真紅の彼岸花 3
「おい、そこで何をしている?」
「……え?」
時間を忘れて本を探していた和花は、背後から声を掛けられて手を止めた。
振り返ると、スーツを着た男性三人が和花を取り囲み、こちらを睨んでいた。
あまりの迫力に思わず後退りする。とん、と背中に本棚が当たり、逃げ場が封鎖されたことが嫌でも分かった。
「えっと……あの……」
「ここで何をしている、と聞いている」
「誰の許可を取って立ち入っているのだ?」
次々と浴びせられる疑いがこもった声が和花の耳に響く。
大きな男性三人に囲まれるのは、とても怖かった。怖気付いてしどろもどろになる。
「えっと……蒼弥さん、九条蒼弥さんから許可を頂きました……」
「は?なんだって?」
和花の小さな声は彼らの耳には届かず、さらに詰め寄られてしまう。
手を握りしめ、力を入れた和花は、声を張り上げた。
「く、九条蒼弥さんと一緒に参りました……!」
しん、と辺りが静まり返る。
「は?」と三人の誰かが素っ頓狂な声を出した。
「……九条さんだと?」
「……文官長がこの女を宮廷内に入れたというのか?」
「……あの女に全く興味のない九条さんが……?」
三人は顔を見合わせるなり、笑い転げた。下品な笑い声が書庫に響き渡る。
和花はただ黙り、俯くことしかできなかった。ギリギリと奥歯を噛み締める。
許せなかった。自分は真実を述べているのに、それを否定するどころか、蒼弥を馬鹿にしたような物言いが。
悔しさや怒りで胸がいっぱいになった。
何も言い返さない和花をいいことに、男たちはにやついたまま和花に食ってかかる。
「嘘もほどほどにした方が良いですよ〜 お嬢さん。ここは国を司る高貴な場所。容易に立ち入れる場所じゃないんですよ」
「ささ、事が大きくなる前に出ましょうね〜」
馬鹿にした口調でおどけたように言う。三人のうちの一人が和花の手を引っ張った。
和花も動くまいと、足を固める。
「や、やめてください……!」
「ほら、騒がないで下さい!」
「うるさいですよ〜」
「どうします?いっそのこと文官長の所に連れて行ってみます?不法侵入ですって」
「そうするかぁ?」
「それにしてもこんなに可愛い娘、ただ連れて行くのも勿体無い気がするな」
「確かに。気の強い宮廷の女たちとは違う、お淑やかそうな娘だもんな」
ひそひそと悪魔の囁きのような会話が、和花の頭上で繰り広げられる。その間にも握られる手の力は凄まじく強い。
男の力にはやはり勝てない。必死に踏ん張っても、持っていかれそうになった。
(そ、蒼弥さん……!)
心配をかけまいと口には出さないでいたが、心の中で蒼弥の名を呼んでみる。
しかし、和花を助ける人は誰もいない。周囲にちらほらと人はいるが、きっとこの三人の方が位が上なのだろう。気まずそうな顔で目を逸らしてくる。
「早く行きますよ」
ニタニタと気味悪く口元を緩める男たちに身震いした。
「ほ、本当に、九条蒼弥さんと一緒に来たんです……!私は九条蒼弥の――」
必死に訴えかけたその時、別の方向から凛とした声が聞こえた。
「何をされているのですか?」
その声に、この場にいる皆の動きが止まった。
凛としているが、女性らしいしなやかな美しい声は、どこかで聞いて事がある。
視線をずらすと、見覚えのある顔がそこにあった。
「は、晴子様……!」
「なぜこちらに……!」
和花の手を掴んでいた男は、乱暴にその手を振り解くと、急いで跪く中、和花は動けないでいた。男たちの横顔にはじっとりと汗が浮いている。
「何をされていたのです?」
声色は崩さないまま、だけど無表情で晴子は問う。
「いや、えっと……」
今度は男たちがしどろもどろになる番だった。
「彼女が、一人でここにいたので許可なしに入ったのかと聞いておりまして……」
一人に指をさされ、晴子の視線が和花を捉えた。「まぁ」と晴子は呟くと、一つ咳払いをした。
「この方の立ち入りの許可は、九条蒼弥と私が出しました」
「え?」
和花は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。口を小さくあんぐりと開けている。
「は、晴子様が……?」
「はい、そうです。何か問題でも?」
扇子を口元に当てる晴子の目つきはやや鋭かった。
「め、滅相もございません!大変失礼致しました!」
静かな圧に恐怖を覚えた男たちは、尻尾を巻いて逃げ出した。
和花と晴子の間は男たちの逃亡により、空白になった。
(この方は、皇帝の妹君……)
改めて目の前の晴子を見つめた。
落ち着きのある上品な佇まいと、美しさを兼ね備える女性。
今日身につけているのは、黒地の着物だった。
帯下の前見頃と後ろ見頃には、真紅の彼岸花が描かれている。彼岸花柄など珍しいが、一つ一つが繊細に描かれ、まるで本物の花のような美しさがあった。それに、金色の帯が全体をまとめ、引き締めている。
黒地だけど、決して重い印象になりすぎない意匠。晴子の落ち着きと尊厳を発揮するには十分なものだった。
廊下から足音が聞こえる。
静かに向かい合う和花と晴子。その静けさに終止符を打ったのは、和花だった。
「あの!助けて頂きありがとうございました」
腰を折り、丁寧に頭を下げた。
先日の帰り際、少し怪訝そうな顔をしていたが、何故助けてくれたのだろう。もしかして自分の気にしすぎだったのだろうか。そんな思いを胸に抱えながら。
「あなたは藤崎……和花さんよね?」
「はい、そうです」
「お顔をお上げなさい」
そろそろと顔を上げると晴子と目が合う。顔はやはり無表情だが、今日は目の奥に冷たさは微塵も感じない。
「……あの?」
頭のてっぺんからつま先までじろじろと見られ、和花は言葉に詰まった。
「私に着いてきなさい」
晴子はそれだけ言うと踵を返した。
「え?えぇ?」
和花は戸惑いながらも、晴子の後を追ったのだった。




