第二部 その捌 結婚って、一人でも生きていける二人が、それでも一緒にいたいと思う時にするものよ。 フランス人ファッションデザイナー ココ・シャネル ③
「あのやんちゃなトシが僚機と共に成長して、結婚までするとは。感慨深いな」
不破が敏生と夕陽を眺めながら、しみじみと漏らす。
「ああ、いい上官になったようだな。俺も市ヶ谷でお前の活躍を耳にするのが誇らしいよ」
A幹部の宿命とはいえ、伝説のパイロットがデスクワークの日常を送っていることを示唆する言葉に、夕陽の胸がチクリと痛む。今の川越は、明日の敏生の姿。彼の表情も少し寂しげに見える。
「あ、そういえばこの間、観閲式で久しぶりに紀美とばったり会いましたよ」
思い出したかのように、敏生が話す。恐らく、自分の様子を見て、さり気なく拾い上げてくれたのだろう。
「……そうか。元気そうだったか?」
「はい。川越三佐に会ったらよろしく、って」
「ありがとう。さて、そろそろ時間だ、義広。明日からの演習に備えて、今日のうちに感覚を取り戻しておきたい」
「おし、行くか。お前のために若葉マーク持ってきておいたぞ」
川越と不破は、笑い合うと、敏生と夕陽に会釈して、乗機に向かっていった。
「な、かっこいいだろ? 川越三佐とヨシさん。あの二人はずっと俺の憧れなんだ」
「ふふ。かっこいいかもしれないけど、あたしは二人にヨシヨシされてる敏生がすごく可愛くて、キュンキュンしちゃった」
からかう様に夫を覗き込む。
「おいおい、煽らないでよ。これから一週間、男女別の宿舎で禁欲生活なんだから」
「昨日、いっぱいお写真撮ったんだから、それで我慢してね」
弱り切った夫に、クスクスと笑うと、すっと彼に身体を寄せた。
「ありがとうね、紀美のこと」
返事の代わりに、彼の手がポンと頭の上に乗る。
「さて、先ずは宿舎に荷物運んでひと息つくか」
「うん!」
荷物を拾い上げ、宿舎に向かおうとしたところ、二人の行く手を遮った人影。仁王立ちしていたのは、夕陽の因縁の相手。
「久しぶりね。あなたたち。待っていたわよ」
「エイミーさん……」
睨みつけるような表情の彼女に、傍らの敏生はどこ吹く風。
「おう、エイミー! 久しぶり。元気だったか?」
気安く声を掛ける敏生に、一転して、笑顔で抱き着くエイミー。挨拶だとは分かっていても、やはり穏やかな気分ではいられない。彼の妻の立場を手に入れたはずなのに、湧き上がる焦燥感。やがて、彼女は敏生とのハグを解くと、夕陽の方に視線を向けた。
「ユウ……」
嫌味のひとつでも飛んでくるかと咄嗟に身構える。だが。
「久しぶりね。会いたかったわ!」
次の瞬間、ぎゅっと抱き締められた。予想もしなかった展開に、訳もわからず目を白黒させる。
「で、あなたたち、あたしに何か言うことあるんじゃないの?」
夕陽を抱きしめたまま、エイミーが顔を上げる。彼女の大きな胸に顔を埋める形になってしまっていて、息苦しい。
「あれ? 誰に聞いた? クリスは本土に帰っちゃったし」
「そんなのどうでもいいわ。酷いじゃない、あたしに何の連絡もくれないで。」
「悪い悪い。会った時に言おうと思っててさ」
「まあ、いいわ。おめでとう。式はいつなの? まだなら、あたしも参加していいのよね?」
「来れるのかい? 東京で二カ月後だけど」
「本当に!? 今回は半年カデナに居るから、問題ないわ! 東京ならヨコタまで定期便で行けるし」
「分かった。ありがとう、調整するよ」
「やったわ! すごく嬉しい!」
ようやく解放され、プハッと息をする。
「とりあえずユウ、あたしたち、今回は同部屋にしてもらったから、一週間、いっぱいお喋りするわよ!」
「……ええっ!?」
「マジか!?」
「ユウの荷物はこれね? さっ、行くわよ!」
エイミーが足元の荷物をすっと拾い上げ、夕陽の手を引っ張る。想像の斜め上をいく展開に、夕陽はただ、戸惑うばかりだった。
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