第二部 その肆 結婚を成功させるには、いつまでも同じ人と、何度も恋に落ちることである。 アメリカ女性作家 ミニョン・マクラフリン ⑦
そう、夫婦になると、一緒の部隊に居られないのが自衛隊の不文律。結婚すると、どちらかが異動となるのが掟。
大抵は同じ基地内の異なる部隊への異動となるのだが、海自の戦闘機部隊は「ながと」の他には、長崎・大村基地の「むつ」航空隊戦闘飛行隊しかない。
なので、異動となると、せっかく結婚したのに、厚木と長崎で彼と離れ離れになってしまい、自分が異動となった場合は美鈴とも離れてしまう。
「大丈夫だ。数年前に本省が、転勤や単身赴任は職員や家族の負担が大きいことを理由に大幅な削減方針を打ち出している。ただでさえ、採用活動も難しくなってきているからな」
勝野の力強い言葉。
「だから、基本的には幹部夫婦であっても、別居とならないよう、配慮をするように、とのお達しだ。それに、お前らは二人一緒の方が戦力的にも強いからな。これからパイロットと機体も増やしていく計画だし、当面、異動は無しだ。海幕にもそう報告しておいた」
ホッと胸を撫でおろす。
「良かったですね、夕陽さん」
「うん! みんなとも、まだ一緒にいれるみたいだし」
仲間たちと手を取り合って喜ぶ。
「もっとも、これから先、コンビを組み続けるのは難しくなるかもしれんぞ。神月、じゃなくて門真にもそろそろ配下を持たせないとならんし、トシは防大卒だから、三十を越えたら地上勤務が数年おきに回ってくる。俺も三十越えてから、市ヶ谷に二年、横田に三年勤務した。そこは織り込んでおけ」
「了解です」
敏生がさもありなん、と頷く。最強の戦闘機パイロットでありながら、上級指揮官として歩んでいくことを求められている彼。
ホッとしたのもつかの間。夕陽の胸に、何とも言いようのない切なさが去来した。
*
帰りは、勝野の妻の瑠美がアルファードで迎えに来てくれた。横須賀から駆けつけてくれた子たちを先に駅まで送り届けてから、宿舎に戻る。
「気にしないでいいわよー。飲み会の時はいつもこうだから」
あっけらかんと笑う瑠美だが、さすがに申し訳なく、二人は勝野夫妻に深謝すると、車を降りた。
「瑠美さん、本当にいい人だね」
「だな。頼りになる分、あんまり甘えないようにしないとな」
「そうだね」
車が建物の角を曲がるところで、二人は再度、頭を下げると、階段を上がった。またも飲み過ぎたので、新居に戻るなり、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、回し飲みする。ホッと一息つくと、夕陽は気になっていたことを彼にぶつけることにした。
「……敏生は納得しているの? その……、地上勤務のこと」
「納得?」
敏生はジャケットを脱いでハンガーに掛けると、クローゼットに仕舞った。
「納得も何も、元々そういうもんだ、って分かっているからね。長い間、両親のことも見てきたし」
そう言えば、そうだった。幹部自衛官の夫婦に育てられた彼。数年おきの転勤や別居も、日常茶飯事だったのだろう。でも。
「あたしは……想像できないな。敏生がデスクワークしているところ」
女として彼に惚れ込んでいるのと同じくらい、パイロットとしても、彼に惚れ込んでいるだけに、消化できない。
敏生は微笑むと、夕陽のジャケットも脱がして、クローゼットに仕舞う。
「あ、ありがとう」
「夕陽は、俺の人生で最高の出来事が何か知ってる?」
「え?」
聞かれて戸惑っている夕陽を、彼は後ろから抱きしめた。
「夕陽とこうして夫婦になれたこと」
甘い囁きに、一瞬にして脳が蕩ける。頬ずりが気持ちいい。
「も、もう。……じゃあ、二番目は?」
「二番とかは無くて、人生最大の衝撃は、あの日、夕陽と出会ったこと。そして、人生で一番幸せだったことは、夕陽と恋人同士になれたこと」
ぷっと吹き出す。あまりにも甘すぎて、こそばゆい。
「もー、全部あたしのことじゃない。パイロットになれた、とかは何処に行ったの?」
「確かに、パイロットになったから、夕陽と出会えた。そのことには感謝しているけど、パイロットはあくまでも、俺が人生を歩むための手段だ。大切なことは人生を歩む目的や意味だと思っている」
「あ……」
今更ながらに思い出した。初めて彼と、ACMでぶつかった時のことを。
〝俺はここで守るべきものを見つけた。例えこの命に代えてでも。だからこそ夕陽には手加減なんかしない〟
あの日から、彼は何ひとつぶれてなどいなかったのだ。ただずっと、一点だけを見据えて前に進んでいた。
「俺はただ、夕陽の笑顔を守り続けたい。この先もずっと。だから、パイロットでも地上勤務でも、その与えられた役割に全力を尽くすだけだ」
ボロボロと涙が零れ落ちる。
「……あたしの旦那さま、こんなにかっこよくていいのかなぁ……」
だめだ。ますます好きになっていく。どうしようもないくらいに。
「俺の手をとってくれてありがとう。一生大切にするから」
コクンと頷くと、彼がそっと指で涙を拭ってくれる。その大きな手に導かれて、夕陽は夫と唇を重ねた。
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