追いかけっこ
――門を破壊できればなんでもいい。俺が受けた説明は簡単なものだった。ギルドカードがないと報酬金やポイントがどうたら言っていたが正直覚えてない。
場所は昨日立ち寄った出会いの森と呼ばれる場所。その深部から門が設置され、今もそこからうじゃうじゃと魔物が湧き出しているらしい。それを破壊しろというのが今回の依頼内容だ。
単純かつ危険な依頼だ。
説明を受けていた時の感じを見るに、誰も俺に期待してないのは分かった。多分周りからは命知らずの若いやつが名乗りを挙げたけど、止めてる時間ももったいないし死ぬなら勝手に死んでくれ、程度に思われているんだろう。
「やっぱバカだろお前」
説明を受けた後のギルド周辺では冒険者や受付、酒場のウェイトレスが全て避難を完了したのかもぬけの殻となっていた。
閑散としたギルド前に立っている半泣きのメリヌを残して。
「……家族を探すために最初は人間を頼ろうと思った。まずは金を稼いで資金を集める必要があったんだ」
説明を受けた後のギルド周辺では冒険者や受付、酒場のウェイトレスが全て避難を完了したのかもぬけの殻となっていた。
閑散としたギルド前に立っている半泣きのメリヌを残して。
「私たち亜人が嫌われてるのは分かってる。でも一人じゃどうしようもねぇと思って……色んな奴に声かけてた。ミステマはその一人だった。私はあいつの口車に乗せられて、一時的にパーティーに入れてもらえることになった。これでちゃんと金が稼げると思った。だけど……」
結果はあの裏切りだった。亜人がこの世界でどのような扱いを受けているのかは知らない。しかし、メリヌの様子からは友好的に接してくれた人間は少ないんじゃないかと思う。
だからこそ、あの夜に最大の裏切りを受けていたメリヌは俺に対してつばを吐き、遠ざけるようなことを言ったんだろう。
「お前にこの世界の知識がないって知ってるなら、私たち亜人のことは真っ先に言わなきゃいけなかったのに」
メリヌの説明によると、亜人とはバルコニー側で生まれた存在で、魔物と同じく門を渡ってこちらの世界に来たのだという。しかし魔物とは違い知性があり、もちろん捕食することもない。だが、バルコニー側の存在ということとその見た目から今も魔物と同列に扱う人がいるのだという。
「……本当のこと言わなくて悪かったな」
「全然いいよ。何にも気にしてない」
「だ、騙されたとかそういうの……思わねぇのか?」
「何が? だってメリヌはメリヌでしょ。亜人とかなんかよく分からない分け方して、それで勝手に親の仇みたいにしてる方が悪いと思う。まぁ、メリヌが別の理由で嫌われるようなことしてたまた別の話だけど、違うでしょ。たった一日の付き合いだけど、俺はメリヌのこと良い奴だと思うし」
「良い奴!? ど、どの辺がだよ」
「昨日の夜会ったときもツバは吐かれたけど結局俺のこと心配してあそこから逃がしてくれようとしてたし、本当は人間なんてもう見たくないし、関りもしたくなかったけど、俺の事情を考えて今日も一日付き合ってくれたんだよな」
「…………ぅ、ちげーよ。バカ……それはその……」
「俺は心の底からメリヌは優しい子だと思う! だから今回も助けてほしい!」
「……………………ぁ?」
「ほ、ほら! あんな啖呵切ったけど一人だと多分無理そうだし、メリヌの力に俺の吟遊詩人のバフを合わせて今回もいっちょお願いします! というか、手伝ってくれないと俺死ぬ!」
「……ハァ、そりゃ最初からお前を一人で行かすわけはねぇけどな……なんつーか」
目に涙を貯めていたメリヌはそこでようやくニッ、と笑みを浮かべてギザギザの歯を覗かせた。
「やっぱバカだなお前! 嘘とか建前とか言えねぇーのか!」
「人と喋ったこと全然ないんだから嘘のつき方とか知らないよ! それに今かっこつけててもしょうがないでしょ実際無理そうなんだから!」
「あーもう分かった分かった! ほら、じゃあとっとと行くぞ。俺とお前で門をぶっ壊す。んで、あのクソヤローには靴でも舐めてもらおうぜ」
「え!? 俺の靴も? い、いや遠慮しとくよ臭くなりそうだし」
「…………いや、冗談だっつの今のは」
◇◇◇◇◇◇
人間はバルコニーの亜人と違い体内魔力量が多い。魔力の多いものを積極的に捕食する傾向のある魔物に狙われる危険性は高いが、使えるスキルの回数や基礎的な能力が高いメリットがある。身体的能力が高い亜人とは逆の性質を持っていると言える。
――だが、俺様はその生まれ持った性質に甘んじない。
生まれつき魔力が強く身体能力が低いということは。肉体を強くすればその弱点は克服できるということ。
