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第七話 じっとこらえてゆくのが男の修行である。  再び、連合艦隊司令長官 山本五十六 ③

 ぼんやりとした視界がゆっくりと焦点を結び始めると、敏生が心配そうに覗き込んでいた。窓からは西日が差し込んでいる。


「敏生……」


 彼がそばに居てくれているにもかかわらず、ひどく寂しい気持ちが込み上げてくる。


「大丈夫か? うなされていたけど……」


 顔に手を当てると、頬が濡れている。どうやら泣いていたらしい。


「たぶん……、夢を見ていたの」

「うん?」

「昔の夢」


 夕陽はゆっくりとベッドの上に起き上がった。薬が効いたのか、熱はだいぶ下がっている感じだ。


「敏生、前にあたしに聞いたことあったよね。何で戦闘機パイロットになったのか」

「ああ、初航海のときだっけ?」


 コクリと頷く。


「あのとき、敏生のパイロットになった理由がすごくカッコ良かったから……あたし、恥ずかしくて何も言えなかった」


 敏生はすっとマスクを外すとベッドに腰掛け、見守るように夕陽を見つめた。


「あたしね……逃げたの。親から」


 俯きながら話し始めると、彼の手の甲が夕陽の頬を優しく撫でた。


「いいんだよ? 辛かったら無理するな」

「ううん、聞いて欲しいの。敏生に」


 夕陽はゆっくりと首を振ると、敏生の手を取りそっと両手で包んだ。


「……あたしの両親、中学校の教師なんだけど、いわゆる反戦教師と呼ばれる人たちで、大の自衛隊嫌いで。だからあたし、航空学生になった瞬間に勘当されたの」


 夕陽の両親は君が代斉唱でも起立をしない、筋金入りの某教職員組合員だった。厳格な教育方針で、漫画やゲームはおろかテレビすら碌に見せてもらえず、習い事の体操クラブとバレエがある日以外は門限も五時と決められていた。


 そんな両親への反発が芽生え始めたのは中学時代のこと。仲のよかった子の親が自衛官だと知った両親が、烈火の如く怒って夕陽に友達付き合いをやめるように迫り、あろうことか仲間の教師たちと結託してその子の内申点を低く付け、夕陽と一緒の高校に行けないように仕向けたのだ。


 夕陽がその事を知ったのは高校に進学してからだった。その子は気にしないでと言ってくれたが、夕陽はあまりのショックにしばらくの間学校に行けず、両親への反発から自衛隊に興味を持ち色々と調べるようになった。


 パイロットになろうと決めたのは高校二年生の秋。こっそりと訪れた福岡・築城(ついき)基地の航空祭で、ダイナミックなF15Jイーグル戦闘機の展示飛行を見た夕陽は一瞬にして心を奪われた。


 天空に向かって一直線に駆け上がる荒鷲。


 あの時、抱いたときめきは自由への渇望だったのかもしれない。


 幸いにも航空学生の試験は同じ山口県内の防府北基地だったので、受験自体は両親にばれずに済んだ。

 

 生来、運動神経は抜群、勉強も進学校でトップクラスの夕陽は見事合格を果たしたのだが、いつまでも隠し通せるものでもない。案の定、親ばれと共に修羅場が待っていて、夕陽は家を飛び出した。


 アルバイトはしていたとはいえ、これまで親の庇護の下で育ってきた右も左も分からぬ女子高生。行く当てなどあるはずがない。そんな彼女を救ってくれたのは、夕陽の両親が嫌がらせをした、あの中学時代の親友とその家族だった。


 自衛官夫妻は嫌な顔一つせず、夕陽が航空学生入隊まで官舎に住まわせてくれたばかりか、高校の授業料も肩代わりしてくれた。


 一度、その自衛官夫妻に和解を諭され、付き添われて両親に会いにいったのだが、両親は自衛官夫妻にお礼の言葉を述べるどころか自衛隊を罵倒した挙句、未成年者略取で警察に訴えるとまで言い放ち、夕陽は悔しさと情けなさ、そして申しわけなさで三日三晩枕を濡らした。


 あれ以来、両親には一度も会っていない。


「あたしの夕陽って名前もね、日の丸を降ろすことを願って付けられた名前なんだ」

「……ご両親が夕陽にそう言ったの?」


 首を横に振る。


「でも分かるわ。あの人たちの言動を見ていたら……」


 ポンと頭に彼の手が乗る。


「辛かったな、夕陽」


 それ以上は何も言わない。ただ、労わるように頭を撫でてくれる。その手のやさしさに涙腺が緩む。何故、彼の前だといつも涙を堪えることが出来ないのだろう。


 女の涙だけは絶対に武器にするまいと必死に歯を食いしばってきたはずなのに、出会いたての頃から彼だけには幾度となく、みっともないところを見せてしまっている。


 多分、いやきっと、これが恋なんだろう。


 すんと鼻を啜ると、天井を見上げ心を落ち着かせた。その様子に、敏生はほっとした表情でベッドから立ち上がると、夕陽の頭をポンポンと叩いた。


「腹、減らないか? お粥作ったんだ」

「え? 敏生が作ってくれたの?」

「まあね。夕陽の料理の腕前には到底及ばないけど」

「……ありがとう、食べる」

「よっしゃ。今あっためてやるから」


 鼻唄まじりに用意を始める敏生。その大きな背中をぼうっと眺める。寝起きの物悲しさは何処へやら、彼が傍にいてくれるだけで満たされる安心感。


「ほい、出来ました」

「すごい……あんかけつゆって、本格的」

「へへー、うちのお袋秘伝の味だぜ。起き上がれるか?」

「ん……」


 背中を支えられ上体を起こす。


「じゃあ、ほい。あーん」

「あ、じ、自分で食べられるから」

「いいから、あーん」

「は、はい……」


 真っ赤になりながら恐る恐る口を開く。


 これって……どう見ても恋人同士じゃん! ええい、とパクつくと、口の中にお粥とは思えない濃厚な味わいが広がった。


「……おいしい。敏生、おいしいよ!」

「マジで? やったぁ」


 嬉しそうに笑う彼。その表情に胸がキュッと締めつけられる。


「これさ、お袋が昔、近所に住んでた仲の良かった中国人のおばさんに教えて貰ったんだって。そのあんの中にピータンを刻んだのが入っててさ。あ、ピータンは日本産だから」


 笑顔で得意げに語る敏生に胸が高鳴る。


 やっぱりあたし……敏生のことが好き……、大好き……。


 胸が詰まり、ぽろぽろと涙が溢れ始めると夕陽は子供のように両手の甲で目を塞いだ。

いつもお読みいただき、ありがとうございます♪

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