第二話 百年兵を養うは、ただ平和を守るためである 連合艦隊司令長官 山本五十六 ③
だがその機会はなかなか巡って来なかった。
出航以来、スケジュール通りに離着艦訓練とスクランブル訓練をひたすら繰り返す日々。もちろん、重要な訓練であることは理解しているので手を抜くことは絶対にないのだが、焦らされれば焦らされるほど、敏生と戦いたいという思いは募る一方。
そんな、待ち焦がれた彼とのACM訓練。そのチャンスが巡って来たのは、初着艦から九日目のことだった。
「これより三日間、エレメント同士での一対一のACMを行う。意図は説明するまでも無いな?」
勝野の言葉に一同頷く。パートナーの技量や癖を把握し、コンビネーションを醸成していくための第一段階。もっとも、夕陽にとっては自分の腕を推し量る絶好の機会だった。
ライトニングを始動させ、キャノピーを下ろすと、夕陽は目の前で発進の指示を待っている編隊長機を睨みつけた。身体の中にじんわりとアドレナリンが滲んでくるのが分かる。
ようやくガイアと戦える。噂の「怪物」と。
やがて吸気ダクトカバーが開き、アフターバーナーが焚かれると、彼の機体はあっという間に「ながと」を発艦していった。
次は夕陽の番だ。甲板員の合図で愛機を前進させると、スタート地点に着く。
発進OKのハンドシグナル。
吸気ダクトカバーを開いてリフトファンを起動させると、3ベアリング回転ノズルがキュッと斜め下を向く。短距離離陸モード、発進準備よし。サムアップで準備完了を報せ、敬礼すると、甲板員が答礼し、その場で身体を深く沈めて艦首の先を指差した。
GO!!
フルスロットル。アフターバーナーを点火し、一気に加速すると夕陽のライトニングが勢いよく「ながと」を飛び出した。
ハイレートクライム―――
巨艦の「ながと」があっという間に水面に浮かぶ木の葉と化す。一気に高度一万五千フィートまで駆け上がると、一足先に上空で待機していた敏生と合流した。
〝さて、始めるか。一旦ブレイクした後、交差後に戦闘開始。オフボアサイトからのロックオンは無効。三本勝負だ。何かある?〟
編隊長として、ブリーフィングでの打ち合わせ内容を淡々とおさらいする彼。
オフボアサイトとはボア(銃口)サイト(照準)から大きく逸れた位置から敵機を狙うこと。
従来機の照準はヘッドアップディスプレイ等で前方に固定されていたため、ロックオンするには敵機の背後に回り込む必要があった。
その様子が尻尾を取り合う犬同士の喧嘩に似ている事から、戦闘機同士の格闘戦は〝ドッグファイト〟と呼ばれるのだが、ライトニングはヘッドマウントディスプレイシステムと超高運動性能を持つミサイルの搭載により、必ずしも敵機の背後に回り込む必要が無くなった。
照準が投影されるのはヘルメットのバイザー。すなわち、パイロットが顔を向ければ、敵機が横にいようが後ろにいようが攻撃が可能であり、このオフボアサイト能力こそがライトニング最大の強みでもある。
もっともこれだとまぐれで勝つ可能性もあることから、彼我の実力を正確に測ることが出来ないのでは? そう考えた夕陽が、「オフボアサイト無効」を提案したのだった。
「負けないわよ」
宣戦布告。インカム越しに聞こえてくる笑い声。苦笑といったところか。
〝よし、イデア! ブレイク!〟
「ラジャー」
左右に散開して編隊を解く。
向こうは防衛大学校卒で階級は一つ上、年齢は二つ上。教育課程では一度も被ったことは無いが、戦闘機パイロットとしては同期だ。いかな天才とは言え、こっちも千歳で頭角を現した身。彼我に絶望的な差など無いはず。前方を見据える。
来る!
視認した次の瞬間、音速で交差する彼我の機体。ドッグファイト開始だ。
ガイアは!?
振り向いて後方を確認すると、案の定すかさず高度を取っている。
ハイGヨーヨーね!?
高度を上げることで速度を落として相手の後ろを取り、降下により一気に加速して敵機を突く空戦技。
空戦の基本は高度を取ることで位置エネルギーを蓄え、降下時に運動エネルギー、則ち速度に変換して攻撃や回避で相手に対し優位に立つことだ。
それなら!
夕陽はロールを打ち背面飛行に姿勢を変えると、一気に降下ターンで速度を上げて方向転換を図る。スプリットSと呼ばれる技。気絶したら海に激突して一巻の終わり、加速度計のマイナスGを凝視する。
水平飛行に戻すと、今度は降下で得られた速度を利用して一気に高度を取り戻し、方向転換を図る。シャンデル。高G機動の連続に全身の血管が悲鳴を上げる。
ガイア! ガイアは!?
必死に探すも視認できない。
……まさか。
背筋が凍る。
な……んで、何でいるのよ!?
背後に迫ってくる黒い影。相手の裏をかき、奇襲を仕掛けるはずだったのに―――
何なのよ、コイツ!
咄嗟にバレルロールをかけて減速し、相手にオーバーシュートさせようとするも、振り切れない。ガイアもまた、さらなる高G機動で巧みにオーバーシュートを防いでいるのだ。
くっ……
手詰まりだった。コクピット内に無情に響き渡る、ロックオンされたことを知らせる電子音。
〝FOX 3. Lock-on, you were killed〟
(フォックス・スリー。ロックオン、君は撃墜された)
ガイアからの淡々とした撃墜宣告。
負けた……なすすべもなく、いとも簡単に。
〝次。二本目行くぞ、イデア〟
〝ラ、ラジャー〟
高G機動の連続で上がった息を整える間もなく、二本目が始まる。実戦では敵はこちらの都合など慮ってはくれない。もちろん、女であることも。
夕陽は挫けそうな気持ちに鞭を打つと、再び前方を見据えた。
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