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第五話 僚機を失ったものは、戦術的に敗北している   ドイツ国防軍空軍撃墜王 エーリッヒ・アルフレート・ハルトマン ③

 派遣艦隊司令と米海軍代表者による鏡開きでレセプションが始まり、ながとの艦内は各国海軍関係者であふれ返っていた。来場者たちは日本の夏祭り風にアレンジされた会場に興味津々といった様子で、彼方此方に交流の輪ができ、クルー達もお得意のおもてなしに忙しく駆け回っている。


 そして結局、誰をどう説得したのか、ちゃっかりと夕陽の横で来場者たちに愛嬌を振りまいている敏生。もっとも、この手の接客対応が苦手な夕陽にとっては、彼が居てくれてとても助かっているのだが。


 そんな中、夕陽の前にすっと現れたのは、米海軍ではなく、米空軍の制服に身を包んだ金髪の美女。同伴者の姿はなく、どうやら一人のようだ。


「はい、どうぞ。こちらはヨーヨーフィッシングです」


 夕陽が釣り紙を渡すと、その女性は傍らの敏生のことを覗き込んだ。


「……トシ?」


 声を掛けられた敏生が、振り向く。


「あれ? ……エイミー?」


 金髪美女の顔が一瞬にしてパッと輝く。


「やっぱりトシだ! 久しぶりね!」

「エイミー! 久しぶりだね! 空軍の君がどうしてここに?」


 どういった知り合いなのだろうか? この国の習慣とはいえ、金髪美女とハグで再会を喜ぶ敏生の表情に何故か胸がチクリと痛み、軽く抑える。


「今はヒッカムにいるのよ。F22でリムパックにも参加するわ。あたし、たまに日本のカデナにも行っているのよ?」

「本当に? 俺は残念ながら今はナハにはいないんだ。コマツに異動してそのあとは海自に移籍したんだ。今はアツギにいる。でもすごいね、君は世界最強のラプターに乗っているんだ? 相変わらず頑張っているんだね」

「あなたも順調みたいね。噂は聞いているわ。今や日本空軍のトップパイロットだって」

「ハハ。誰が言っているんだい、そんなこと。クリスかい? あいつ今、三沢の35th Fighter Wingにいるから。偶に会うよ」

「当たり。こんなところで会えてうれしいわ、トシ」


 敏生は彼女をそっと離すと、今度は夕陽の肩を軽く抱き寄せた。


「紹介するよ。こちらはユウヒ・コウヅキ海軍少尉。俺の大切な(Precious)ウィングマンだ。ユウヒ、彼女はエイミー・ベイカー空軍……今は中尉だね。彼女とは米国留学中、教育課程でずっと一緒だったんだ」


 Preciousは大切な、って意味だっけ。敏生の紹介に硬直しかけていた気持ちが和らぐ。


「初めまして、少尉。19th(第19) Fighter(戦闘) Squadron(飛行隊)のエイミーよ」

「こちらこそ初めまして。Nagato Fighter Squadronのユウヒ・コウヅキです」


 差し出された手を取り、固く握手する。吸い込まれるような青い瞳と、すっと通った鼻筋。透き通るような白い肌とすらりとした長身。女の自分でも見惚れてしまう美しさに息を飲む。


「おいトシ! 太平洋艦隊のマードック提督がお前に会いたいそうだ。こっちこい!」


 突然飛んできた勝野の大声に夕陽は握手を解いた。


「えー、マジでー? 悪い、夕陽。ちょっと行ってくるわ」

「あ、うん。ここは大丈夫だから」


 同盟軍の一パイロットに米海軍の提督が会いたいとはどういう理由なのだろう。まだまだ夕陽の知らない一面が彼にはありそうだ。


「で、これはどうしたらいいの?」

「ああ、えっと、ここのフックをゴムの輪に掛けて吊り上げるんです」


 エイミーに問われ、慌ててヨーヨーの釣り方を教える。


「でもここが紙だから水に濡れて重さで切れちゃうわ」

「そこを切れないように沢山吊り上げるゲームなんです。大丈夫です、切れても必ず一個差し上げますから」

「とてもエキサイティングね。わかったわ、やってみる」


 その場にしゃがむ彼女。彼とは一体どんな関係だったのだろう。気になって仕方がない。


 F22ラプターに乗っているって言ってたっけ。


 米国が世界中の絶対制空権を確保するため、同盟国であっても輸出不可とした世界最強の航空支配戦闘機・F22ラプター。


 あまりの高額ゆえに米国であっても総生産機数は二百機弱に止まり、その結果、シートに座ることを許されるのはほんの一握りのトップパイロットたちだけ。

 恐らく彼女もかなりの実力を有しているに違いない。敏生が自分に惚れた理由を考えると、当時、彼女には興味を抱かなかったのだろうか?


「やった! 釣れたわ!」

「わ、すごいです!」

「次はこっちを狙うわ。とてもきれいな模様なんだもの」


 チャーミングな笑顔ではしゃぐ彼女。こんな笑顔は自分には作れない。


「ね、さっきトシはあなたのことをPrecious(愛おしい)と言っていたけど、あなたたちは恋人なの?」

「え?」


 思いがけない質問に、動揺する。視線を上げると、エイミーが真っ直ぐ自分のことを見つめていた。


「い、いえ、そういうわけでは……」

「そう。良かった。じゃあ、あたしはあなたに遠慮する必要はないのね?」

「それは……」

「好きだったのよ、彼のこと。でも当時はあたし、そんな余裕は全く無くてね。ようやく落ち着いた時には彼は帰国していた。彼が良く言っていた日本語の〝一期一会〟の意味が今では良く分かるわ」


 エイミーの言葉にドキリとする。同じだ、今の自分と。そして異動が常の幹部自衛官である以上、この先ずっと敏生と一緒にいられる確証がないことも。


「また釣れたわ! 今日はラッキーね。この勢いで今度の休みに彼をデートにでも誘ってみようかな」


 言葉が出てこない。いやだ。敏生が他の女の人と一緒に出掛けるなんて。でも、いつまで経っても態度を明確にできない自分に、彼を束縛する権利など無い。


「おっ、エイミーすげーじゃん。二個も釣れたのか」


 戻って来た敏生が、感嘆の声を上げる。


「とても楽しいわ。ところでトシ、今度のオフは時間ある? ハワイを案内してあげるわ」

「え? でも今度のオフはユウヒとアラモアナに買い物に……」

「せっかくなんだから二人で行ってきなよ。久しぶりの再会なんでしょう?」

「夕陽?」

「あたし、ヨーヨー補充してくるね。エイミー中尉、ごゆっくり」


 夕陽は彼から目を逸らすと、逃げるようにその場を立ち去った。


 あたし、バカだ。最低だ。


 自己嫌悪かそれとも後悔か。夕陽は誰にも見られないようにじわりと滲んだ涙を拭った。

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