第四話 指揮官は、部下の中に入っていき、彼らとともに感じてともに考えなければならない ドイツ国防陸軍元帥「砂漠の狐」エルウィン・ロンメル ④
「謝る必要なんかないよ。これって実はすごく難しい、普遍的な問題だからね」
彼の表情が和らぐ。
「上官たちが厳しいのは威張り散らして権力を誇示したいからじゃない。軍隊では少しの油断が死に繋がる。部下の命を本気で守りたいからこそ厳しく接する。でも部下たちは実際にその立場になってみないと、なかなかその想いには気づけない」
上官としての本気。そういえば、前から気になっていたこと。
「ね。敏生は一応、あたしの上官だけど、怒鳴ったり怒ったりしないよね? 何で?」
夕陽の言葉に苦笑しながら紅茶を口に運ぶ彼。
「一応って……。だって夕陽はすごく頭の良い子だもん。現にこうして俺が説明するだけで色々と理解できるよね」
敏生はテーブルの上で腕組みをすると、上目遣いに夕陽を見上げた。
「それに俺たちは歳も近いし、パイロットとしては同期だ。夕陽はそんな奴から頭ごなしに命令されて納得できる?」
「それは……、命令であれば……」
覗き込んでくる彼に言葉が詰まる。
「勝野隊長や水島副隊長のような年次と実績なら、頭ごなしに来られても納得できる。でも、俺のような奴から言われたら、根っこの部分では反発心が湧くだけだ」
確かに否定はできない。敏生がいくら隊内にその名を轟かせた天才パイロットとはいえ、彼の人となりを知るまでは、猜疑心を抱いていたのは事実だ。
「だから、少なくとも部下よりも強くならなくちゃいけない。部下よりも勉強しなくちゃいけない。その上で、部下との距離感を測りながら、どうしたら納得してくれるかを常に考えなくちゃいけない」
そんなところまで考えを至らせていたのか。もはや感嘆しかない。そして、操縦技術だけではない彼我の差を、改めて思い知らされる。
「やっぱり凄いな、敏生は」
「凄くなんかないよ。俺は勝野のおっさんに感謝している。こんなに優秀な子を任せてくれたおかげで、毎日、少しも気が抜けない。夕陽の存在が俺を更なる高みに連れて行ってくれる」
彼の言葉に顔を上げる。そうだ。敏生はいつだって自分のことを一人前のパイロットとして、対等なパートナーとして扱ってくれていた。
「もちろん、公私ともにね」
ガクッと肩を落とす。
「最後は余計。ちょっとは見直したのに」
始まった。いつものお決まりコース。せっかく、かっこよかったのに。
「余計じゃないさ。俺は一生、夕陽との愛と大空に生きるんだ」
「なっ、何よそれ。バッカじゃないの?」
敏生は、あはは、と笑うと身を乗り出して来た。
「ってことで、これからちょっとだけ遊びに行く? ヤードプレイス案内するよ?」
「ダメー! 大切な勉強があるんでしょう? あたし一人で回れるから!」
「休みのところ、わざわざ俺のためにお使いに来てくれた可愛いウィングマンを、このまま帰すわけにはいかないさ」
「ちょっと、なに誤解してんのよ!? 買い物のついでよ!」
「だいたい、夕陽を一人にできるかよ。変な野郎どもがウヨウヨ寄ってきちまうだろ」
「馬鹿にしないで。ナンパぐらい撃退できるわよ」
「俺は夕陽が他の男に声を掛けられることが嫌なの! 同じ空気すら吸わせたくない。近づく奴らは片っ端から締め落とす!」
「分かった、分かったから! もう今日はお買い物しません! このまま大人しく帰るから、SOCが終わったらここに連れてきて。それでいいでしょ? ね?」
「それって……、ついに夕陽からのデートのお誘い?」
「ちがーう!! こうでも言わないとあんたは大人しく寮に戻らないでしょうが!!」
「うおー、超テンション上がってきた! あと二カ月、俺頑張っちゃうよ」
「人の言うこと聞けー!」
ついさっきまで、尊敬できる上官のような振る舞いだと思っていたら、一転、子供のような彼。はあっ、とこめかみを抑えるも、思わずぷっと噴き出してしまう。
「今日はありがとう、敏生」
「へ? 何でお礼? お礼を言うのは俺の方だけど……」
「いいの。じゃあ行くね。研修、頑張って」
「ああ」
嬉しそうに頷く敏生。喫茶店を出て彼と別れると、約束通り家路についた。
「二カ月後、か」
立春の冷気はまだまだ頬を突く厳しさだったが、自然と鼻歌を口ずさんでいる自分に気がつき、夕陽は気恥ずかしさを覆い隠すように歩みを速めた。
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