第二部 その陸 夫婦はひとつになれる、つまり、二つに分かれるのではなく、ひとつの全体になれる、私もそう信じている。 オランダ人画家 フィンセント・ファン・ゴッホ ⑤
「元気そうだな、紀美」
「敏生君も。相変わらずかっこいいねー」
いえーい、とグータッチする敏生と紀美。
「えっ? 二人知り合いなの?」
「那覇でちょっとだけ一緒だったよな」
「うん。一緒に配属されて、敏生君は一年経たずにアグレッサーに行っちゃったけど」
「あ、そっか」
言われてみれば。親友と夫が知り合いだとは今の今まで気づかなかった。
「でも、まさかあの夕陽と敏生君が結婚するなんて。みんなびっくりしてるよー」
紀美が嬉しそうに笑う。
「そ、そんなにおかしいかな?」
「うん! だって、夕陽は超男嫌いで有名だったし、敏生君は結婚なんかせずに一生遊びまくる、って宣言してたし、あたしの中でも一番結びつかない二人だよー」
確かに。あの頃はパイロットになるため、とにかく必死で、異性は邪魔な存在でしかなかった。紀美と
「絶対に一緒にパイロットになろうね」と誓い合い、誘ってくる異性の同期たちを視界から徹底的に排除していた。
もっとも、自分に声を掛けてきた同期たちはことごとくエリミネートとなっていたが。生半可な覚悟では務まらないファイターパイロットの世界。ポンと肩に敏生の手が乗る。
「まあでも、出会っちゃったもんな。俺たち」
「だよねー」
二人顔を見合わせて笑う。
「うん! びっくりしたけどすごくお似合いだと思う。二人が夫婦なんて、あたしも嬉しいよー。結婚式は呼んでね」
「もちろんよ! 紀美はあたし側でちゃんとリストの中に入れてるから。あ、でも今は新田原だよね? 来れるかな?」
「大丈夫だよー。まだ先でしょ? ちゃんと調整するから」
「ありがとう! 嬉しい。飛行機代はちゃんと出すからね」
「飛行機代なんていらないよ。色々物入りでしょ、気にしないで」
そんな二人のやり取りを微笑ましく見ていた敏生が、ふと、思い出したように、
「ところで紀美、川越さんとはどうなったんだ?」
と口を挟んできた。その名前にきょとんとする。
「川越さんって……、もしかしてあの群青のファルコン?」
「うん。那覇の時に一緒だったんだけど……」
川越健也三等空佐。TACネームはファルコン。空自の中でも群を抜く、恐らく敏生と比肩するだろう、凄腕パイロットの一人。群青というのは、彼が米国人とのハーフで青色の瞳を持っていることに由来する。
教導群やブルーインパルスの誘いを断り、実戦部隊にこだわり続けている孤高のパイロット。米国の超一流大学を卒業して、何故か空自に入った変わり種でもあった。
「相変わらずだよー。片想い継続中。今は遠距離だし」
寂しそうに笑う紀美。
「そっか……。川越さん、今は市ヶ谷だっけ。ごめんな、嫌なこと聞いて」
「ううん。こっちこそごめんなさい。あんなに応援してもらったのに」
「応援?」
「うん。敏生君、川越さんの気を引こうと、あたしに気があるフリしてくれたの」
裏表無くあっけらかんと話す紀美に、敏生の顔色が変わる。
「…………本当に演技?」
じとっと夫を睨む。
「本当だってば! 頼むから誤解しないで!」
血相を変えて慌てふためく彼。
「冗談よ」
夕陽がクスクスと笑うと、敏生は安堵の表情を浮かべた。
「二人とも感じ変わったねー。すごくいい雰囲気。あ、言ってなかった。結婚おめでとう!」
「ありがとう、紀美」
「ありがとうな」
にっこりと笑う紀美。裏表の無い性格の良さは相変わらずだ。
「あ、あたし行かなくちゃ。隊長に怒られちゃう。じゃあ次は結婚式でね!」
彼女は二人に小さく手を振ると、隊舎の方に走って行った。
「紀美、大丈夫かな……。川越さんって、噂だとすごくモテるんでしょ?」
親友のことが心配になる。
「そりゃあ、ハーフで超イケメンの超高学歴だからモテるけど、すごく一途なんだよ」
「え? 彼女さんが居るの?」
「うん。航空ショーの事故で巻き込まれて亡くなった、航空雑誌記者の婚約者が、ね」
「えっ……」
「紀美のことはもちろん、応援してたけど、俺、本当は川越さんを何とかしてあげたくてさ。あの人のこと、すごく尊敬してたし」
「それは……」
言葉が見つからない。親友の紀美が、まさかそんなにつらい恋をしていたとは。
「でも、夕陽と出会った今では、川越さんの気持ちが痛いほど分かるんだ。本気で人を好きになることがどういうことか。あの頃の、浅はかな俺を殴ってやりたいよ」
「敏生……」
「だから、俺たち二人は何があっても、一緒に生き残り続けなきゃいけないと思ってる」
彼の設定した目標が、今、ようやくストンと腹に落ちた気がする。彼のことを幸せにしたい、彼には幸せになって欲しい、心の底からそう思っている。だが、もし自分に何かがあったとして、その後に、彼が自分じゃない異性と築く幸せな未来を、墓場の陰から笑って見守っていられる自信はない。それは恐らく、彼も一緒。
「ありがとう、敏生。話してくれて」
敏生の手がポンと頭に乗る。
「まあ、話はここら辺にして、今は観閲飛行に集中しよう。せっかくの晴れ舞台だからね」
「うん!」
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