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緋色の紅葉 7



 


 夕食は、奈津子、蒼弥、和花の三人でとった。

 奈津子がここで暮らすと決まった時に、蒼弥の采配によって手配された使用人による豪華な食事。

 白いテーブルクロスがかかった机上には、衣が綺麗についたエビフライ、形の良いふわふわのオムレツ、新鮮なサラダなど、洋食が並ぶ。

 なかなか自分で作ることが難しい洋食たちに、和花の気分は上がったが、それは食事の挨拶後すぐにへし折られた。


 理由は、奈津子と蒼弥である。

 いつの間にやら仲を深めた奈津子と蒼弥は、二人で幼い頃の和花についての話が盛り上がっているのだ。

 自分にとって大切な人たちが仲睦まじく話をしているのは、嬉しい。しかし、話の内容は耳を塞ぎたくなるようなものだった。

 全く身に覚えないものから、若干記憶に残っているものなど、和花の小さい頃の話は途切れず、次々と浮かび上がる。


「お母さま、蒼弥さんも……もうやめて……」


 和花の小声は二人の笑い声にかき消される。穴があったらすぐにでも入りたい。

 明るく、話し上手な奈津子と適度な相槌を打ち、聞き上手な蒼弥。テンポの良い会話は、永遠に続いていくような気がした。


「和花?大丈夫ですか?」


「あら、そんなにお腹が空いていたの?」


 一言も話さず、食べ続けている和花に、ふたつの視線が向けられる。和花の気持ちなど分かるはずがない二人は、会話に参加してこない和花を不思議そうな顔で見た。


「お,お腹は……そんなに空いて……い、いや、普通です普通……」


 そっぽを向いてもごもご答える。


「そう?たくさん食べてね。……そういえば昔……」


 和花に気が向いたのはほんのひと時だった。すぐに話題は昔話に戻り、花を咲かせる。


(もう、やめて……)


 恥ずかしさで居た堪れない和花は懸命に食べることだけに意識を向けた。ふわふわオムレツにナイフを入れたとたん、中から湯気と香りが立ちのぼる。湯気のせいか羞恥でかは分からないが、和花の顔は赤らむのだった。




 居ても立っても居られなかった夕食を終え、入浴を済ませた和花は、一人部屋で髪をとかしていた。


 使用人から通されたのは、屋敷の二階の一室。二人で過ごすには、少し広すぎる部屋だった。

 部屋には、大きなベッドと暖炉、木製のおしゃれなテーブルや椅子、鏡台が置かれている。

 畳敷きな和室が主な九条の家と違い、小洒落た洋風の部屋に、そわそわと気持ちが落ち着かない。

 それを誤魔化すかのように、髪をとく手を忙しなく動かした。


(お母さまと蒼弥さんは、すごいわ)


 ふと、そんなことが頭をよぎる。鏡に映る自分は、困ったような戸惑ったような顔。困り眉になっていた。

 今日は一日、感情がめまぐるしく動いた感じがする。

 旅行への不安、奈津子に会えた喜び、蒼弥と出掛けられる嬉しさと緊張、秋桜畑で癒され、先程の夕食時の気恥ずかしさ……一度ばら撒かれると、様々な方面に転がり続け止まらなくなるビー玉のように、和花の心も色々な感情がころころと転がって広がり、押さえ込むのが大変だった。


 だが、今日で分かったことがある。

 その転がり続ける感情を抑え込む必要はないのだと。

 加納家に一年居たせいで、喜怒哀楽どの感情も押さえ込まなくてはならないと錯覚していた。いや、押さえ込まないと罵倒されていたのだから、そうするしかなかった。

 いつの間にかそれが癖づいてしまい、素直に湧き出る感情を必死に抑えようとしている自分がいた。

 自分の中で湧き出る感情は、自分の心の中で落ち着けて解決しなくてはいけないと、どうして一人で頑張ろうとしていたのだろう。

 奈津子も蒼弥もカナも由紀もいつも真っ直ぐに和花に向き合ってくれていた。

 思ったことは善悪関わらず素直に口に出し,褒めてくれたり、正してくれたりしていたのに、感情を曝け出して離れられる不安を拭いきれなかった自分は、逃げた。

 改めて考えると、とても失礼で自分が恥ずかしい。

 自分の気持ちに真っ直ぐで、思ったことをすんなりと口にできる二人を間近で見て、和花は自身がとても情けなく、臆病な性格に愕然とした。


 髪をとく手を止め、鏡の中の自分を見つめる。少し火照り赤くなっている顔は、お風呂上がりだからだろうか。それとも、自分自身に対する怒りからだろうか。


 ――周りの人の話に流されず、和花様が信じたいことだけを信じて、人と関わって欲しい、と私は思っております。


 ――幸せになる為には、待っていては駄目よ。信じ合えるように自分から歩み寄るの。自分の気持ちは自分で言葉にして伝えなくては人には伝わらないのよ。


 カナや奈津子の声がこだまする。

 私が信じたいのは誰なんだろう。

 私はこれから、どう生きたいのだろう。

 そんなことは深く考えなくても、すぐに分かることだった。

 和花は持っていた櫛を置き、胸の前でそっと手を握った。


「……ちゃんと、伝えよう」


 物静かな部屋に、和花の声が響く。

 それは、震えるような頼りない声だったけれど、心の奥では確かに光を放っていた。

 恥ずかしくても、怖くても、自分の気持ちを自分の言葉で伝える。そして、勇気を出して、大切な人と真っ直ぐに向き合っていく――それが、今の自分にできる“最初の一歩”なのだと、ようやく思えた。


 鏡の中の自分をもう一度見つめる。

 先程とは顔つきが違う。

 そこには、ほんの少しだけ、自信を宿した目の自分がいた。

 深呼吸をひとつ。和花はそっと立ち上がった。

 気がつけば、紺色の空には丸い月が浮かび、月光が辺りを静かに照らしている。

 まるで今の和花の心のようだった。

 暗い色をした心中に、月みたいな柔らかい光が差し込んで、そっと辺りを明るくする。

 そんな月の光に誘われるようにして、和花はバルコニーに足を進めた。

 

 


 

 

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