仮声帯
「私みたいな亜人は"魔女"みたいな奴らを除きゃ魔力が低くて身体能力が高いのが特徴だ。ついでに私はジョブも『ストライカー』だ。足の速さには自信がある。だから最初の方は私がヒイロを背負ってドンドン先へ進むことにしよう」
「昨日とは逆ってことだね」
ギルドを出る前、俺とメリヌはあらかじめにある程度の作戦を決めておこうと会議をすることになった。お互いに何ができるのかを出し合い、最善を探ってから門の破壊に移りたいのは同感だ。
「サメの亜人はかなり魔力が低くて噛みつきを強化するあの巨大ゴブリンをぶっ飛ばした尾ひれを硬化させる『シャークブロウ』も、多分三回が限界だと思う」
「つまり、メリヌのスキルはここぞというときに温存しておかないといけないね。門の硬度も分からんないし、そのスキルも一発残しておかないとまずいかな」
「つうことはやっぱり短期決戦じゃねぇとジリ貧になるな……で? ヒイロの方はなんかないのか?」
「……なにが?」
「ほら、その。あの口で音楽やりながらバフ掛けるやつ。あれのデメリットとかねぇのかよ?」
「そこら辺はまだ分からないんだよな。自分の中にどれぐらい魔力があるか知らないし、ちょっと集中しながら刻み始めたら効果が始まるし、多分視界に入った相手に掛ける意思があるなら発動するみたいなものだと思うんだけど……まだこれしか分かってないんだよね」
カプにあるという吟遊詩人ギルドにいければいくらか謎が解けるんだろうが、今のところ分かっているのはこれぐらいしかない。
「でもほら、そんな音を口から出して――るのはいまだに信じらんねぇけど。いくらお前でもずっと鳴らしっぱなしみたいなのは無理じゃねぇの? 口から音を出してるのはスゲェけど、息継ぎの時間は絶対必要だろ」
「ああ、そのことなら心配ないよ。そんなに激しくしないなら一生息継ぎとかなしでもできるから」
「な、なんじゃそりゃ!? それも吟遊詩人のスキルの一つか!?」
「これはね……うーん、説明しても伝わるか分からないんだけど、ボイパとかビートボックスの"技"っていうのは三つに分類できてさ」
まず一つ、口をボの形にして空気を押し出して鳴らすバスドラム。このように息を"出す"技の種類をアウトワードという。
二つ、顎を落とし口の端から勢いよく息を吸い鳴らすインワードリップベース。名前にもある通り息を"吸う"技の種類をインワードという。
そして三つ、息を吸う吐くでもない"息に関係なく"音が出せる技の種類を出せるノーワードといい、これは舌打ちや普通の人もよくやる舌を下に叩きつけてコロっと音を鳴らすクリックという技もそれに該当する。
「つまり、この三つを組み合わせれば息を吸ったり吐いたりして、技の中で呼吸が出来るんだよね。まぁでも限界は普通にあるけど、激しい曲調にならなかったりしなければ無限にできるね。というか間に鼻で呼吸すれば息継ぎできるし」
「…………」
ぽかん、と口を開けた何故かメリヌは俺の顔を地球外生命体でも見るかのような目つきで眺めてくる。
「と、とりあえず息の方は心配ないんだな。分かったぜ」
「もしかしてメリヌ引いてる? 練習すればメリヌもできるようになるよ」
「吟遊詩人じゃねー私がそれ出来るようになってどうするんだよ!」
「何言ってるんだ楽しいよ? 口からいっぱい変な音を出しながら人通りのない夜の道を歩いたり、公園で遊んでる小学生に披露してヒーローになったり、色々遊べるよ……ふふふ」
「殆ど意味は分からねぇがろくなことしてねぇ気がする!!」
結局、メリヌから練習してみるという言質は取れず、そのまま俺たちはバフを掛けた後、背負い背負われながら門へ向かって走り出したのであった。
ミステマに追いついたのはそこから僅か三分後の出来事だ。
◇◇◇◇◇◇
「メリヌヤバい!!」
突如、頭上から落ちてきた物体――あれは人だ。多分ミステマと一緒にいた仲間だ。
だけどなんでいきなり飛んでくるんだ? というか、あの高さからそのまま直撃したらヤバいんじゃ!?
