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終章




 

 

「和花、準備できましたか?」


「ただいま参ります――蒼弥さん」


 爽やかな青色の着流しに紺色の羽織を着た蒼弥は玄関先で和花を待っていた。


 思いを伝え合った日から数週間後。

 あれから和花は、あのまま蒼弥の家に住まわせてもらっていた。

 今後どう生活をしようか頭を悩ませていた所、「こんな広い家に一人で住むには勿体無いから是非」とカナも絶賛で即決定した。


 一緒に暮らすのに九条様は堅苦しいと呼び方も直され、お互いの呼び方も自然と恋人らしいものになっていた。

 まぁ、和花が「蒼弥さん」と呼べるようになったのはつい最近のことだけど。恥ずかしすぎて呼び慣れるのにだいぶ苦戦したものだ。


「お待たせ致しました」


 ここに来てから和花は華やかな色の着物を着ることが多くなった。

 前着ていたものはほとんど加納家に置いてきてしまったからと蒼弥がたくさん買い与えてくれたのだ。蒼弥の好みなのか、はたまた自分に似合うからなのかはよく分からないが、黄色や黄緑、桃色など目を引く鮮やかな着物がほとんどだった。


 今日も淡い水色に白や淡紫の百合が上品に豪華にあしらわれている。

 その品の良さが和花にとてもよく似合っていた。


「ふふ、今日も相変わらず綺麗ですね」


 蒼弥の言葉にぽっと頬を赤らめる。彼はこうやって毎度言葉で伝えてくれるから心臓がいくつ合っても足りない。


「あ、ありがとうございます」


 熱を帯びる頬を両手で包み込み照れる和花を見て、蒼弥の口元は一層緩んだ。


「では、行きましょうか」





 手を繋ぎ、帝都の街をゆっくり進む。

 少し前に梅雨が明け、太陽が燦々と帝都を照らしている。

 何気ない会話を楽しみながら、書店や甘味処に立ち寄り、二人きりの時間を目一杯楽しんだ。


「少し寄りたい所があるのですが、良いですか?」


「はい、もちろんです。行きましょう」


 そう言って蒼弥に連れられてやってきたのは、帝都で一番大きいと言われている呉服屋。噂によれば帝のお召し物も仕立てるという老舗の店である。


「……ここですか?」


 外装からして高価そうなのが伝わってくる。和花にとっては未知の場所で一瞬入るのをためらった。


「はい。この店はよく九条家で使っていましてね。さ、行きましょうか」


 強引に手を引かれ店内に入る。

 加納屋も広かったが、その倍以上の広さがある。畳敷きの店内には多くの人が賑わい、所狭しと並べられた着物に目を輝かせていた。


(懐かしい……)


 一ヶ月前までは自分も呉服屋で働いていたはずなのに、遠い昔のような気がする。それ程今の生活が充実しているのだろう。

 蒼弥は慣れているようで広い店内を素通りし、目の前に現れた襖越しに声を掛けた。


「こんにちは。九条です」


「はい、どうぞ」


 落ち着いた女性の声が聞こえると同時に蒼弥は襖に手をかけた。

 中には一人の老女が姿勢良く座っている。


「お待ちしておりました、九条様」


「突然申し訳ありませんでした」


「いえいえとんでもございません。あら初めまして」


 蒼弥の後ろに隠れるように立っていた和花を見ると、老女は目を細めて笑った。


「初めまして。藤崎和花と申します」


「まぁまぁ!可愛らしいお嬢様ですこと」


「例のものを見せて頂いてもよろしいですか?」


「もちろんでございます!少々お待ち下さいね」


 声を弾ませた老女は二人を置いて部屋の奥に消えていった。

 ここで何をするか分からないまま和花は蒼弥の隣に腰を下ろす。


「あの……?ここで一体……」


「あぁ。何も言ってませんでしたね。実は和花に贈り物をしようと思いまして」


「そ、そんな!今までたくさんいただいていますし、今だってお家に……」


「そんなこと気にしないで下さい」


「そ,そう言われましても……!」


「九条様、準備整いましたよ」


 慌てふためく和花を遮るように、奥の部屋から老女の声がかかった。

 蒼弥はゆっくり立ち上がり、和花に手を差し伸べて立ち上がらせる。


「今日渡したいものは、私の気持ちと決意です。さあ行きましょう」




 戸惑いが隠せない和花は引っ張られるように隣室へ移動した。


「気持ちと決意?どういうことです……か……」


 未だ理解できず、ぼそぼそ呟いていた和花は、目の前の光景に口をぽかんと開け、目を見開いて固まった。


 衣桁に掛けられていたのは柔らかな象牙色地に色とりどりの手毬が舞う着物。

 桃、金、空色、翡翠色――繊細な絵筆で描かれた手毬たちが、遊ぶように重なり合っている。


「……素敵」


 そう自然と無意識に言葉が出ていた。手を口元に当て、立ち尽くす和花を見た蒼弥は満足そうに笑った。


「この優しい丸みが和花のようで似合うと思いました」


「私のよう……?」


 和花は背の高い蒼弥を見上げた。彼の優しい瞳に自分が映る。


「はい。和花の優しさは周りの人々を癒します。人を決して傷つけることのない丸い性格もあなたの長所です」


 蒼弥は一呼吸おくと「それから……」と続けた。


「手毬柄の着物には『幸せな日常』『幸せな家族』という意味が込められているそうです。丸い優しい和花とこれから幸せな日々を過ごしていきたい、これが私の決意です」


「蒼弥さん……」


「私の気持ち、受け取って頂けますか?」


 彼の気持ちがじんわりと伝わり、和花の心を震わせた。

 ほかほかと体温が上がっていく。目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 それでも、和花はこの着物のように優しく柔らかく微笑んだ。


「とても……とても素敵な着物です。ありがとうございます。大切にします」


 人目があることも忘れ、和花は蒼弥の大きな胸に自ら飛び込んだ。

 蒼弥は驚きながらも優しく受け止め、抱きしめ返してくれる。


「私のそばにずっといてください。一緒に幸せを描いていきましょう」 


「っはい!」


 ――私の居場所はここにある。温かくて優しい、決して離れたくない場所。

 此処は、彼の隣は私が自分の意思でいると決めた場所。

 もう迷わない。


 和花の心は色とりどりの明るい色で満たされ、この上ない幸せを感じるのだった。

 

 

以上で第一部完結となります!


ここまでお読み頂き、本当にありがとうございました!

幸せな形では終わりましたが、まだふわっとしたところもあり…

少しずつ第二部の投稿もしていきたいと思います♪


評価や感想を頂けると、とても嬉しいです!よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
Xでお見かけして、第一部を一気読みさせていただきました。 健気な和花ちゃんに胸がギュッとなりました。私も和装が好きなので、途中の着物の描写も楽しく読ませてもらいました。あと、個人的には和花ちゃんの1番…
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