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エピローグ 王であれ農民であれ、家庭に平和を見出すものこそ最も幸福である。  ドイツ人詩人・小説家 ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ ⑧

次回、いよいよ最終回です。

『門真がボールを運ぶ。レイナへパス。ヤング……、ゴメス、ワンツー! 抜けた! 門真だ! 門真! 門真! 門真! 入ったぁ!! ゴォォォォ―ル!!! 後半アディショナルタイムにエル・マドリー先制!! 決めたのは日本が誇るKK7!! 門真和生だあぁぁぁ―!!!』


 興奮した表情のスーパースターが、歓喜に沸く仲間たちの追撃を振り切りながら、手でハートマークを作ると、一点を指差して一目散に観客席に駆け寄っていく。次の瞬間、カメラが切り替わり、映し出されたのは、彼に向かって大きく手を振り、笑顔ではしゃぐ一人の女性。それは紛れも無き、あの日の自分。気恥ずかしいことこの上なく、カーナビゲーションのチャンネルを変える。


 あれからひと月以上が経過していたが、TVを点けていると、いまでもたまに流れる劇的決勝ゴールのVTR。その日本中を、いや、世界中を熱狂させた男が、今、隣でハンドルを握って車を走らせている。


 自動運転が当たり前の世の中にあって、今時珍しい、ガソリンターボエンジンにマニュアルミッションのスポーツカー。


「……ほんと、びっくりしたわよ。スーパースターのくせに、あんな土下座までして」

「生憎、俺は姫姐と天秤にかけるほどのプライドなんて持ち合わせていないからね」


 乙女心を揺さぶるセリフをさらりと言ってのける和生。彼の母親から聞いていた父親譲りの「秘策」が、まさか土下座だったとは。


 想定通り、父親の太一は、端から拒絶モードで臨んできた。最初のうちは全く聞く耳を持たずで、どうなることかと思ったが、大学ラグビーがシーズンオフで帰省中の弟の颯太も含めた家族全員での説得モードに根負けしたのか、一時間ほどして、ようやく口を開き始めたのだった。


〝姫子! お前はちゃんと覚悟が出来てるんだろうな? こいつは世界中のセレブ美女と浮名を流している男だぞ?〟

〝あんなのゴシップよ! あたしの知っている和生はそんな男じゃないわ! そんな男ならあたしみたいな平凡な一般人と結婚するなんて言う訳ないじゃない!〟

〝姫姐は平凡な女の子じゃない! 世界で一番可愛くてかっこいい女の子だ! 俺にとっては子供の頃からずっとずっと憧れてた、世界最高の女の子なんだ!〟


 鬼の形相の父親の横で、必死に笑いを堪えている母親の葵。


〝パパ! あたしはゴシップなんかより和生を信じてる。世間の好奇な目なんて気にならない。とっくの昔に覚悟なんて出来てるわ!〟

〝あなた、もうそろそろいいんじゃない? それとも、姫に和生クン以外の知らない変な男がついてもいいの?〟

〝世界中で和さんくらいだぜ? 親父の長年に渡る圧にもめげずに、こんな不愛想な姉貴を貰ってくれる、気骨のある男は〟


 葵と颯太のとりなしに、太一は腕組みをしながら俯くと、はぁー、と大きくため息をついた。


〝分かってるさ、和生が一途な男だってことくらい。赤ちゃんの頃から見てきたし、何より、あの万年バカップルの息子だからな。遊びたいならこの歳で結婚なんてしないだろ〟

〝おじさん……〟

〝パパ……〟

〝頭では分かってるんだ。素性も知ってて、世界で一番、姫を幸せに出来る男だ。だがな、俺が姫と歩んできた二十四年間が……、こうして……終わりを迎えるんだと思うと……〟


 感極まったのか、太一が目を真っ赤にして、口元を抑えている。


〝ちょっとパパ! 終わらないでしょ!? あたしたちは永遠に親子なんだから!〟

〝おじさん!〟


 和生は突然椅子から立ち上がると、その場でストンと床に跪き、太一に向かってガバッと土下座した。刑部家の面々は当然のことながらあっけにとられ、目を丸くしている。もちろん、姫子も。


〝改めて、俺に姫子さんを下さい! 誓って、俺が必ず姫子さんを幸せにします! 大切な娘さんを、俺が世界で一番幸せな女の子にしてみせます!!〟


 そう叫んで、床に額を擦り付け、結婚の許しを請う和生。幼馴染とはいえ、今や世界的スーパースターの土下座とあっては、太一も振り上げた拳を下ろさざるを得なかった。とはいえ。


「……今更だけど、本当にあたしなんかが奥さんでいいの? あたし、戦闘機パイロット辞めるつもりもないから、スペインにも一緒に行けないし、一年の半分は海の上だから、和生がシーズンオフでもサポートすらろくに出来ないと思うし」

「何度も言ってるだろ。俺は姫姐に家政婦を求めてるんじゃない。姫姐は俺の生き甲斐なんだ。そもそも家事一切は、独りになっても生きて行けるよう、小さい頃から親父とお袋に徹底的に叩き込まれてるし」


 そう、何でも一人でテキパキとこなしてしまう幼馴染の婚約者。年上として姉貴風を吹かせたくても、逆に色々と世話を焼かれてしまい、自分がもどかしい。


 二人が結ばれたのは姫子が高校三年生、和生が高校一年生のとき。大きくなっても、和生のことはずっと弟にしか思えず、何度告白されても躱し続けていたのだが、夕陽に憧れて海自の航空学生になると伝えた時、涙を流して大反対する彼を宥めているうちに、そういう流れになってしまった。そして気づいた、自身の本当の気持ち。


「年下の彼」に対する、自身のちっぽけなプライドが築き上げていた壁は、身体を重ねたことで脆くも崩れ去り、逆に慕情の沼に嵌って抜け出せなくなった。


 あれから六年。結婚の許しを貰えたのは嬉しいが、このままで良いのか、との自問自答からは抜け出せていない。「年上の自分」というかつてのプライドの残骸が、彼への申し訳無さや心苦しさという気持ちに姿を変えて、どうしても顔を覗かせてしまう。


 窓の外をぼーっと眺めていて、ふと我に返って気づく。


「あれ? どこ行くの? 鶴巻行くなら真っ直ぐよ?」


 街中だと、あっという間に人に囲まれてしまうため、彼の希望で、近場の高級温泉旅館でゆっくりと過ごすことにした二人。彼が前々から予約を入れていたらしい。


「はは。時間はたっぷりあるから、ちょっと寄り道」


 向かっている方向は厚木飛行場方面。姫子のいつもの通勤路だから直ぐに分かる。鼻歌交じりに車を走らせる和生。どういうつもりか測りかねていると、車は飛行場への道から少し逸れていく。

いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。

ぜひ、ご感想やブクマなどをいただけると嬉しいです。

次回は最終回、引き続きのご声援、よろしくお願いいたします。

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