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蒲公英と菊 8





 一人、文官長室で書類を漁る。

 整頓されていたはずの机上はいつの間にか大量の紙に覆われていた。


「はぁ……」


 思わずため息が漏れる。

 あの後、部下たちからは質問攻めに合うし、宮廷に戻ってからはすぐに打ち合わせに参加するしで、どっと疲れが出てきた。


 そんなこんなで疲労困憊だが、久しぶりに和花に会えたあの時間だけは幸福感に満ちていたと思う。

 普段とは違う明るい雰囲気。それを守りたいし継続させたいと思うのだから、相当彼女に気が向いているのだと改めて感じた。


(その為にはなんとかしなくては)


 由紀に何となく和花が置かれている状況は聞いている。

 愛のない家族と過ごし、使用人以下の扱いを受けていると。


(どうしてあんな良い方に対して酷い扱いが出来るのか)


 怒りが込み上げ、書類を持つ手に力が入る。ぐしゃりと紙に皺が寄った。

 今までただのお節介で助けたいと思うのか、はたまた好きな人だから救いたいのか、正直分からなかった。

 でも、今日部下たちから色々言われて、彼女に会って確信した。

 自分は和花が好きだ。

 だから辛い環境にいるのであれば助けたいし、彼女には幸せになって欲しい。出来るなら自分のそばで自分が幸せにしたい――


「失礼します」


「はい。どうぞ」


 部屋に入ってきた冴木は蒼弥を視界に捉えるなり、不敵な笑みを浮かべた。


「あーあ。九条さん、そんなに書類をぐしゃぐしゃにしちゃって〜どうしたんですか〜」


「……用件はなんでしょう?」


 解けた口調に呆れ、華麗に交わしながらも用件だけはしっかりと聞く。


「冷たいですねぇ〜せっかく良いものを見つけたんですけど」


「良いもの?」


「これ、見て下さい」


 急に冴木の顔つきが変わる。

 手元には分厚い資料。それを受け取り目を通していく。

 冴木が用意してくれたのは帝都に住む名家や大きな店の経営者の情報が載った資料。

 もちろんその中には九条家も加納家もある。

 和花を助けるにあたり、蒼弥は加納家を徹底的に調べてみることにしたのだ。


 何故冷遇してまで嫌々和花を婚約者として迎えたのか。

 事情が分かれば彼女を救う手立てを考えられると思った。


「……!これは……?」


「可笑しいですよね。加納屋は四年前の冬と昨年からそれぞれ突然売り上げが上がっています。いや、元々老舗ということもありそれなりに繁盛はしていましたよ?それにしてもこれは急すぎやしませんか?しかも気になるのは四年前と昨年、何の前触れもなく急にです」


 二人で資料を覗き込む。

 確かにこれはおかしい。元々高かった売り上げが、四年前の冬に急に三倍になり、そこからは一定だったが、昨年の春にはさらに倍になっている。


(確か和花さんが婚約者として加納屋で仕事をするようになったのは一年前。だから昨年の売り上げ増加は説明がつく。しかしその前は……?)


「そしてもう一つ。こちらをご覧ください」


 冴木はぺらりと頁をめくる。


「……若柳家」


「はい。五年ほど前に地方から出てきた名家ですね。代々地方を治めていた家でしたが、地位を譲り、帝都に来たそうです」


「地位を譲ってまで何故帝都に?」


「分かりません。そして妙なのが、この若柳家が加納屋の売上高騰に関与しているという情報を小耳に挟みました」


「地方から出てきた若柳家が何かしらの理由で加納屋と接触したのか、はたまた加納屋との間に何かがありこちらに出てきたのか……」


「いずれにしろ裏で繋がりがあるのかもしれませんね」


「……なるほど」


(代々地方を治めている若柳家と帝都にある加納屋の店主がどうやって知り合うのだ?)


 互いの家の利益の為に取引したり、繋がったりすることはよくある話だ。

 だが、地方と帝都で離れたところで暮らす二家はどのようにして交わったのだろう。点と点が繋がらない。

 もしかしたらそこに何か解決の糸口があるのかもしれない。


 宮廷には古くからの名家や商家の情報記録も残っているし、蒼弥自身顔もまあまあ広い。文官長の権力を使えば、細部まで調べが付くだろう。


(公私混同してしまっているのか……?)


 一瞬頭をよぎったが、それを振り払った。

 仕事も大切だが、今はそれ以上に彼女をあの環境から救いたい思いが強い。


「私の方でも調べてみますが、冴木さん、調査をお願いしても良いでしょうか?お忙しいと思いますので出来る限りで……」


「何をそんなにかしこまっているんですか九条さん」


 食い気味に話を遮る冴木は自信満々に胸を叩いた。


「九条さんの頼みなら喜んで引き受けますよ。仕事以外のことを頼ってもらえて信用されているんだなぁと鼻高々です」


 にやりとする冴木が頼もしく見えた。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


『自分の近くには頼れる人がいる』

 この事実が蒼弥の心を軽くした。


(和花さんにはそういった存在がいるのだろうか)


 たった今、彼女が悲しく辛い思いをしていないように願いながら蒼弥は書類を読み進めるのだった。

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