感に満ちている。


「お前たちを生かして帰すわけにはいかん!」ザーンが腰のハーポーンガンを構える。


「待ってくれ!」ネプトが前に出た。「彼女はヴァルカリアンだ!見ればわかるだろう!」


ザーンは嘲笑った。「ああ、見ればわかる。地上の穢れた血が混じっているのがなぁ!」


「それで!」ネプトは何かを察し、振り向いた


ハーポーンが発射される。アルケが叫んだ。「乗って!」


ネプトは反射的にガーディアンのコックピットに飛び込んだ。神経接続ケーブルが自動的に彼の首筋を探る。「信じられない…こんな原始的なOSで…!」


ネプトが操縦桿を握る。初めての神経接続の感覚が、稲妻のように脊髄を走った。


ガーディアンが動いた。旧式機ながら、ネプトの操作で驚異的な反応を見せる。ハーポーンをかわし、瓦礫の山を盾にする。


[警告:右膝関節可動域制限]

[バッテリー残量17%]


「ダメだ…重い…!常に漏れているのか!?」ネプトが歯を食いしばり何とか動かした。


ザーンは仲間を呼んだ。「増援だ!隔離民が反乱を──」


その時、ネプトの目がスカイ・ミラーに映る偽の星空に吸い込まれた。「待て…あの光のパターン…」


脊髄が熱くなる。ネプトは突然、操縦桿を思い切り左に切った。ガーディアンが予想外の動きで廃棄シュートへと突進した。


「君…何を!?」アルケがつぶやいた。


「監視システムの死角だ!」ネプトが叫ぶ。「スカイ・ミラーの光が変わる0.5秒間だけ生まれる隙間!それが死角となる!」


ガーディアンが廃棄シュート飛び込む瞬間、ザーンの放った魚雷が背後で爆発した。衝撃でコックピットのハッチが歪み、アルケがネプトの胸に倒れ込む。


「ごめん…」アルケの息が頬にかかる。「君…本当に初めて?」


ネプトは黙ってうなずいた。眼下に広がる深海の闇を見つめながら、彼はポケットの飛行機オブジェを握りしめ、深海都市ムピキウム外、その闇の世界と飛び出した。


ガーディアンが廃棄シュートを高速降下中、背後から三機のヴァルカリアン追跡艇が迫る。ザーンの声が無線で響く。

「逃げられると思うな、地上の汚れども!」


アルケが警告する。「魚雷が発射された! 回避できない!」


「やれるさ」ネプトは反射的に操縦桿を押し込む。ガーディアンが急旋回し、魚雷は海中岩礁に直撃。衝撃波で機体が激しく揺れる。


[右腕油圧漏洩]

[神経接続率120% - 危険域]


「君…!」アルケが機体データを見て驚愕した。「常人なら脳出血する数値!」


ネプトの視界が虹色に歪む。神経接続がもたらす感覚拡張で、水流の動きが数学的方程式として見える。追跡艇の動きを予測し、ガーディアンは廃墟の間を縫うように滑走した。


「初めてだ、どうなるかもわからない。しかし!」ネプトは歪んだ視界の中で確かな自由を得ていた。


今の彼を止められるものはいない。


死火山のカルデラで追跡艇が包囲する。ザーン機が前面に現れ、ハーポーン砲を構える。

「終わりだ、アンビション!」


ネプトはガーディアンのコアを限界まで駆動させた。機体の関節が悲鳴を上げる。


「バッテリー切れまであと238秒」アルケが歯を食いしばる。


「見えている」ネプトは稼働限界時間も、ザーン機もしっかりと把握できていた。


ザーン機が突撃してくる。ネプトは父の教えを思い出す。『本当のヒトは、殺さずに勝つ方法を探すものだに乗り、集中攻撃を開始する。


「馬鹿め!」ザーンが叫ぶ。


「乗ったか!?」口元が少し緩んだネプトはその隙に海底の熱水噴出孔を狙撃。沸騰する熱水の柱がザーン機を直撃。コックピットブロックだけが残り、ザーンは海中に放り出された。


「ここまで...だがしかし俺も誇り高きヴァルカリアンの端くれ!!」


ザーンが酸素マスクを外し、自決しようとする。しかし、ネプトはガーディアンの手で阻止した。


「なぜ…殺さぬ?」ザーンが青い血を吐きながら問う。


「父が僕に残したのだ」ネプトの声は静かだ。「人を憎むな、と」


ガーディアンが非常用酸素ポッドを放出。ネプトは無線で囁く。「生きて、誰かにでも真実を伝えるんだな」


ザーンは屈辱に震えた。「クッ!!情けのない!」


だがしかし、ガーディアンも稼働限界が近かった。


「限界だ!これ以上は持たない!」アルケが必死にネプトの手に触れた


「分かっている、このままオーシャノアに向かう。きっと君のいた場所だろう?」ネプトは残された力を振り絞り、海中都市オーシャノアへと向かった。


「ようやく…」アルケが弱々しく笑う。目の前にはオーシャノアの天蓋が見える。


彼女のつぶやきに、ネプトが複雑な表情で応えた。「そう願いたかった」


ガーディアンは稼働限界を迎えており、もはやオーシャノアを眺めるだけで精一杯であった。


「嘘...こんなところで」アルケの顔は少しずつ暗くなっていった。


そんな時


一機の緑の中型HIがガーディアンへと向かってきた。ネプトもアルケもここで死を実感していた。しかし緑のHIからの通信は意外なものであった。


「よかった...まだ生きていますね。直ちに救助します」男の声が聞こえたところで、ネプトの意識はなくなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