第七話 じっとこらえてゆくのが男の修行である。 再び、連合艦隊司令長官 山本五十六 ②
リムパックから帰還して数カ月が経った。高みを目指し、ただひたすらに自分を痛めつけてきた日々。だから、さすがに無理がたたったのかもしれない。
その日の朝、夕陽はベッドを起き上がろうとしてふらつくと、そのまま枕にボスッと顔を埋める羽目になった。
這うようにして体温計を探し出し、脇に挟む。
三十九度二分。
我が目を疑うも、起き上がれない身体が何よりの証拠だ。枕元の携帯に手を伸ばし、朝トレーニングのキャンセルと本日の病欠を伝えるため、敏生の番号を押す。
早朝にも関わらず、彼はワンコールで電話に出た。状況を伝えると、心配そうな敏生から二三、質問をされたが、朦朧とする意識で答えると電話を切った。
やばい……インフルエンザかな? だったら病院行って薬貰わなきゃ……。
だが、起き上がろうにも身体が言うことを利かず、夕陽はそのまま意識を手放した。
どれくらい眠っただろうか?
夕陽!! 夕陽ッ……!!
ああ、なんかあたしを呼ぶ声がする……。
ドンドンって、そんなに力一杯叩いたらドア壊れちゃうよ、敏生……。敏生!?
夕陽は必死にベッドを這い出すと、ふらつきながらやっとの思いでドアを開けた。
「夕陽!! 大丈夫か!?」
敏生の顔を見た瞬間、ふらっと倒れそうになり、彼に抱きとめられた。
「凄い熱だな。インフルかもしれないから病院行こう」
彼に横抱きにされ、一旦、ベッドに寝かされる。
「保険証と診察券はどこ?」
「そこ……テレビの横の財布の中……」
「おっけー。悪いな、開けるよ」
彼は夕陽の保険証と診察券を取り出すと、夕陽の身の回りの準備を始めた。枕元の時計を見ると、まだ始業前だった。
「としき……、しごとは……?」
「隊長に休みもらった。夕陽を病院に連れていくって言ったら一日休んでいいって。どのみち今日はウィングマンがいないと訓練にならないし」
「ごめんね……」
「気にするな。頑張りすぎなんだよ、夕陽は。少しは休まないと」
彼はテキパキと準備を終えると、夕陽を抱え起こして、パジャマの上からセーターを着せてくれた。
「や……」
「ん?」
「あんまり近づかないで……汗くさいから……」
「そんなことないさ。いつもの夕陽の匂いだよ。心地良くて安心する」
敏生にぎゅっと抱き締められる。まるで恋人のような扱いに益々熱が上がりそうだ。
「さ、行こう病院。予約入れといたから。寒くないか? 車、裏のパーキングに停めてあるから少し辛抱して」
「だ、大丈夫……」
再び敏生にひょいと横抱きにされ、夕陽は赤く火照った顔を見られないよう彼の胸にそっと顔を埋める。
敏生が連れて来てくれたのは県道沿いにある周辺で一番大きな病院だった。順番を待っている間も、彼は夕陽が寒くないようにずっと肩を抱いてくれていて、動悸が止まらない。
「優しい旦那さんですね」と看護師から言われてしまっては、この熱が果たして本当に病気から来ているものかすら分からなくなってくる。
もっとも診察の結果は案の定インフルエンザで、夕陽は一日で熱が下がるという吸入薬を処方してもらった。敏生が隊に確認の電話を入れたが、熱が下がってからも三日間は出勤禁止とのことで、大人しく寝ているしかない。
家に戻り、説明書通りに吸入薬を吸引してベッドに潜る。
「疲れたろう、少し寝とけ」
夕陽のたっての願いで、彼は大きめのマスクを着用していたが、出会ったあの日からずっと変わらない優しい眼差しは認めることができた。
敏生、もう帰っちゃうのかな? いやだな、そばにいて欲しい。
思い余ってつい、彼の袖を掴んでしまった。
「夕陽?」
「……帰るの?」
そう無意識に口走ってしまい、咄嗟に我に返る。
ばか! なに言っているのよ、あたし!? 敏生に風邪移っちゃうじゃない!
だが、彼は柔らかく微笑むと、夕陽の頭を撫でてくれた。
「大丈夫、ずっとそばにいるから」
いけないと思いつつも彼の言葉に安堵してしまう。彼の手の温もりの心地よさを感じながら、やがて夕陽は眠りについた。
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