真紅の彼岸花 2
「それでは行きましょうか」
「はい」
車を降りた二人は、ゆっくりと歩き出した。前回、和花が一人で来た時は、宮廷までの道のりも心細かったが、今日は蒼弥が隣にいるから安心する。
安心と緊張が入り混じった複雑な気持ちで、和花は門までの道のりを歩いた。
門の前まで来ると、以前と同じ顔触れが揃っていた。
二人とも今日も黒いスーツを見に纏い、周囲に目を光らせている。
「文官長、おはようございます」
蒼弥に気付くと、礼儀正しく頭を下げ、挨拶をした。
「おはようございます。ご苦労様です」
爽やかに蒼弥が挨拶を返すと、二人は頭を上げ、彼の後ろに立つ和花に目を向けた。そして「え」と小さく声を漏らす。
(何故、蒼弥さんと一緒にいるのかと思われているのかしら……?)
疑問に思いながらも、失礼のないように和花も慌てて頭を下げた。
「文官長、そちらの方は……?」
「あぁ。紹介していませんでしたね。彼女は私の恋人です。以後お見知り置きを」
「へ?」
「ぶ、んかんちょうの……こいびと……?」
門番が悲鳴に似た声を上げた。目を白黒させ、珍しいものを見るように和花をじろりと見た。
「あ、あの噂は本当だったんだな?」
「まさかあの仕事一筋の文官長に、こんな可愛い恋人がいたとは……」
こそこそと言葉を交わす二人に、和花は不安気な顔をした。
(蒼弥さんのことを悪く言っているわけでは、ないわよね……?)
それでも蒼弥の面子を潰さぬように、不安な気持ちを押し殺した和花は、優雅に笑みを浮かべた。
不安が全くない訳ではない。ただ、和花を守ってくれようとしている蒼弥の背を見ると、不思議と心が強くなった気がした。
「藤崎和花と申します。今後ともよろしくお願い致します」
「……!」
洗練された美しい所作に、門番の頬が若干赤らんだ。しかし、蒼弥はそれを見逃さなかった。
「彼女に何かしましたら許しませんからね」
大股で門番の元に近づき、和花に聞こえないように、耳元で囁く。普段温厚な蒼弥の笑っているが、冷たい目に二人は背筋を震わせた。
「ひっ」
「き、肝に命じておきます……」
「それならいいです」
(蒼弥さん?)
蒼弥が近づいた途端、急に怯え出した門番たちに和花は小首を傾げた。
しかし当の本人は、変わらない笑みで和花に振り返り、手を取った。
「さ、行きましょう」
「は、はい……」
魂が抜けかけている門番に軽く頭を下げ、和花は手を引かれて宮廷内に入った。
その後、周囲の視線をひしひしと感じながらも、何とか書庫にたどり着いた。
今まで女性の影が全くなかった蒼弥が、仲睦まじく手を繋ぎながら女性を連れ歩いている姿に、周りの者は空いた口が塞がらないようだった。
蒼弥を落としたのはどんな女性かと、和花に注目が集まるのは突然だ。
宮廷の書庫はとても大きい。一面の壁には天井から床まで本棚が固定され、びっちりと本が並べられている。
哲学書、歴史書、図鑑などこの国のありとあらゆる本が所狭しと並ぶ様子に、和花は目を瞬かせた。
(すごく大きい……ここから見つけるのも大変そうね……)
目当ての本を見つけるには半日、いや一日かかりそうな気がしてきた。むしろ、一日で終えられるか心配になる。途方もない作業を思うだけで、眩暈がしそうだった。
「確か、歴史書はこちらだと思いますが……ただ、歴史書であっているのか分かりませんね」
人がまばらな書庫に、蒼弥の声が響く。蒼弥は周囲を見回しながら、移動する。和花はそれについて行った。
「あれは伝承話として伝わっていますから、何に該当するのか、すみません、私も分からなくて……」
「手分けして探せば見つかりますよ。大丈夫です」
振り向き様に笑う蒼弥の顔は、和花に安心感を与えた。
「とりあえず、この辺りを見てみましょう」
「はい」
整然としている本の背表紙を一冊一冊丁寧に目を通していく。気の遠くなるような作業だった。
ふと横を見ると、蒼弥も真剣な表情で、壁に張り付くように本を探していた。
(私のためにこんなにも……本当に優しい方)
きっと蒼弥には山程仕事があるだろう。本来ならそちらをやりたいはずなのに、和花に付き合ってくれる彼の優しさが胸に沁みる。と、同時に彼の優しさを無駄にしたくないから絶対に見つけると心に火がついた。
気を取り直して探していると、静寂に包まれた書庫に場違いな足音と大声が轟いた。
「文官長っ!!」
勢いの良い足音はどんどん近づいてくる。
「文官長っ!ここにいらっしゃいましたか……!」
「何事ですか?」
息を切らした部下は、蒼弥を見つけるなり彼に駆け寄った。
さすが蒼弥である。慌てた部下の前でも冷静沈着に対応していた。
「お取り込み中申し訳ございません。少しお話を……」
きっと極秘事項であろう。和花の耳に入らないようにこっそりと耳打ちをしている。話を聞いた蒼弥は大きなため息を吐き、和花を見た。
「和花、申し訳ないのですが、少し用事ができてしまいまして……」
和花を連れ出す訳にも、ここに一人置いていく訳にもいかないと言わんばかりに、蒼弥は視線を彷徨わせた。
「蒼弥さん、私はここで本を探していますから、行ってきて下さい」
「ですが……」
困り顔の蒼弥を安心させたくて、和花はにっこりと微笑んだ。
「私は大丈夫です。ね?」
「何かあったらすぐに叫んで、逃げるのですよ?変な人に着いて行かないで下さいね?」
「は、はい!」
和花の笑みに背中を押されたのか、蒼弥は渋々その場を離れた。
和花にしっかりと言い聞かせてから……
一人取り残された和花は、嵐の如く過ぎ去った蒼弥たちに一瞬呆然としたが、うっすらと笑いが込み上げてきた。
「うふふ」
口元を抑え笑いを堪える。
一人は少し心許ないが、こんなにも思われていたら、なんだか大丈夫なような気がしてきた。俄然、やる気がみなぎってきた。
「よし!頑張って探そう」
そう呟くと、また本に向き直った。




