第五話 僚機を失ったものは、戦術的に敗北している ドイツ国防軍空軍撃墜王 エーリッヒ・アルフレート・ハルトマン ①
第五話始まりです♪
空自から海自に異動となって早八カ月。当初のすったもんだは何処へやら、今ではメキメキと技量が伸びている実感もあって、充実した日々を送っている。
編隊長である敏生とも確実にコンビネーションが向上しており、彼の常人離れした鋭い動きにも僚機として何とかついていけるようになってきていた。
もっとも、いまだにACMで彼に勝てたことは無かったが。
「ん~、やっぱりながとのカレーは美味しいよねー」
ながと艦内の士官室で昼食のひととき。
これもまた、海自への異動で得た恩典のひとつだ。夕陽にとっては、曜日感覚維持のための毎週金曜日のカレーが、女性居住区での仲間たちとのおしゃべりと並び、航海に於ける最大の楽しみだったりする。
もっともその満面の笑顔を目の前で拝める敏生にとってもそれは最大の楽しみであるのだが、男の機微を全く解さない彼女には気づきようもない。
「ご機嫌だね、夕陽」
「えへへー。実はね、今回の航海は楽しみだったんだ。あたし海外って初めて。しかも南国の楽園リゾート、ハワイ~♪」
そう、今回の目的地はハワイ、オアフ島。
二年に一度、米国が同盟諸国海軍を招いて一カ月以上に渡り実施する環太平洋合同演習・リムパックに、今回は自衛隊初の航空母艦へと変貌を遂げた「ながと」が初めて参加することとなったのだった。
他にもイージス艦「みょうこう」、汎用護衛艦「さざなみ」、およびP1対潜哨戒機三機が参加するが、かつて八十年前にパールハーバーを奇襲した空母機動部隊の末裔が入港するとあって、日米メディアではエポックメーキングな出来事として取り上げられていた。
もっとも当人たちにとってはそんな報道などどこ吹く風ではあったが。
「オフっていっても、あんまり遠出は出来ないよ? せいぜいパールハーバーの周辺だな」
「雰囲気感じられるだけでいいんだもん。ね、ね、敏生は海外行ったことあるの?」
「ああ。俺、教育課程は米国空軍で受けたからさ。テキサスのランドルフ空軍基地で一年間の基礎訓練の後、フロリダのティンダル空軍基地でF15への機種転換だったから、都合二年ほどは米国にいたよ」
「そっか……。だから教育課程被ってないんだ。敏生とは同期のはずなのに会ったことなかったもんね」
パイロットの基礎教育課程は通常は静浜や芦屋、そして浜松といった国内の空自基地で実施されるが、一握りのエリートには人的交流を目的とした米国留学の道が用意されている。もっとも戦闘機操縦課程へ移行する時点で日本へ戻されるはずなのだが。
「F15への機種転換は帰国して規程通り新田原のはずだったんだけどね。帰国直前に突然フロリダ行けって言われて訳も分からず。ま、いい経験させてもらったけど」
何気に敏生の経歴って凄いんだよね。この航海中にも昇進しちゃうし。
そう、七月一日付での一等海尉への昇進が発表された彼。生まれつきの派手な容姿もあって女遊びの過去ばかり独り歩きしているが、防大だって実は次席卒業だったりする。飾らない性格なので本人の口から聞いたことは無いが、幹部普通課程の時の、彼の取り組み方を見ているので合点がいく。
この八カ月で彼のこともプライベート含め、だいぶ分かってきた。少しでも追いつきたくて、彼のトレーニングを何度か覗き見たこともあるが、彼のそれは、ストイックを自負していたはずの夕陽の想像を遥かに超えていた。
彼を天才と言うのであればそれは努力の天才だった。
〝戦闘機パイロットにはベテランも新人も性別も関係ない。敵の前では全てが平等だ〟
一切の妥協を許さず、自分を極限まで追い込む敏生。彼と一緒に飛び続けることで自分もまた、高みへと昇っていける。技量も、そして意識も。今や彼に対しては畏敬の念すら抱き始めていた。だが。
「なあ。俺たち、もし新田原とかで出会っていたら今頃はもうかなり進展していたかな?」
突然の奇襲にぶほっと咽る。こういうところは相変わらずだ。
「知りません!」
さりげなく会話に織り交ぜてくる求愛の言葉。あの八景島でのデート以来、彼がどうやら女遊びを断っているということは、美鈴からも耳打ちされている。そして、全ての女性関係を清算したらしいということも。
ただ、夕陽にとってはそういう問題じゃない。彼への好意自体はもう否定はしない。これまでにこのような感情を抱いた異性は敏生だけ。それゆえ、とうの昔に彼とは友達以上の関係にはなっているつもりだ。課業後に彼と二人きりで飲みに行ったことも、休みの日に彼と二人きりで遊びに行ったことも既に両手では足りない。
だが、どうしてもそれ以上踏み込めない。
彼のことは信用も信頼もしている。だが、この好意が敬意からくるものなのか、恋なのかが判然としない。もし、これが恋だったとしても夢と恋を両立させる自信が無い。恋愛経験皆無の夕陽にはそのさじ加減が分からない。恋愛にうつつを抜かし夢がおざなりになれば、これまでの努力が全て水泡に帰す。それだけは避けたかった。
「ま、焦らずゆっくり行きますよ。で、上陸日の夕陽の時間は俺にくれるんだよね?」
スプーンを咥えたまま目を伏せコクンと頷く。赤くなった顔を見られたくない。
「うし。じゃあまずアリゾナ記念館行って、そのあとミズーリ記念館。昼飯にグリルド・アヒ食ってからダイヤモンドヘッドへGO。こんなところでいかがでしょう?」
「う、うん。いいんじゃないかな」
太平洋戦争の戦端を開いた真珠湾攻撃で、日本軍に沈められた戦艦アリゾナ。そして連合国軍に対する日本の降伏文書調印式が執り行われた戦艦ミズーリ。幹部自衛官として抑えるべきところを抑えている彼のスケジュールに夕陽も異論はなかった。
なんだかんだ言って、実はすごく真面目なんだよね、敏生。
彼に気づかれないように笑いを押し殺すと、夕陽は再びスプーンを進めた。
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