真紅の彼岸花 4
案内されたは、煌びやかな部屋だった。
天井から吊るされているランプシェード、絨毯、ソファー、机、どれをとっても一等品で、高貴な方の部屋だとすぐに理解できる。
香のたかれた空間は、白檀と沈丁花が微かに溶け合ったような良い匂いが広がっていた。
(私なんかが立ち入っていい部屋なのかしら……)
恐れ多く、緊張しながらぐるりと周囲を見回していると、晴子は三人掛けの大きなソファーを指差し、座るように声をかけた。
「失礼致します」
座ると、ふんわりと沈むソファーに目が飛び出そうになる。
(こ、こんなふかふかのソファー初めてだわ……!)
ソファーに腰掛け、うっとりしている和花を横目に、晴子は、お付きの人に紅茶の用意をさせると、何か耳打ちをして部屋から出ていくように指示した。
お付きの人は「承知致しました」と呟くと足早に部屋を後にする。
木製のティーワゴンには華やかな薔薇模様のティーカップと、ポットが並べられていた。
静かな空間の中、晴子は慣れた手つきで紅茶を淹れ始めた。和花はカップに注がれる黄金色の紅茶に目が釘付けになった。
「紅茶よ。お口に合うと良いのだけれど」
「ありがとうございます」
カタンと目の前に置かれたティーカップからは、湯気と共に甘いはちみつのような甘い匂いが立ち込めた。それは和花の心を落ち着かせてくれる。
(良い匂い……)
晴子もティーカップを片手に、机を挟んで対面に向かい合って座った。
一気に緊張感が増し、心拍数が上がって、鼓動が早くなる。
一度会ったことはあるものの、ほぼ初対面である和花に何用かと少し身構えてしまう。
(も、もし、蒼弥さんと別れなさいとか言われたらどうしましょう……で、でもあり得なくはないわよね……)
かしこまった表情の晴子にごくりと唾を飲む。自ら話しかけようとも試みたが、あいにく和花にそんな勇気は持ち合わせていなかった。
無言の時間が続いた。
背中に冷や汗が垂れてくる。時間流れが、やけにゆっくりに感じた。
どうしよう、と心の内が騒ぐ。
「急に呼び止めてごめんなさいね」
沈黙の中、先に言葉を発したのは晴子だった。
「い、いえ。全然大丈夫です……」
ぎこちない会話が続く。
「あなたに、確認したいことがあってね。二人きりで話をしたかったの」
「……話ですか……?」
「えぇ」
目の前に座る晴子は、ふぅと一つ息を吐くと、机の上に一冊の本を置いた。
「あなたが探していたのは、こちらの本ではないですか?」
「え?」
机上には、少し色褪せた古びた本。だいぶ読み込んであるのか、本の角や背表紙が少し禿げている。
ぱっと見た感じ心当たりがなく、和花は首を傾げた。
「この本……?中を見てもよろしいでしょうか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます」
そっと手に取り、中を覗いてみる。外側同様、少々頁が黄ばんでいたり、破れていたりする箇所もあるが、読めないわけではない。長年保管していた物としては綺麗な方だろう。
(……!)
しかし、その本に書かれた内容は、和花の呼吸を一瞬止めるには十分すぎるものだった。
一枚頁をめくり始めると、手は止まらない。和花は忙しなく手を動かし、頁を進めた。
(どうして、どうして晴子様はこれを……私に……?)
動揺で心が掻き乱される。本を持つ手にはうっすらと汗が滲んできた。
戸惑いつつも勢いよく顔を上げると、やや目元を緩ませた晴子と目が合った。
ほんのり笑う晴子に、ぎょっとする。今までずっと無表情だった晴子の変わりように、困惑するばかりだった。
(彩色書記……なぜ、私にこの本を渡したの……?晴子様は、もしかして私の手のことを知っているの……?)
気道が細くなった気がする。呼吸をするのがやっとで、和花は自分を落ち着けようとゆっくり息を大きく吸った。
「この様子だと、正解……ととってよろしいかしら?」
晴子は、ふふ、と上品に笑っているが、和花は笑えなかった。声が震える。
「な、何故、私にこの本を……」
「何故って、だってあなた、彩色の手をお持ちでしょう?」
「!」
平然と言い放つ晴子に、和花は目を見開いた。
別に隠していないし、知られることは何も問題ない。しかし、気になるのは、何故知っているか、だ。
(この手袋の手を見て判断したの?それにしては情報が少なすぎる……じゃ、じゃあ蒼弥さんがお伝えを……?そんなことあるかしら?)
必死に考えてみるが、どれもしっくりこない。
「驚くのも無理ないわよね。何故知ってるのかって思ったでしょう?」
和花が動揺する最中、さらりと告げた本人は、優雅に紅茶をすすっている。
「何故知っているのか、教えてあげるわ」
晴子の持つティーカップがソーサーに戻され、聞き逃しそうなほどの小さな音が、和花の耳に届いた。
身動きが取れない和花は、真っ直ぐに晴子を見つめていると、こちらを捉えた彼女と目が合った。どくんどくんと心臓が波打つ。
そんな中、晴子は重たそうな口をゆっくりと開き、衝撃的なことを述べた。
「だって私はあなたの――あなたの叔母、ですからね」
「……!?」
その途端、和花の琥珀色の目が大きく開いた。
和花の中の理性が、ぷつりと音を立てて切れた瞬間だった。
晴子の声が耳をこだまし、鼓膜を揺らす。
まるで、静かだった水面に大きな岩が投げ入れられ、水面が激しく波打ったよう。
言葉が出なかった。
「……本当に何も知らなかったのね」
硬直する和花を見て、晴子は少し寂しそうに笑った。ただ、和花には何故そのような顔をするのか、晴子の気持ちが分からない。
帝の妹と自分は血の繋がりがあっただなんて初耳である。それならば,帝とも血の繋がりがあるというのか。
両親は今まで一言も教えてくれなかった。それは何故なのか。もしかしたら自分は、治人と奈津子の子どもではないのか。
様々な疑問が和花の頭を埋め尽くしていく。
(落ち着きなさい……わたし……)
呼吸を整え、頭の中を整理しようと過去の記憶を手繰り寄せてみたが、こんな衝撃的なこと、今まで誰からも何も言われたことがなかった。
(血の繋がりがあるって、どういうことなの……?)
激しく動揺する和花に、晴子は穏やかな声をかけた。
「驚かせてごめんなさい。そういうつもりはなかったの。……きっとあの子もあなたに言いづらかったのだと思うわ」
「……あの子?」
やっと出た声は、とても小さいものだった。しかし、晴子の耳には届いたようで、一つ頷く。
「えぇ。あの子――あなたの母親、藤崎奈津子は、私の妹。つまり元は皇族だったのよ」