「まさかあのクソヤローッ……!」
オーライ! と軽装の弓術師の落下地点へ入り、何事もなく俺の腕の中でキャッチ。持って運ぶのは流石に重いか、と近くの木へ立てかけたその時、
「俺様の仲間を助けてくれてありがとよォ!」
「やっぱりか!」
弓術師を下ろそうとスピードを落とした瞬間、木々の合間を縫い砲弾のように落ちてきたのはミステマだった。
木の陰に隠れて攻撃の発見が遅れた分、直前になって地面へ振り下ろした剣を躱すことに必死になっていたメリヌは、寸前のところで体を捻ることでしかその攻撃を避けられなかった。攻撃は当たらなかったが――その綺麗で長い黒髪がゴワゴワとしたミステマの大きな手に捕まれてしまう。
「死ねクソガキども――『ソードクラッシュ』!!」
「チッ――『シャークブロウ』!!」
ブチブチ、と頭皮から鳴る嫌な音を振りほどき、メリヌは振り下ろされた大剣に向かって尾ひれを叩きつける。その瞬間、ガヂィン! と鼓膜を振るわせる轟音が響き渡り、ミステマの握っていた大剣を一瞬にして粉々にしたどころか、その巨躯は何バウンドもしながら一気に数十メートルも吹き飛ばされていった。
「しゃあ! ざまァ見ろ!」
メリヌは背負っていた俺の方に向き直り、ギザギザの歯を見せて笑う。
やっぱりメリヌは強い。俺のバフの性能がどこまでか知らないけど、基本的なスペックが高くないと四大勢力のギルドの幹部をここまで一方的に叩きのめせはしないはずだ。
だけど、いいんだろうか。
シャークブロウは打てて三回。そしてその内の一発を今使い、そして門の破壊に一発は残しておかなければいけないとしたら自由に打てる回数は残り一回。
これでミステマが倒れておらず、なおかつまだ戦う意思があったら……。
「……っざけやがってクソガキが。舐めてんじゃ……ねぇぞ。どうしてあのサメ女にこんな力が……普通じゃねぇぞ……」
最悪な予感は当たってしまった。剣は砕いたがまだミステマは動けそうだ。
だが、先ほどよりも目に力がない。もしかしたらメリヌがあの技もポンポン打てると勘違いしている可能性がある。よし、これなら……!
「た、助けてください! お願いします! どうか、夫を!」
その時、ミステマがもたれかかっていた木々の裏から、一人の女性が転げ落ちるようにして現れた。背中には意識のない男性を背負っており、おそらく夫か何かだろう。二人の腰には麻袋のようなものが巻かれていて、そこからは草花がひょっこり顔を覗かせていた。
しまった。俺が思ったということは多分メリヌも思っただろう。
「――やっぱ俺様はツイてるなァ!」
「え……!?」
一歩遅かった。走り出そうとした瞬間、ミステマは長い腕を振り回して蛇のように女性の首根っこをつかみ取る。
「もうこうなったら手段は選ばねぇ。オイクソガキども! コイツが殺されたくなかったらそこから動くなよ」
こいつ本当に終わってる。さっきのお爺さんもそうだけど、助けを求めている相手を見過ごすどころか人質に使うなんて。
「お前ら、コイツが殺されたくなかったらその場を動くな」
そう言って、ミステマは懐から少し小さい楯を取り出す。そして、女性を掴んでいた手をそのまま地面へと叩きつける。一瞬鈍い音がして、女性はすぐに意識を失った。
「お、お前!!」
「殺してねぇ。安心しろよ。ところでお前らはよ、タンクってどういう仕組みで機能してるか知ってるか?」
「ま、まさか……」
「お、サメのクソ亜人の方は気づいたようだな。ああそうだ。魔物は魔力のある物を積極的に狙う。そしてその優先順位は"魔力が高い順"」
確か昨日、メリヌもそんなようなことを言っていたはずだ。
「つまりタンクって役割は魔物に"一番魔力が高い奴だ"と思わせることによってヘイトをコントロールしてるわけだ。つまり――」
ミステマは小さな楯を眠って知った女性の左腕に取り付ける。そして、その楯の真ん中に埋め込まれていた結晶のようなものを指ではじくと、ガラスのように砕け散る。
