第八話 可能なら実行する。不可能でも断行する。 フランス陸軍軍人 マルセル・ビジャール ②
課業を終えて帰宅の途につく足取りが、いつもより重いのは気のせいではない。今日の訓練はとてもハードだった。
「疲れたな……」
部屋に入ると、夕陽はふうっ、とため息をつき、ベッドに腰を下ろした。目を瞑ると、肩を手で軽く揉みながら首を回す。
敏生、何してるかな。
疲れているにも関わらず、思い浮かべてしまうのは、ついさっきまで職場で一緒だった上官の顔。
もう会いたくて、声が聞きたくてたまらない。ベッドに寝転がると、スマホのコミュニケーションアプリを開く。
どうしよう、何て入れよう。
あのクリスマス・イブの夜に、もし彼とそういうことになっていたら、今ごろは話をする理由なんてわざわざ探す必要もなかったのかもしれない。うーん、と唸りながら画面と睨めっこだ。図らずも定着してしまった帰宅後のルーチン。
悩む前に、晩御飯作ってしっかり食べなくちゃね……。
はぁっ、と再びため息をついて起き上がろうとしたとき、ピロン、と電子音が鳴った。
「えっ?」
敏生だった。やばい。多分、即既読ついちゃった……。
『ご飯食べた? まだなら一緒に食べに行かない?』
願ってもない彼からのお誘い。ガバッと起き上がり、ベッドに正座する。
『行くー!』
速攻で返信し、かわいいスタンプを添える。
『じゃあ、焼肉でいいかな? 駅前の牛士郎』
『わーい、やったー! 焼肉ー!』
『先に入っておくから、ゆっくりおいで』
『わかりました、編隊長殿!』
敬礼スタンプを添えて返信すると、急いで身支度をする。ゆっくりなんてしていられない。すぐにでも彼に会いたい。お洒落着を引き出そうとして、思い止まる。彼がわざわざ「焼肉」と言ってくれているのに、これでは痛い女だ。少し思案したのち、デニムのタイトパンツと、パーカーの組み合わせを身に着ける。これにワンポイントで余所行きのパンプスを履いておけばよいだろう。
問題は平日の課業後なので、化粧をしていないこと。うーんと考え、やはり少しでも化粧はしていくことにする。そもそも、課業時はスッピンなので、今更ではあったが、プライベートでは少しの隙も見せたくない。何より、牛士郎はどちらかというとお洒落な、全席半個室のお店。課業中より見つめられることは多いはずだ。
もはや、特技となった感のある早化粧を施すと、ミニバッグを斜め掛けして家を出た。
*
お店に入ると、金曜の夜ということもあり、店内は混んでいた。辺りを見回し、敏生が座るテーブルを見つけると、足早に駆け寄った。
「お待たせー」
「お、早かったね。飲み物何にする?」
「あ、じゃあ、明日は準待機だからウーロン茶で。敏生はそれ、アセロラ?」
「ああ、いつものね」
お互い戦闘機パイロット、翌日が完全な休日でない限りアルコールは入れられない。
「ありがとう、誘ってくれて。今日、ご飯作るの億劫だったから」
「実は俺も。今日はさすがに疲れたよな」
今日の訓練は自衛隊の戦闘機部隊としてはかなり珍しいもので、ホットローディングと、ADGR(Aviation-Delivered Ground Refueling)と呼ばれる、ここ数年で米海兵隊が提唱し始めた、二つの作戦行動の訓練だった。
ホットローディングとは、帰投した際に、エンジンを切らず、再武装して再出撃すること。そしてADGRとは母艦を撃沈されたり、基地が爆撃で壊滅した場合に、ライトニングの特性を生かして不整地に着陸し、そこで補給を受けて再出撃をすること。
実戦に即した訓練内容であり、いつも以上の緊張を強いられ、また、ACM訓練を挟みながら、南鳥島と硫黄島を経由しての往復はさすがに身体に堪えた。
「ということで沢山食べようぜ。この盛り合わせ、いっとこうか」
「うん! あと、やみつきキャベツ盛り!」
彼との晩御飯にテンションが上がる。
「こちらこそありがとうね、晩飯付き合ってくれて」
「ううん、あたしも……」
嬉しい、と言いかけて止める。油断していると彼への気持ちが直ぐに溢れてしまう。クリスマスだけでなく、お正月も彼に空振りさせてしまったというのに。
イブのリベンジとばかりに挑んだせっかくの初詣デートだったが、女の子の日の発動により、またしても敢え無く撃沈となった。
それでも敏生は優しい。何事もなかったかのように振舞ってくれる。もう、彼に好きだと告白してしまえたら、どんなに楽だろう。
彼との食事はとても楽しくて幸せで、あっという間に時間が過ぎていく。
食事が落ち着いたところで、彼がお手洗いに立つと、夕陽はふうっ、と息をついた。彼がいなくなった瞬間に溜まった疲れを思い出す。
眼精疲労に肩凝り。課業後に隊舎でシャワーは浴びてきたが、帰ったらお風呂にゆっくり浸かって身体を休めよう、と自分で軽く肩を揉んでいると、背後から両肩に手が掛かった。
「とっ、敏生?」
「すげー硬いな。だいぶ凝ってるね」
そう言いながら、彼が肩を揉んでくれる。
「晩飯も済んだし、この後、夕陽んちでマッサージしてあげようか?」
「えっ?」
「いや、変な意味じゃなくてさ。俺、マッサージ結構上手いんだぜ?」
「あ、で、でも……」
戸惑うも、会計を済ませてお店を出ると、結局、そのままの流れであっさりと彼を部屋に上げてしまった。心臓がバクバクする。
彼がこの部屋に来るのはインフルエンザの時以来。これはもう、何が起こっても文句も言えないシチュエーション。いや、逆にどこか期待している自分がいた。
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