表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/77

真紅の彼岸花 3





 

「おい、そこで何をしている?」


「……え?」


 時間を忘れて本を探していた和花は、背後から声を掛けられて手を止めた。


 振り返ると、スーツを着た男性三人が和花を取り囲み、こちらを睨んでいた。

 あまりの迫力に思わず後退りする。とん、と背中に本棚が当たり、逃げ場が封鎖されたことが嫌でも分かった。


「えっと……あの……」


「ここで何をしている、と聞いている」


「誰の許可を取って立ち入っているのだ?」


 次々と浴びせられる疑いがこもった声が和花の耳に響く。

 大きな男性三人に囲まれるのは、とても怖かった。怖気付いてしどろもどろになる。


「えっと……蒼弥さん、九条蒼弥さんから許可を頂きました……」


「は?なんだって?」


 和花の小さな声は彼らの耳には届かず、さらに詰め寄られてしまう。

 手を握りしめ、力を入れた和花は、声を張り上げた。


「く、九条蒼弥さんと一緒に参りました……!」


 しん、と辺りが静まり返る。

「は?」と三人の誰かが素っ頓狂な声を出した。


「……九条さんだと?」


「……文官長がこの女を宮廷内に入れたというのか?」


「……あの女に全く興味のない九条さんが……?」


 三人は顔を見合わせるなり、笑い転げた。下品な笑い声が書庫に響き渡る。

 和花はただ黙り、俯くことしかできなかった。ギリギリと奥歯を噛み締める。

 許せなかった。自分は真実を述べているのに、それを否定するどころか、蒼弥を馬鹿にしたような物言いが。

 悔しさや怒りで胸がいっぱいになった。

 何も言い返さない和花をいいことに、男たちはにやついたまま和花に食ってかかる。 


「嘘もほどほどにした方が良いですよ〜 お嬢さん。ここは国を司る高貴な場所。容易に立ち入れる場所じゃないんですよ」


「ささ、事が大きくなる前に出ましょうね〜」


 馬鹿にした口調でおどけたように言う。三人のうちの一人が和花の手を引っ張った。

 和花も動くまいと、足を固める。


「や、やめてください……!」


「ほら、騒がないで下さい!」


「うるさいですよ〜」


「どうします?いっそのこと文官長の所に連れて行ってみます?不法侵入ですって」


「そうするかぁ?」


「それにしてもこんなに可愛い娘、ただ連れて行くのも勿体無い気がするな」


「確かに。気の強い宮廷の女たちとは違う、お淑やかそうな娘だもんな」


 ひそひそと悪魔の囁きのような会話が、和花の頭上で繰り広げられる。その間にも握られる手の力は凄まじく強い。

 男の力にはやはり勝てない。必死に踏ん張っても、持っていかれそうになった。


(そ、蒼弥さん……!)


 心配をかけまいと口には出さないでいたが、心の中で蒼弥の名を呼んでみる。

 しかし、和花を助ける人は誰もいない。周囲にちらほらと人はいるが、きっとこの三人の方が位が上なのだろう。気まずそうな顔で目を逸らしてくる。


「早く行きますよ」


 ニタニタと気味悪く口元を緩める男たちに身震いした。


「ほ、本当に、九条蒼弥さんと一緒に来たんです……!私は九条蒼弥の――」


 必死に訴えかけたその時、別の方向から凛とした声が聞こえた。


「何をされているのですか?」


 その声に、この場にいる皆の動きが止まった。

 凛としているが、女性らしいしなやかな美しい声は、どこかで聞いて事がある。

 視線をずらすと、見覚えのある顔がそこにあった。


「は、晴子様……!」


「なぜこちらに……!」


 和花の手を掴んでいた男は、乱暴にその手を振り解くと、急いで跪く中、和花は動けないでいた。男たちの横顔にはじっとりと汗が浮いている。


「何をされていたのです?」


 声色は崩さないまま、だけど無表情で晴子は問う。


「いや、えっと……」


 今度は男たちがしどろもどろになる番だった。


「彼女が、一人でここにいたので許可なしに入ったのかと聞いておりまして……」


 一人に指をさされ、晴子の視線が和花を捉えた。「まぁ」と晴子は呟くと、一つ咳払いをした。


「この方の立ち入りの許可は、九条蒼弥と私が出しました」


「え?」


 和花は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。口を小さくあんぐりと開けている。


「は、晴子様が……?」


「はい、そうです。何か問題でも?」


 扇子を口元に当てる晴子の目つきはやや鋭かった。


「め、滅相もございません!大変失礼致しました!」


 静かな圧に恐怖を覚えた男たちは、尻尾を巻いて逃げ出した。

 和花と晴子の間は男たちの逃亡により、空白になった。


(この方は、皇帝の妹君……)


 改めて目の前の晴子を見つめた。

 落ち着きのある上品な佇まいと、美しさを兼ね備える女性。

 今日身につけているのは、黒地の着物だった。

 帯下の前見頃と後ろ見頃には、真紅の彼岸花が描かれている。彼岸花柄など珍しいが、一つ一つが繊細に描かれ、まるで本物の花のような美しさがあった。それに、金色の帯が全体をまとめ、引き締めている。

 黒地だけど、決して重い印象になりすぎない意匠。晴子の落ち着きと尊厳を発揮するには十分なものだった。


 廊下から足音が聞こえる。

 静かに向かい合う和花と晴子。その静けさに終止符を打ったのは、和花だった。


「あの!助けて頂きありがとうございました」


 腰を折り、丁寧に頭を下げた。

 先日の帰り際、少し怪訝そうな顔をしていたが、何故助けてくれたのだろう。もしかして自分の気にしすぎだったのだろうか。そんな思いを胸に抱えながら。


「あなたは藤崎……和花さんよね?」


「はい、そうです」


「お顔をお上げなさい」


 そろそろと顔を上げると晴子と目が合う。顔はやはり無表情だが、今日は目の奥に冷たさは微塵も感じない。 


「……あの?」


 頭のてっぺんからつま先までじろじろと見られ、和花は言葉に詰まった。


「私に着いてきなさい」


 晴子はそれだけ言うと踵を返した。


「え?えぇ?」


 和花は戸惑いながらも、晴子の後を追ったのだった。

 

 

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