第三話 落ち着け、そしてよく狙え。お前はこれから一人の男を殺すのだ 革命家 エルネスト・「チェ」・ゲバラ ②
「ほんっと、気分悪いったら」
「しょうがないですよー。門真二尉の女癖の悪さは有名ですから」
ハイボールを呷りながら美鈴が夕陽を宥める。
厚木基地からほど近い、駅前の居酒屋。パイロット達だけでなく、整備隊他、グランドクルーたちも含めた大勢が参加していて、お店は貸し切り。誰もが初航海の緊張から解放された安堵感から、会は盛り上がりを見せていた。
「スマホも二つ持っているんですよ? ひとつは割り切り用なんですって。門真二尉、隠し立てしないから小松では皆知ってます」
美鈴があっけらかんと笑いながら話してくれる。
「何それ? 最ッ低」
「でしょう? それなのに人気あったんですよね~。イケメンだし優しいし面白いし。でも隊内では絶対に手は出さなかったな。面倒見もいいから若手の男の子たちからもずいぶん慕われていましたよ。でも……」
美鈴はテーブルに片手で頬杖をつくと、ニヤニヤと夕陽を見た。
「門真二尉がここまでご執心な女の人、夕陽さんが初めてですよ?」
思わぬ突っ込みにぶほっとむせる。
「美鈴ちゃん、楽しんでない?」
「ええ、とっても」
その言葉にがっくりと項垂れる夕陽。
正直、自分でもよく分からない。恋愛などに全く興味がなかった自分が、出会ってたったの一か月そこらで恋に落ちるなど、全くもってあり得ない。
彼が他の女と歩いているのを見て胸がざわつくのは、きっと彼による洗脳のせいだ。毎日顔を合わせるたびに好きだの愛しているだのと言われて、おかしくならない方がどうかしている。
そうだ、あやうく女たらしの術中にはまるところだった。あぶないあぶない。
何とか落としどころを見出し、グイっと生ジョッキを呷るとポンと肩に手が乗った。
案の定、敏生だった。
「美鈴悪いな、横いいか?」
「どーぞどーぞ」
美鈴が可笑しそうに席を立つ。
「ちょっと、美鈴ちゃん!」
救いを求めるも、美鈴は小さく手を振ると他の席に移っていった。
「まだ怒ってんの?」
「怒るって何を?」
「いや、昼間のこと」
「べっつに。ただの上官殿がどこで何していようが知ったこっちゃないですよ」
「そっか。じゃあ今度の土曜日こそ一緒に遊びに行かない?」
「はぁ!?」
「ほら、休みの度に鉢合わせるんだから、俺たちやっぱり波長が合うんだよ」
何でそこでそうなるんだ? こいつの思考には全くついて行けない。自分一人怒っているのが急に馬鹿馬鹿しくなってきて、夕陽はふーっと溜め息をつくと敏生を見た。
「行くってどこに?」
「八景島のマリパラとかどう? 夕陽、ジンベエザメ見たことある?」
マリパラって、たしか水族館だっけ? 女たらしらしからぬ意外なチョイスに驚く。
「ジンベエザメ?」
「すっごくデカイお魚さん。その他にもペンギンとかイルカショーとか。遊園地もあるし」
「えっ!? ペンギンさん!? 行く行くー!」
酔いに任せ、必要以上にはしゃいで見せる。
「マジで? やった! じゃあ9時にさがみの駅の改札で待ち合わせね」
ええい、こうなりゃもうヤケだ。たっぷり奢らせてやるんだから! 巻かれてみろって言ったの、敏生だもんね。
あくまでこれはフリなんだと自分に言い聞かせながら、夕陽は彼の誘いに乗った。
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