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彩色の恋模様  作者: 白萩 たえ
第一部
7/57

黒紅の桜 6



 


 気付けば水筒を眺めながらかなりの時間物思いに耽っていた。

 無性に母に会いたくなった。あの温かい手で頭を撫でてほしくなった。

 目が潤んだ気がしたが、気のせいだと目を擦り誤魔化した。


(こんなこと思い出している場合じゃないわ。早く行かないと)


 蒼弥を待たせていることを思い出した和花は急いで立ち上がった。


 せっかく見つけた思い出の品だが、手元にあると昔を思い出し寂しくなってしまう。

 それならばいっそのこと手放してしまおうか。

 今までこれが無くても生活に支障はなかったし、困ったことも特になかった。

 竹製の水筒に目一杯水を入れ、きつく蓋を閉める。


(この先も道中続くなら.少しでも楽になれた方が良いわよね)


 そうと決めたら早い。

 幼い和花が体調を崩した時に看病してくれた母のことを思い出しながら、必要なものを揃えていく。

 汗を拭くための布巾や解熱剤、二重にした風呂敷に氷を包み、気休め程度の氷嚢も用意した。 


 (少しでも楽になれば良いのだけれど……)


 それらを桶の中に入れ、蒼弥が待つ店に急ぐのだった。



 和花が襖を開けると、蒼弥は店内の中央に飾られた生成色の着物を見ていた。

 つい先日和花が仕立て上げた梅柄の着物。

 白色の梅と鴇色や撫子色、薄紅梅と微妙に色の濃さが違う梅が至る所に散りばめられている華やかな着物。

 梅の花は厳しい冬を乗り越えて春の初めに咲く花で、生命力の象徴とされている。又、春の訪れを告げる花とも言われる為、縁起が良い。

 梅の花が贅沢なまでに大きくたくさん描かれているこの着物は、縁起の良さを象徴する逸品だと言えるだろう。

 それをまじまじと見る横顔さえも美しく見惚れてしまいそうになる。

 襖の音に気づいた蒼弥が和花に向き直り、二人の視線が重なった。

 一瞬にして身体中に熱が湧き起こる。

 やはりこの麗しい姿は心臓に悪い。


「お、お待たせ致しました……」


 軽く頭を下げると、蒼弥も微笑みながら下げ返してくれた。

 和花が荷物が入った桶を差し出すと、蒼弥は戸惑いの表情を見せた。


「こちらお水です。それから道中まだあるとの事でしたので、よろしければこちらもお持ちください」 


 蒼弥は慌てたように少し声を大きくする。


「こんなにして頂いて申し訳ないです。お水だけ頂ければ結構ですので……!」


「家にあったものですのでお気になさらずに。気休め程度にしかなりませんが……」


「で、ですが……」


 蒼弥が申し訳なさそうに口籠る。

 布巾も新調されたものでは無いし、解熱剤もいつかの残りである。家の物を寄せ集めた感じになってしまい返って申し訳ないと和花も思う。 


「本当に大丈夫ですので……!」


 しばらく押し問答が続いた。


「一番お辛いのは妹さんです。こちらは大丈夫ですので、遠慮なくお使い下さい」


 最後の一押しをすれば、蒼弥は渋々首を縦に振った。


「突然の訪問にも関わらず、こんなに良くして頂いて感謝しかありません。本当にありがとうございます」


 謙虚な蒼弥はまたしても深々と頭を下げた。


「た、大したことは……頭をお上げください」


 顔を上げた蒼弥は少し考える素振りを見せ、「それでは」と相好を崩した。


「何かお礼をさせて頂きたいのですが」


 蒼弥の提案に和花は首が取れそうな勢いで左右に振った。


(そ、そんな大したことはしていないわ)


「本当にお気になさらないで下さい。妹さんもお待ちでしょうし、早く行ってあげてください」


 妹を待たせている事を思い出したのか、はっと表情を変えた。 


「それではお言葉に甘えて……本当にありがとうございました」


 桶を手に取り、入口に向かう。


(良かった。これで大丈夫ね)


 胸を撫で下ろしながら、見送ろうと和花も後に続いた。

 引き戸の前に来た時、突然蒼弥が立ち止まった。


(……っ)


 急な一時停止に、彼の背中にぶつかりそうになり、咄嗟に足を止めた。

 蒼弥はくるりと和花の方に振り返る。

 予想外の行動に、安心しきっていた和花の心音が再び速くなった。


 


 

 

 


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