第二部 その漆 結婚をしないで、なんて私は馬鹿だったのでしょう。これまで見た中で最も美しかったものは、腕を組んで歩く老夫婦の姿でした。 ハリウッド女優 グレタ・ガルボ ③
「あ、ありがとうございます。すごく美味しいです! このチキン南蛮」
「こっちのスタミナ定食も最高だよ。食べてみる?」
「うん! じゃあ、こっちのチキン南蛮も食べてみて」
お皿を交換こする。
「あらあら、仲が良いわね、お二人さん。新婚さん?」
「あ、はい。結婚してまだ三カ月弱です。お二人は何年目なんですか?」
敏生が興味津々に質問する。
「隊内結婚して早四十年、ってところかな」
「そんなに!? すごいです! 尊敬します」
夕陽が驚いて胸の前で手を合わせる。今の自分たちには想像もつかない年月。
「お二人さんも頑張んなよ? これから色々あると思うけど、人生は長いようであっという間さ。退役した後も、子供たちが独立した後も、人生は続くんだ。この店は、出会った頃からのこいつの夢でね」
「二人でお店やれば、仕事中もずっと一緒に居られるからね。あはは」
照れたようにおかみさんが笑う。
「素敵……」
夫婦には色々な形があるのだと、改めて思い知る。言われてみると、確かにパイロットとして現役でバリバリ飛べる時間は限られている。何事もなければ、人生は翼を休めてからの方が長いだろう。
これまで二人で飛び続けることに、当たり前のように拘ってきたが、今はもう、敏生はパイロットや上官である前に、自分の人生における、かけがえのない伴侶。
夕陽の中では、優先順位はとうの昔に変わっていたものの、それが正しいと二人に背中を押してもらえたようで、とても嬉しかった。
*
「すごくいいお店だったね。大将とおかみさんもすごく素敵で」
「ああ、来てよかった。これから通っちゃいそうだな」
「だね!」
いつものように互いの指を絡めて繋いでいる手に、ふと視線を落とす。
「ね……、敏生の今の夢って何?」
「俺の今の夢? ずっと変わらないよ。夕陽と添い遂げること」
「それって……、夢なの?」
「将来叶えたい目標のことを夢と言うなら、それ以外考えられないよ」
「……嬉しい。ずっと一緒だよ?」
「当然。で、夕陽の夢は?」
「えへへ、一緒。敏生と幸せな家庭を作ること」
少し驚いたような表情を見せる彼。仕事に関することじゃなかったのが、意外だったのだろうか?
「……すごく嬉しいよ」
彼の呟きに胸がいっぱいになり、繋ぐ手を解いて、ぎゅっと彼の腕にしがみつく。途中、駅近くのお気に入りのケーキ屋に寄って、予約のチーズケーキを引き取ると家路に着いた。
家に戻ると、早速、お茶の用意をする。ローテーブルにコーヒーとケーキを並べて、デザートタイム開始だ。
「んん〜、おいひ〜」
あまりの美味しさに、顔を上げて首を振ると、敏生の目尻が下がる。
「ほんといつ食べても美味しいよな、このチーズケーキ」
「うん、幸せ〜」
「かどや食堂のご飯もすごく美味しかったし、大将ご夫妻とも知り合えて、食後のデザートも最高。ほんといい休日だね」
しみじみと話す彼に、こくん、と頷く。
「うん! 幸せって……、こういうことだよね」
「ん?」
「朝起きたら大好きな人が横に居て、一緒にトレーニングして、帰ってきたら一緒に朝ごはん食べて、用事を片付けてからイチャイチャして、その後は一緒にお散歩して、美味しいご飯とデザート食べて一緒に感動して」
またも、胸がいっぱいになる。
「……夕陽?」
ぼろぼろと涙が溢れる。
「ごめん……。これがあたしの幸せなんだな、って思ったら、すごく胸がいっぱいになっちゃって」
彼が労わるようにそっと抱きしめてくれる。
「怖いよ……、敏生。幸せ過ぎて怖いよぉ……」
幸せ過ぎて怖いなんて、生まれて初めての感情に戸惑う。
「大丈夫。大丈夫だから、夕陽」
彼の匂いに包まれるのがとても心地よくて、ようやく落ち着いた。
「ごめんなさい……。色々と昂っちゃって」
「いいんだよ。俺だってたまに、幸せ過ぎてたまらなく不安になるもん。今のこの状況が、全て夢なんじゃないか、って」
「敏生も?」
顔を上げると、彼が微笑んで涙を拭ってくれる。
「うん。だから常にポジティブに考えることにしてるんだ。今が幸せなのは当たり前。だって、そのために毎日を、二人で必死に努力して生きてるんだから、って」
そうだ。この幸せは当たり前じゃない。毎日、頑張っているからこそ、幸せに感じられるんだ。
「やっぱりすごいや、あたしの旦那様は」
結婚してからも、毎日、彼への想いが強くなっていく気がする。それは、彼が夕陽のことに日々、真剣に向き合ってくれているから。だから自分も、彼にもっともっと、色々と与えたくなる。
「大好き敏生。あたしも、いつまでも敏生に好きでいてもらえるよう、もっと頑張るから」
「ありがとう。二人で頑張ろうな。明日はもっともっと、仲良くなれるように」
「うん!」
「はい、じゃあ、あーん」
抱きかかえられながら、スプーンで掬ったチーズケーキを口元に差し出される。
「これ、敏生のじゃん。いいの?」
「いいよ。ほい」
促されるままに、パクッとスプーンを口に含むと、彼が額にキスしてくる。
「夕陽、すごく可愛い」
「えへへ。美味しいです、旦那様」
甘えた声で囁くと、唇を塞がれ、貪られる。
「へへ。夕陽の唇、チーズケーキの甘い味がする」
「もう……、大好き」
食べさせ合いっこをしながら、キスを挟む。
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。
ご感想やブクマなどをいただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします!




