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第一話 指揮官はまず楽観的であることが重要である   アメリカ合衆国第三十四代大統領 ドワイト・D・アイゼンハワー ③

 勝野の宣言通り、訓練は初日からハードだった。


 部隊創設前に米海軍への短期留学で機種転換を済ませた隊長の勝野と副隊長の水島、そして二人の四機編隊長の指導による促成栽培。二年間に渡って慣れ親しんだF15Jイーグル戦闘機から最新鋭機・F35BライトニングⅡへの機種転換。


 赴任前に米海兵隊岩国基地でフライトシュミレーターによる事前集中訓練を受けてはいたが、実際に乗ってみるのとはやはりわけが違う。

 アビオニクスはセンサー融合によりタッチパネル式の大型ディスプレイに全ての情報が表示され、また、ヘッドマウントディスプレイの採用により、照準や飛行状況など重要な情報がヘルメットのバイザーに投影されるため、イーグルに比べて飛行中の機器操作の負担はかなり軽減された。

 だが、実際の操縦については短距離離陸、垂直着陸、そして空中静止と、何から何まで勝手が違う。ヘリコプターかこれは? と思わずツッコミを入れたくなる代物だった。「ながと」への初着艦を一週間後に控え、気持ちばかりが焦ってしまう。


「いかがでしたか? 機体の調子は」


 笑顔を浮かべて機体の下で待ち受けていたのは機付長の谷口美鈴(たにぐちみすず)海士長だった。年齢は夕陽の五つ下。勝野や水島、門真たちと同じく小松・飛行教導群の整備隊から引き抜かれた、若手ながらに抜群の腕前を持っていると評判の整備員だ。


 フライトの度に搭乗する機体が変わる航空自衛隊と異なり、ながと戦闘飛行隊では機体とパイロットが今のところ同数しか確保出来ていないため、愛機が固定されることになっている。

 ゆえに機付長である彼女との信頼関係の構築が非常に重要となってくるのだが。


「あ、うん……。まだ機体の特徴が良く分からなくって……、ごめんね」


 気づき事項はおろか、良し悪しすら申し送りできない。周りではフライトを終えたパイロットたちが機付長を捕まえて次々と要望事項を伝えているというのに。


「いえ! 憧れの神月三尉とこうして一緒にお仕事が出来るなんて本当に嬉しいです。一生懸命頑張りますので、何かあったら直ぐに仰って下さいね」


 美鈴はアイドルのような可愛らしい笑顔を傾げてみせると、早速、機体の整備に取り掛かった。その様子に頼もしさを感じる一方、的確な指示を彼女に与えることが出来なかった自分に対する苛立ちが沸々と湧いてくる。


「たいしたことねえなあ、千歳のベストガイも」


 突然、背後から浴びせられた冷水のような言葉。振り向いた先には冷ややかな視線。

 刑部太一(おさべたいち)一等海尉。TACネームは確かアッシュ。戦闘機パイロットたちがその腕を競い合う昨年の航空総隊戦技競技会で、小松基地第三〇六飛行隊を優勝に導き、「G空域の悪夢」と呼ばれた若手エースの一人。一方、あの門真の防大時代以来の悪友で、同じく女癖が悪いという噂もある。 

 クールな風貌とニヒルな性格で、既婚者ながら女性隊員からの人気も高かった。


「あれじゃ美鈴が可哀想だろ。幹部自衛官としてやるべきことはちゃんとやれよ」

「言われなくても……分かっています」


 噂からは想像のつかない、上官としての至極真っ当な指摘に言葉が詰まる。 


「何で勝野のオッサンはこんな奴を選んだんだ」

 吐き捨てるような刑部の言葉が胸に突き刺さる。悔しいが今は何も言い返せない。


「こらー! またそうやって無闇に突っかかる!」


 美鈴だった。腰に手を当て、頬を膨らませて刑部を睨んでいる。


「言っときますけど、あたしの為とかやめて下さいね。神月三尉はあたしの憧れなんですから!」

「フン。お前ももう少しまともな奴に憧れたらどうだ」

 捨て台詞を残して踵を返す刑部の背中を、ただ唇を噛み締め見送る。


「全くもう、憎まれ口ばっかり叩くんだから……。ごめんなさい。刑部一尉、悪い人じゃないんですけど」

「ううん、言われて当然よ」

 夕陽は自嘲気味に笑みを浮かべると、首を振った。


「そんなことありません! まだ初日です!」

 そう、まだ初日。そのたった一日で他のメンバーとの差を嫌というほど思い知らされた。


「仲、良いのね?」

「え? ああ、刑部一尉と門真二尉には小松の時から可愛がってもらっていて、あたしにとってはお兄ちゃんのような存在なんです」

 あっけらかんと笑いながら説明してくれる美鈴。

「あ、でも特に何にも無いですよ? 刑部一尉は美人で身重の奥様がいらっしゃいますし、門真二尉は隊内の子は面倒くさいから絶対に手を出さない、ってポリシーですから」


 その説明内容に一部引っ掛かる。隊内は面倒くさいって……、じゃあ朝のアレは一体何だったの?


「それから、あたしのことは美鈴って呼んでください。あたし、神月三尉と仲良くなりたいんです!」

「こちらこそよろしくね、美鈴ちゃん。あたしのことも夕陽でいいよ」

「本当ですか!? やった! あたし、夕陽さんのこと全身全霊でサポートしますからね!」

素直でいい子だ。自分を慕ってくれる彼女のためにも結果を残したい。


 明日こそは必ず……。夕陽はぎゅっと拳を握り締めると、エプロンを後にした。

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