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純白の手袋と怪雲の兆し 4





「カナさん」


「はいはい?どうされました?」


「あの、裁縫道具ってありますか?」


「もちろんありますよ。何か縫われるのですか?」


 台所で皿洗いをしていたカナに声をかけると、カナは水道の水を止め、和花の話に耳を傾けてくれた。


「はい、あの、手袋が少し破れてしまいまして」


 右手首を見せると、カナはまぁ!と驚きの声を上げた。


「それは大変ですね……!私が縫いましょうか?」

「いえ……!大丈夫です。お裁縫は得意ですので道具だけお貸しいただければ……!」 


「あら?そうですか?分かりました。少しお待ち下さい」


 布巾で手を拭きながら裁縫道具を取りに台所を離れるカナの背中を見送りながら、和花は一つため息をついた。


(私の不注意で破れてしまったんだもの。お忙しいカナさんのお手を煩わせるわけにはいかないわ)


 裁縫が好きなのは事実である。が、上手い下手は別な話になってくるが……

 もしかしたら手先が器用なカナにお願いをした方が仕上がりが綺麗になるかもしれないが、多忙なカナに頼むのは何だか申し訳なかった。


「和花さん?お待たせ致しました」


 あれこれ考え込んでいた和花は、カナの声で正気に戻った。


「あ……すみません、ありがとうございます。お借りします」


「どうぞどうぞ。もし何かありましたらおっしゃって下さいね」


 どこまでも優しいカナに礼を告げ、黄緑と白の洒落た市松模様の箱を受け取ると、和花は来た道を戻った。


(手袋なんて縫ったこと無いけれど、上手く縫えるかしら?でもそんなに大きな破れでも無いし……きっと大丈夫よね?)


 自分の腕に若干の不安を覚えながらも和花は蒼弥の待つ部屋に足を進める。部屋の襖の前に立った時、和花は「ん?」とふと足を止めた。


(裁縫道具を借りてきますとお部屋を出たけど……もしかしたら蒼弥さんの前で縫うことになるのかしら……?)


 途端に心拍数が上がりだす。

 蒼弥の前で裁縫をすること自体は何も問題はない。しかし、心拍数が上がる原因はそこでは無い。


 ――手袋を縫うということは、蒼弥の前で、手袋を取らなければならないということだ。


(この真っ黒な爪を、見られてしまう……)


 蒼弥には何となくこの手のことは知られている。

 しかし、彼も手のことを追求する訳でも無かったし、実際に手をまじまじと見せる機会もあまりなかった為、詳細を伝えたことがなかった。

 蒼弥を信用していない訳ではない。きっと彼はこの手を見たとて、激しく動揺はしないと思うが、やはり不安和はある。

 これまでずっと隠してきた手のことを伝えるのは勇気が必要で。まだ心の準備ができていなかった。


(蒼弥さんに知られたとて、なんてこと無いはずなのに……どう思われるかが少し怖い……) 


 まだ美しい五色の爪なら見栄えも良く、人に見せられるが、漆黒の闇のような黒い爪は決して綺麗なものではない。ふと目にする時に自分でも恐怖を感じるのだから、あまり人の目に晒したくなかった。


(でもここで戻らないのもおかしいわよね……)


 どうしよう、どうしよう、と襖の前でひとり狼狽える。

 視線が襖、市松模様の箱、自分の右手と定まらず、心臓が痛い。


(大丈夫、落ち着いて。蒼弥さんならきっと――)


 無理やり呼吸を整えていると、突然、目の前の襖がガラリと開かれた。


「……っひっ……」


 予想外の出来事に思わず変な声が出た。箱が手から滑り落ちそうになり慌てて力を込める。

 襖を開けた張本人である蒼弥も和花の短い悲鳴に、目を丸くした。


「和花……?大丈夫ですか?」


「あ、は、はい……」 


 急な蒼弥の登場に、未だ心の整理がついていなかった和花はもごもごと口篭った。


「なかなか戻ってこないので心配しました」


 和花が今、心臓が口から飛び出しそうなことなど知る由もなく、蒼弥は和花の背に触れ部屋の中へ招いた。 


「カナさんに裁縫道具は借りられましたか?」


 机の前に和花を座らせると、和花の顔が見られるようにと机に対して九十度直角の位置に座った。


「は、はい、お借りできました」


 蒼弥の問い掛けに返答するものの、机の上に置かれた裁縫道具の箱をじっと見つめる。まるで置物のように身体が動かない。和花の中で緊張が高まっていく。


「手袋は直りそうですか?」


「はい、すぐに治ると思います」


「それは良かった」


 蒼弥もほっとしたように笑む。その優しい笑みからは酷な言葉が出てくることなど想像も付かない。でも、怖い。

 ただ、このままだと埒が開かないのも事実だ。どうしても見せられないのであれば退室してもらうか、和花が覚悟を決めて今ここで縫い始めるか……

 和花の葛藤は続いた。


「和花?」


 黙りこくる和花を不思議に思った蒼弥は顔を覗き込んだ。

 和花は手をぎゅっと握りしめ、蒼弥を見据えた。


「蒼弥さん」


「はい?」


「目を瞑っていてもらえますか?」


 和花のお願いに蒼弥はただただ首を傾げた。

 

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