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純白の手袋と怪雲の兆し 8




 


「失礼致します。文官長、お客様が来ております」


 重苦しい空気が漂う部屋に、困惑した表情の部下が顔を覗かせた。


「来客?今日はそのような予定はないのですが……」


「そ、蒼弥様っ!!」


 疑問を抱く蒼弥が言い終わらない内に、女性の甲高い声が響いた。

 ぎょっとした目を向けると、そこには、目を潤ませ息絶え絶えになっているカナが立っていた。

 普段の明るさとはつらつさが微塵も感じられないカナの姿に蒼弥は目を見開いた。


「カナさん?!突然どうされました?」


 慌てて駆け寄ると、カナは堰を切ったように涙を流し始め、蒼弥に縋り付く。


「何事ですか!?落ち着いてください……!」


 落ち着くよう背を撫で問いかけると、カナはしゃくりあげながら話し出した。


「そ、蒼弥様……!た、大変です……!」


「大変?」


 カナの話を聞き逃さないように蒼弥は耳を傾けた。


「わ、和花様がっ、和花様が……拐かされたかもしれません……!」


「……っ!?」


 カナの言葉に、蒼弥は雷に打たれたかのような衝撃を受けた。「拐かされた」その言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡る。


「和花様は今日お一人で家におられました……。し、しかし私が家へ行った時にはどこにもいらっしゃらなくて……お出かけしたのかと思っていましたが、玄関の鍵や至る所の窓は開けっぱなしで……客間の机にはこんなものが……」


 金色で縁取られた良質な紙を差し出される。目を通した蒼弥の手は震えていた。


『今までありがとうございました。私は私の道を歩いて行くことにします』


「なんてこと……」


「それに、お庭にこちらが落ちていました」


「こ、これは……」


 カナは懐から、少し土色がついた純白の手袋を取り出した。それを見た途端、蒼弥の顔は血の気が引いていく。


(……これは、和花の手袋……!これを外して出かけるなんてあり得ない……!そしてこの汚れ……)


 誰かに踏みつけられでもしたのだろうか?濃い茶色の土が純白の手袋に模様をつけていた。


「私は、和花様が置き手紙を残して勝手に去ってしまうような方には思えません。それに、いつも付けていらっしゃる大切な手袋を雑に扱うことも考えられません……きっと、和花さんの身に何かがあったのではないかと思いまして……!」


 カナはめそめそと涙を流しながらも蒼弥に訴えた。

 蒼弥だってそう思う。和花が理由も告げずに手紙だけを残して出て行くはずがない。それに、母からもらったと嬉しそうに、大切に常に持っていた手袋を雑に扱うことも考えられなかった。

 となると、拐かされたと考えるのが妥当か――


「……くっ」


 蒼弥は苦痛に耐えるように、きつく拳を握りしめた。


「何故です?なぜ藤崎さんが……?」


 小山も声を荒げて反応する。と、その声を聞いた部下は、「それです!」と声を上げた。


「確か、玉井が探していた方は――藤崎という名字の方だと聞いたことがあります」


「それは本当ですか!?」


 切羽詰まった表情の蒼弥に詰め寄られ、部下は「ひいっ」と顔を強張らせながら、こくこく頷いた。


「玉井、蓮太郎……」


 蒼弥の中で点と点が繋がろうとしていた。

 特別な手の持ち主である和花を探す為に文官になり、極秘な資料を探り、和花の存在を知る。

 そして見つかったと同時に辞職し、和花の元へ行く――


 あまりにも上手くできすぎている。だが、同じタイミングで色々な問題が勃発するのを目の当たりにし、それ以外の原因が思い浮かばなかった。

 心の中にどろっとした怒りの感情が表れる。


(和花……!)


 早く彼女の元へ行きたい。無事をこの目で確かめ、大丈夫だと抱きしめたい。怖い思いをしていないか、辛くないか、和花のことを思うと気が気じゃなかった。


「九条さん!」


 小山の声で我に返った。皆の視線が蒼弥に集まる。

 和花のことが気掛かりになりながらも、蒼弥は自分の立場を思い出した。

 自分は帝都の宮廷の文官の長だ。個人の心配ももちろんだが、帝都のことも優先に考える責任がある。


「……このまま彼を野放しにして、情報が漏洩してしまっては一大事です。早急に玉井の身柄の確保を優先に、それから彼の身辺を調べてください。そして今一度、宮廷内の捜索を行い、帝都録がないか確認をしてください」


「承知しました」


 蒼弥の的確な指示に、一気に人が散らばっていく。蒼弥は焦る気持ちを落ち着けようと、窓の外を見た。

 今すぐに和花の元へ行きたい。彼女のそばにいたい。――しかし、自分の立場上、業務を疎かにしたことで、帝都中を混乱させる可能性だって出てくるのだ。仕事を放り出すことはできない。


(和花、無事でいてください……必ず、助けに行きますから)


 そう願いながら、蒼弥は玉井の情報収集を開始した。

 

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