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真紅の彼岸花






 和花と蒼弥が、地方に旅行をしてから一週間後。

 心のもやが晴れた和花は、これまでとは違う、少し強くなった自分を感じながら、平和な日々を過ごしていた。

 先日の旅行で、お互いに本音を伝えられた和花と蒼弥は、これまで以上に仲が深まった。

 カナと由紀にも旅行中の出来事を話し、蒼弥とのギクシャクした関係も無くなったことを伝えると、とても喜んでくれたのだった。

 本当に、周りの人に恵まれていると思う。

 家事を手伝い、好きなお菓子作りをして、蒼弥の帰りを待つ。穏やかな日々に決して不満はなかったが、生活する中でふと頭をよぎるのは、帰り際に、奈津子から聞いた彩色の手のことだった。


 ――それなら、宮廷の書庫に行ったら良いわ。そこになら、何か手掛かりがあるかもしれない。

 何故、奈津子が宮廷のことを知っていたのかはよく分からない。が、手を治す手立てがあるなら藁にもすがる思いで、調べたいと思っていた。


「蒼弥さん、お願いがあるのですが……」


 夕食時、箸を置いた和花は、蒼弥の方に身体を向けて話を切り出した。


「なんでしょう?」


「あの……私が宮廷に赴くことは難しいでしょうか?」


「宮廷にですか?」


 湯呑みを掴もうとしていた蒼弥の手が、ぴたりと止まり、ぽかんとした顔をする。


「……駄目、でしょうか?」


 大きく開かれた蒼弥の目に吸い込まれそうになるが、耐える。


「書庫に行きたい、ということですね」


「……はい」


 蒼弥は座り直し,ふぅと息を吐いた。何故か緊張感が走り、和花の背筋が伸びる。


「私が書庫から持ってることも可能ですよ?和花がわざわざ出向かなくても……」


「それでは駄目なんです!」


 和花は大声を上げながら、ぐっと身を乗り出した。

 突然の和花の行動に、蒼弥は目を丸くする。

 顔が近くなったことを気にも留めず、和花は熱く語り出した。


「それでは、駄目なんです……!これは私の問題です。蒼弥さんの手を煩わせるわけには……いきません……私が、自分で何とかしなくては……」


 これは自分の問題。

 蒼弥が手を差し伸べてくれるのはとてつもなく嬉しいが、それに甘えてはいけない気がしていた。

 自分の力で何とかしたい。その思いが和花の中で大きくなっていた。


「ご迷惑は掛けません。ですので……」


「和花」


 必死に懇願する和花を、蒼弥は止めた。


「和花の気持ちはよく分かりました。宮廷に一緒に行くのは問題ありません」


「ほ、本当ですか?!」


「はい。ですが、和花は辛くならないですか?」


「え……」


 静かにそう告げる蒼弥に、和花はすっと熱が冷め、下を向いた。

 蘇るこの前の宮廷での記憶。

 周りの目と場違いさに気付き、自暴自棄になった場所。

 また宮廷で嫌な思いをするかもしれないし、現実を突きつけられるかもしれない。

 辛い思いをするなら、蒼弥に書籍を持ってきてもらった方が、余計なことで傷付かなくて良い。

 一瞬、そんな考えがよぎった。


 ――でも。


(違う。私は蒼弥さんを信じているから)


 自然と拳に力が込められる。頭を左右に振り、余計な考えを振り落とした和花は、蒼弥を見た。


「全く怖くないか、と言われたら、それは嘘になります。本当は少し怖いです。ですが、私は蒼弥さんを信じていますから」


 柔らかく微笑んでみせると、蒼弥は額に手を当て、宙を仰いだ。

「ずるいです……」なんて小声が微かに聞こえる。


「そ、蒼弥さん……?」


 蒼弥の身に何が起きたのか、理解不能な和花は目をぱちくりさせた。

 ぶつぶつと、しばらく悶えていた蒼弥は、ひとつ息を吐くと和花に向き直った。


「分かりました。それでは私は、和花が傷付くことがないように守ることにします」


「……はい!お願いします!」


 笑い合った二人は、箸を持ち直し、動かし始めた。

 和花は自分の心が少しずつ強くなっているような気がして、ほのかに嬉しさを感じるのだった。


 

◇◇◇


 

 澄んだ空気が心地良い。

 太陽が昇り始め、空がだんだんと明るく青くなっていく。

 その美しさに見惚れながらも、和花の心の中は霧が立ち込めていた。


 昨夜は緊張でよく眠れなかった為か全身が重く、少し気怠い。

 部屋を出る前に、何度も鏡を見て自分の姿を確認したから大丈夫だとは思うが、心配は尽きない。


 少しでも、蒼弥に見合う女性に見えるように――

 その一心で、今朝はいつにも増して支度に時間をかけた。


 結んでいることが多い髪をおろし、真っ直ぐに丁寧に櫛をとおした。それから、薄く化粧を施し、着物は紺色に紫や青の薔薇柄のものを選び、帯も同系色で合わせた。

 少しでも落ち着いた女性に見えるように、和花なりに努力したつもりだ。


「蒼弥様,和花様行ってらっしゃいませ」


「行ってきます」


「……行って参ります……」


 はつらつとしたカナの見送りを背に、蒼弥と和花は車に乗り込んだ。

 二人を乗せた車は、専属の運転手によって、ゆっくりと走り出す。

 和花は、車窓から流れゆく景色を眺めていた。

 とても気が重い。肩に何か重しが乗っているかのような感覚だった。


(落ち着いて、大丈夫……)


 胸に手を当て、自分に言い聞かせながら、ゆっくり呼吸をする。

 こんなにおどおどしていたら、蒼弥にも恥をかかせてしまう。自信を持って堂々としていなくては。


「和花、大丈夫ですか?」


 和花の固い表情に気付いた蒼弥は顔を覗きんだ。


「はい、なんとか……」


「そんなに心配しなくても大丈夫です。私がそばにいますから」 


「……それは心強いです」


「それに、私が恋人と認めたのは和花だけですから、堂々としていればいいのです。他人の言葉に耳を貸すことないですよ」


「はい、ありがとうございます。蒼弥さん」


 少しだけ肩の力が抜けた気がした。

 今日の目的は、自分の手を治す手立てを知ること。周りの視線に臆さないで本来の目的を果たすことだけを考えよう。賑やかになり始めた街並みを見ながら、和花は自分に言い聞かせるのだった。

 

 

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