第一話 指揮官はまず楽観的であることが重要である アメリカ合衆国第三十四代大統領 ドワイト・D・アイゼンハワー ④
ながと戦闘飛行隊の始動から三日が経った。
隊員達も新しい職場の雰囲気に慣れてきたのか、四日後の、「ながと」への初着艦に向け、にわかに活気づいてきた。
だが、当の夕陽はいまだしっくり来ることは無く、いよいよ気分が落ち込み始めた。歴戦の猛者である勝野から声がかかった時はすごく嬉しかったのに、このままでは確実にエリミネートだ。千歳のベストガイとして、みっともない出戻りだけは避けたい、という焦燥感が負のスパイラルに拍車をかける。
「でさ、そこの店、夜景もすごく綺麗なんだ。次の土曜日行かない? もちろん俺の奢り」
暗い気持ちで昼食のお惣菜を口に運んでいると、能天気な声で話しかけられる。例の門真二尉だ。
ってか、何で当たり前のようにあたしの前に座っているんだ? こいつは。
「航海前日だけどさ。やっぱここは編隊を組む者同士、親睦を深めるってことで。どう?」
その言葉にピクッと反応する。そう、よりによって二機編隊長である彼の僚機にされてしまった。それは昨日の午後のこと―――
「なんであたしがあいつ……かっ、門真二尉のウィングマンなんですか!?」
ディブリーフィングで発表された隊内編成に耳を疑い、解散後、理由を問い質すべく隊長の勝野の後を追ったのだが。
「何だ、他に組みたい奴でもいるのか?」
「そういう訳では……」
「今回の編成は俺の一存だ。何か不満でも? 神月三尉」
静かに凄まれ、押し黙る。尊敬する勝野の編成であればこれ以上文句は言えない。
「当時、まだ新人だったあいつを教導群に引っ張り上げたのも、そしてここに引きずってきたのも全て俺だ。あいつのことは俺が一番良く分かっている。今回の編成は君のことも考えてのことだ。悪くない話だと思うが」
確かに彼はこと、戦闘機で翔ることに関しては誰もが一目置く天才パイロット。
その噂は小松から遠く離れた北海道の千歳基地にも及んでいて、現に同じく転換三日目のライトニングを既に苦もなく乗りこなしているように見えた。前所属が実戦部隊への巡回戦闘指導を実施する飛行教導群だけあって、コーチングにも長けているに違いない。そういう意味ではこの状況をありがたいと捉えなければならないのだが。
勝野に諭され渋々頷いたものの、やはり釈然としない。こんなチャランポランに見える男の、どこがそんなに凄いというのか?
口説き文句を無視して黙々とご飯を口に運んでいると、彼が覗き込んできた。
「夕陽ってすごく真面目だよね。子供の頃からずっと学級委員長とかやってきたタイプ」
「……何が言いたいの?」
ムッとして睨み付けるも、さして気にする様子もなく、頬杖をつき微笑みかけてくる彼。
「いや、すごく可愛くて新鮮だな、って」
「なっ」
こいつ、絶対にあたしのこと馬鹿にしている! 内心憤るも、今の自分には胸を張れることが何もないことを思い出し、項垂れる。
〝君のことも考えてのことだ。悪くない話だと思うが〟
脳裏を過る勝野の言葉。
「あの……」
夕陽は視線を落としたまま、口を開いた。
「ん? なになに?」
ようやく夕陽にかまってもらえたのが嬉しいのか、ぐいっと身を乗り出してくる彼。
「門真二尉はその……以前にライトニングに乗られたことはあるんですか?」
「だーかーら、俺のことは敏生でいいって。あと敬語禁止。これ、上官命令ね」
「じゃ、もういいです」
話を打ち切ると、彼は溜め息をついて椅子の背にもたれかかった。
「なんだよ? なんでそんなこと聞くの?」
「だって……、もう自在に乗りこなされているように見えるので……」
「そう? これでも苦労してるんだぜ、初めての彼女のスポット探し」
「は?」
彼は再び身を乗り出すと、妖しく笑う。
「ほら、彼氏としては雷子ちゃんにちゃんと気持ちよくなってもらわなくちゃならないからさ。力づくだと嫌われるし、彼女の悦ぶポイントを優しく探ってあげるわけ」
「……何の話ですか?」
「もちろん、ヒコーキの話だよ」
彼はお茶を啜ると、扇情的な目で夕陽を見つめた。
「彼女の悦びが俺の悦び。そうすれば彼女も俺を愉しませようとしてくれる。そして二人はいつしかひとつになるのさ。そんとき、初めて最高のエクスタシーが得られるんだ」
夕陽は情熱的に語る彼をポカンと見つめていたが、我に返ると、バンッと乱暴に箸を置いた。
「意味わかんない! 聞いたあたしがバカでした!」
スクッと勢いよく席を立つと、ズカズカとその場を立ち去った。
何なのよ、あいつ!? ちょっと腕が立つからって人のこと馬鹿にして!
この先も彼とコンビを組まなければならないのかと思うと憂鬱になる。
いや……、そもそもここに残れるかどうかだった。
航空学生時代以来、初めて味わう挫折に夕陽はどう対処したら良いかも分からず、パニック寸前だった。
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