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純白の手袋と怪雲の兆し 5





「……目を?」


「はい。……私が手袋を縫っている間、目を瞑って頂きたいのです」


「なぜですか?」


 蒼弥のまっすぐな視線が、和花に突き刺さる。その視線から逃れようと、和花は目を泳がせた。


「そ、蒼弥さんに……」


 ぼそぼそと小さな声のみが部屋に響き渡る。和花が言葉を探す間、蒼弥はじっと待っていた。


「……蒼弥さんに嫌われたくないからです……」


「嫌う?私が?和花のことを?」


 あり得ないと言わんばかりに、蒼弥は顔を歪めた。


「ごめんなさい……!あの、決して信頼していないとか、そういうことではなく……ただ」


「ただ?」


「手袋を外した手をお見せして、幻滅されるのが怖いのです……この手は、あの日から色が無くなってしまった……醜い手なんです」


 手を見つめながら、和花の口から自虐的な笑みが溢れる。


「この特別な手を持っていることは,他に取り柄のない私にとっての唯一の自慢でした。世間一般では公になっておらず、知る人ぞ知る力ですが、藤崎家に受け継がれてきたこの手で誰かを幸せにできるはずなのに……それなのに、その力を失ってしまっては……私には価値がありません」


「……」


「私にとって使えなくなったこの手は……明るい色を失い、黒くなってしまったこの手は……私を恐怖に陥れる凶器なのです。そんな醜いものを蒼弥さんにお見せして、私、嫌われたく、ない……」


 いつの間にか、和花の声は震えていた。

 加納家を離れた今、彩色の手を悪用されることはまずない。だから、手袋をしなくても生活はできるはずだが、和花は現実から目を背ける為に、黒くなった爪を見る度に落ち込まないようにわざと付けていた。

 ――現実逃避をするように。


 もちろん、爪がいつまでも黒い理由を知りたかったことも、治す方法を探していたことも事実だ。しかし、いざ真っ向から向き合うとなると、恐怖が顔を出してしまう。

 いつまで経ってもそのままにはしておけない。奈津子に手の異変に気付かれ、彩色書記を貸してもらったのだから、そろそろ本腰を入れて向き合わなくてはいけないと思っていた。


 ずっと静かに話を聞いていた蒼弥は、膝の上で固く握られた和花の右手の上に、自分の大きな手を被せ、包み込んだ。

 ひんやりと冷たい和花の手は、蒼弥の男らしい手に包まれて、じわじわと温かさを感じた。


「とても愛おしい手ですね」


「……!」


 低く穏やかな声が、和花の心を揺さぶった。目の前の蒼弥が歪んで見える。


「そんな愛おしい手を見て、幻滅なんかしませんよ。だから、私に見せてくださいませんか?和花一人で抱え込むのではなく、私も共に不安を背負いたい。そして解決の糸口を共に探していきたいです」


 ぽつん、と蒼弥の手の上に涙の雫が落ちた。優しすぎる蒼弥の言葉に、和花の目からはほろほろと涙が落ちる。


「……幻滅しないと、約束、していただけますかっ?私、蒼弥さんに嫌われたら……立ち直れないです……!」


 和花の必死な訴えに、蒼弥は頬を緩ませた。


「嫌う訳ありません。どんな和花でも愛おしいです」


 蒼弥は和花の手をそっと持ち上げ、ゆっくりと手袋を引っ張った。

 徐々に現れる和花の白い肌。数秒の出来事が、何時間も掛かっているかのように感じた。

 女性らしい細い小さな手が露わになると、和花は無意識にその手を隠そうとした。しかし、蒼弥に掴まれている手は身動きが取れない。

 真っ白な手の爪は相変わらず、漆黒の色に染まっている。一目見ただけで、その闇に吸い込まれてしまいそうなほどの深い深い暗い色。


 和花は反射的に目をぎゅっと瞑った。

 蒼弥は、和花の手の甲を食い入るように見つめた。和花の手にはうっすらと汗がかく。


「やはり、とても美しい手ですね」


「……!」


 身を固くする和花の頭上から降ってきたのは、蒼弥の穏やかな声だった。声につられ顔を上に上げる。


「……こんな手が……ですか?」 


「こんな手だなんて言わないで下さい。今までたくさんの人に幸せを分けてきた素敵な手。なんて美しい、そして愛おしいのでしょう。今は少しの休養中なのかもしれませんね」


「休養中……」


「はい、だから焦らずに良い方へいくように一緒に調べて、一緒に考えましょう?覚えていて下さい。もし和花がこの手を愛せなくても、私が愛します」


「そ、うや……さん……」


 和花は言葉を詰まらせながら、蒼弥を見つめる。


「自分には取り柄がないとおっしゃっていましたが、そんなことありません。和花は素晴らしい女性です。私には勿体無いくらいに。その和花という素敵な人の魅力の一つにこの手がある……もしこの手の力を失ったとしても、あなたという存在の魅力が無くなるわけではありません。それを忘れないでほしいです」


 加納家から出た時から何時も胸の中にあったわだかまりがすっと溶けた。溶け出した感情は涙となり和花の頬を濡らす。

 蒼弥は何も言わずに和花を抱きしめた。和花という存在そのものを愛おしく思う優しい顔つき、温かい手は彼女の心を救っていった。


 二人きりの空間で、和花はとてつもない安心感に包まれた。蒼弥の優しさに、自分の手のことを少しだけ認められそうだ、そんなことを考えながら蒼弥の胸に身を任せるのだった。

 

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