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彩色の恋模様  作者: 白萩 たえ
第一部
9/59

2 蒲公英と菊




 

 帝都の中心に佇む宮廷。

 広大な敷地内には、帝国一の位を持つ帝とその血族が住む棟と国事の仕事をする武官や文官が働く棟が広い庭を挟み二棟建っている。

 庭には四季折々の花が植えられており、今時期は桜の花が満開で薄桃色が広がっていた。


 宮の周りはぐるりと一周、人より遥かに高い焦茶色の塀で覆われており、入り口の門には常に見張りが置かれている。

 見張りに身分や目的を知らせなければ中に立ち入ることはできない。安易に出入りできる場所ではないのだ。


「おはようございます」


 茶色のスーツを着こなした蒼弥が颯爽と現れると、見張りは深く頭を下げた。


「おはようございます。文官長」


 文官長――

 九条蒼弥はここ宮廷で文官の長として全ての省庁を取りまとめている。

 遥か昔から九条家が代々このお役目を果たしているが、齢二十六と若くしてこの地位に付く者はなかなかいない。稀である。


 先代である蒼弥の父は、病弱である母の為に空気の綺麗な地方へ移り住もうとその地位を一年前に息子に譲ったのだった。

 自分が母と共に地方に移る提案もしたが、どうしても離れたくなかったらしい。不安に駆られる蒼弥を一人帝都に置いて夫婦仲良く地方に行ってしまった。

 今では地方から文官の仕事をしたり、蒼弥に助言をしたりしている。


 代替わりの際、あまりにも若い文官長に宮廷内もざわつき、懸念する声が多く上がったが、それもすぐに治った。幼少期から次期文官長として、みっちり教育をされてきた蒼弥は数々の仕事を異様な速さで完璧にこなしていく。今までの九条家の中でもとりわけ仕事ができた蒼弥に宮廷内の古株たちも深く感心したのだった。

 さらに人々を唸らせたのは蒼弥の人柄。文官長として威圧的な態度もなく常に穏やかで頭の回転が早い。それにあの美貌だ。非の打ち所がない完璧な人間だと周りは噂した。


 そんな蒼弥は出勤するや否や帝の執務室に直行した。

 宮廷内は広いが、何度も来ているここに辿り着くことは容易である。

 しかし今日は何となく向かう足取りが重かった。

 呼吸を落ち着かせ戸を叩くと中から渋い声が返ってきた。


「はい」


「失礼致します。九条でございます」


「入れ」


 天井からは硝子のランプシェード、床には緋色の小洒落た絨毯。机や椅子、棚は西洋から取り寄せた焦茶色のもので統一されている。

 和と洋が混ざり合った洒落た部屋の真ん中。机に向かっていた帝はゆっくりこちらを見て手を止めた。


「早朝から申し訳ございません」


「良い良い。何かあったか?」


 現帝は蒼弥の父と同い年で、幼い頃からお世話になっていた。父に連れられ宮廷に行き、現帝のご子息とよく遊んだものだ。

 一国の主人である現帝も争いを好まない穏やかな人だった。それに加えて頭が切れる。俯瞰的に帝都内を見回すことができるからこそ帝都で大きな争いもなく平和に過ごすことができている。

 全て帝のおかげなのだ。


「はい。ご報告に上がりました」


「そういえば地方に行っていたんだったね?」


「はい。例の件の調査で。昨晩こちらに戻ってまいりました」


「おぉ。そうだったか。ご苦労だったな――それで何か分かったか?」


 帝の穏やかだった表情が暗くなり影がさす。

 蒼弥は胸ポケットから帳面と何枚かの写真を取り出すと重い口を開いた。


「はい。間接的に関わっている方と接触することができ、話を聞いて参りました」


「そうか。それで?」


「やはり噂は本当だったようです」


 ぴくりと帝の眉が動く。部屋の空気が重々しくなった。


「……そうか」


「……はい。今後もさらに詳しく調べてまいります」


「よろしく頼む。事は慎重に、内密に頼むぞ」


「承知致しました……それともう一つ」


 周囲を警戒し声を潜める。


「加納屋に見慣れない方がいらっしゃいまして」


「……ほう」 


「若い女性の方でした。何か聞かれていたりしますか?」


「いや、私は何も」


「……そうですか」


「何か情報が入り次第知らせよう」


「ありがとうございます。失礼いたします」


 人通りの少ない廊下に出る。

 帳面をポケットにしまうと自室に向かってゆっくり歩きだした。


(それにしてもあの女性は一体……)


 今は勤務中。仕事のことを考えなくてはいけないのに、蒼弥の頭の中は昨晩のことで埋め尽くされていた。


 地方からの帰りに寄った呉服屋で出会った女性。

 季節は春だが、やはり朝晩はまだ冷える。そんな肌寒い部屋に一人でいたのは何故だったのだろう?


 亜麻色の髪を後ろで一つに括ってそこを三つ編みに結び、黒紅色に桜が描かれた着物を身に付けた彼女。

 思わず触りたくなるような白くきめ細やかな肌に薄桃色の血色の良い唇。長いまつげ……


 幼い頃から名家の出で、容姿の整った蒼弥とお近づきになりたいと、たくさんの女性から声を掛けられてきたが、彼女はこれまでの女性たちとは違い、どこか惹かれる魅力があった。

 それに、にこやかに笑っているようで笑っていない。どこか寂しそうな笑い方をしているところが気になる。


(呉服屋の従業員か?お借りしたものも返さなくてはならないから今晩もう一度伺ってみるか)


 そうと決まれば早急に仕事を終わらせなくてはならない。


(はあぁ……)


 文官長室にたどり着き、その光景に思わず深いため息が出た。

 二、三日ここを開けただけで机が見えなくなるくらいの書類が置かれているから勘弁してほしい。

 予想以上の業務量に肩を落とした。


(これは今日中に終わるのだろうか……)


 弱音を吐きながらも渋々机に向かうのだった。


 

 

 

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