そして、そこから俺がつばを飲み下すわずかな時間の後『ウガぁアアアアアアアアアア!!』と聞きなれた音が当たりから『四つ』響いてきた。
「ギャハハハハ! これは緊急時に使うデコイシールドってアイテムでなぁ。結晶に貯めていた魔力を解き放つことで、数分間は魔物のヘイトをこの楯に向けることが出来るんだぜ。いつもは谷底へ投げつけたり、安全を確保するために使うんだが」
にやり、とミステマが笑みを浮かべて走り出す。それと同時、弾かれたように俺を乗せたメリヌの体が爆ぜるように進む。
「すぐに小物大物問わずこっちに向かってくるぜ! あぁそれと今更楯を捨ててもダメだぜ。本体はさっきの結晶だ。じゃあ、せいぜい頑張って守ってやれよ!」
勝ち誇ったような表情を浮かべミステマは森の奥へと向かっていったが今はそれどころじゃない。
「クソが……! あの野郎追いついたらぶん殴ってやる!!」
憤るメリヌの背中から飛び降りた俺は、女性から楯を引っこ抜き遠くに投げた。ミステマは効果がないと言っていたが信じる理由はどこにもない。やれることはやっておかないと。
女性は軽いた打撲と気絶程度。男性も全身に擦り傷はあるがそこまで深刻じゃない。どこかで休ませられる場所でも見つけられればすぐにでも追いつけるはずだ。
それは、こいつらを無事片付けられた時の話だが。
「…………三発、使い切っちまうことになりそうだな」
森の奥。わらわらと湧いてきたゴブリンや見たことのない人サイズの大きな虫や目のない鳥のような生物。そして――昨日も見た巨大なゴブリンが四方から合計四体も迫ってきている。
三発使い切る。そうは言っているが残りは二発。
そして、この量とあの四体の巨大ゴブリンを二発で片付けるのは無理がある。一発で倒せないとしても今のメリヌの能力なら時間を掛ければ全員倒せるかもしれないが……それだと時間がない。
「先に行けよヒイロ。ここは私だけで何とかする」
「それだとメリヌが危ない。それにこの二人を守りながら戦うのも難しいだろうし、俺も残るよ」
「バーカ。それだとお前は間に合わなくて死ぬの確定するだろ。私はお前に――」
言葉を遮るように、俺たちの背後から爆発音が鳴り響く。
「ご、五体目!?」
腰を屈め、音を消しいつの間にか背後まで近づいていた巨大ゴブリンは一気にすり潰そうと振りかざした拳を地面へと叩きつける。
「なんでこんなに居やがる――『シャークブロウ』!」
その拳に合わせるようにメリヌが思い切り尾びれを振るう。巨大なゴブリンの右腕から嫌な音が響き、ゴリゴリィ! と曲がらない方に半回転し体ごと吹っ飛んでいった。だがあの一撃はクリーンヒットじゃない。拳の端に当たって全力の威力がぶつけられてないはずだ。
そして、スキルを撃ってしまったということは……。
「早く行け! もう逃げられなくなるぞ!」
頬に汗を垂らして叫ぶメリヌの顔にはもう余裕は一切残っていない。
メリヌを残して先へ進むか、否か。答えは決まってる。そんなの考える余地すらない。
だがここに残ったところで俺に何ができる? バフを掛け続けることはできるがメリヌをこれ以上爆発的に強くすることは今の俺にはできない。
――だったら、今の俺ではできないことを今すぐ出来るようにならきゃいけない。
引き延ばされた思考の中、俺は必死に考えを進める。吟遊詩人のバフはどういう原理で効果を決めている? 楽器でバフの種類が決まるなら吟遊詩人は色々な楽器を持ち歩かなくてはいけなくなる。
それに今でも体感としてよく分かる。ドラムンベース調に刻むビートの中身、その音を少し入れ替えたり音を別のものに置き換えるだけで少しバフの量が変わっているはずだ。
この状況を打開できるバフを新たに作り出す。
そう心に誓い、俺はまず普通の人間が発声で使うことのない"仮声帯"に空気を逆流し始めた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
面白いと思ってくださった方はブックマーク登録や下にある『☆☆☆☆☆』にて評価を下さると執筆の励みになります。
よろしくお願いします!