「ナハハハハハ! どいつもこいつも雑魚雑魚雑魚! 俺の敵じゃねぇ!」
まるで闘牛だ。出会いの森から流れ出た大量のゴブリンたちの波を押しつぶすかのようにミステマが鎧と同じ色の大楯を持って突進を仕掛けると、赤黒い飛沫とともに大量のゴブリンたちがひき肉へと変わっていく。後ろから続く三人の仲間も打ち漏らしたゴブリンを難なくさばきながら素早いスピードで森へと向かって走っていた。
ミステマ・バリカードは強い。南シジ周辺に限ればトップクラスの"タンク"性能を持ちながらも低級の魔物を虫けらのように潰せる攻撃性能を持っている。
ミステマのパーティーはタンク、アタッカーを本人が、後方には弓術師の二人とヒーラー一人の配分だ。シールドウォーリアーという攻撃も防御もできるミステマを最大限に生かした構成といえる。
まるで殺陣でも見せられているかのように流暢に魔物を捌いていく様は低級の冒険者には決してマネできないだろう。
「ど、どうか助けてくださいミステマ様!」
フィジカルが優れている亜人と組んでこようが、ただの新人冒険者には追いつけるスピードではない。だが、ミステマはそれでも油断しなかった。
「うるせぇ! 逃げ遅れたお前の責任だろうが! 勝手におっ死んでろ!」
北門前の市場通り。逃げ遅れて路地裏に隠れていたであろうミートス屋の老夫の周囲を取り囲むよう現れたゴブリンの一団を見たミステマは、冷酷に吐き捨てた。
――俺様の目的は門の破壊。あんなジジイがうん百人死のうが俺の知ったこっちゃねぇ!
にやり、とミステマは口端を釣り上げて盛大な笑みを浮かべたその時、
視界の端に青色の光が閃いた。
「な、なんだ!?」
「なんだと思う? 当ててみろ」
まるで空中に絵具でも放ったかのように暴れまわるその青色はあっという間に老夫の周りのゴブリンを吹き飛ばすと、その老夫を瞬きのうちに近場にある酒場へと移動させた。
「意外とトロトロ走ってんだな」
ミステマの対角線上にあった屋根の上でその青色が動きを止めてようやく正体が分かる。
刃物のようにとがった目じり。体の半分ほどの大きさを持つ尾ひれ。拷問具のように鋭い歯先。ミステマが先ほどギルドの中で罵り蔑んでいたあの亜人の少女だった。
それだけでもミステマの足を止めるには十分な驚きだったが、彼の目線は少女には向いていない。
その後ろ。少女に背負われる形でいたのは同じく先ほどギルドの中にいた少年だ。それが今、こちらに両手にピースをしながら――口を……ん? 口を何している? アレ、なにやってるんだ? というか、なんか変な音が聞こえるんだが……。
「な、なにしてるんだ後ろのガキは……!? というか何のために連れてきてんだソイツ!!」
「ああ、ヒイロは吟遊詩人でよ。私にバフを掛けてもらってんだ」
「ぎ、吟遊詩人!? あのジョブのバフなんて大したものがないはず……というか! 吟遊詩人といってもそいつは楽器も持ってねぇぞ! 適当なこと言うんじゃねぇ!」
「さぁね? 全部教えてやる義理はないけど。じゃ、私たち先に門を壊して待ってるから」
肩をすくめて嘲るような笑みを浮かべたメリヌが走り出すと同時、こめかみに青筋を立て、顔を真っ赤にしたミステマも同時に怒鳴りあげる。
「お前ら殺しちまえ! 今すぐ殺せ!」
「「――応!」」
それを合図に連射された弓が宙を舞う。弓術師スキル『速射』超少量の体内魔力を消費して弓を放つ際にその矢をさらに加速して押し出す威力アップ用のスキル。そして同時に使っていたのが弓術師スキル『追尾』発射する際にターゲットの魔力を目視していれば、矢が力尽きるまで自動的な追尾を行う。
そしてそれを熟練した弓術師がスキルの切り替えミスも起こさずに十二連射。絶対に避けきれない――はずだった攻撃は後ろも振り返らずに急速な方向転換をしたメリヌに翻弄され、殆どの矢が曲がり切れずに木の幹へと激突。首元まで迫った一本は、なんと単純に速力で千切られてしまった。これでは軽い足止めにしかなっていない。
「軽い足止めで十分なんだよなぁ!」
しかし、その隙をミステマは逃さない。
自己強化スキルで鍛え上げられた肉体をさらに強化。屋上を伝い、門を使った正規ルートで森へ入っていた二人の後をショートカットしながら追いつき、合流地点へと大剣の一撃を叩き込む。
しかもその剣は狡猾なことに、メリヌと背負われた少年の間へ放たれている。これで二人が分離してしまえば、少なくとも少年の方は殺せるだろう。そう考えた攻撃だった。
「な、なにぃ!?」
だが、思惑は外れた。
直撃の寸前、二人は分離した。そこまでは良かった。しかし、そこへ好機と少年に向かって放った一撃は空を薙いだのだ。驚くべきことに、少年はメリヌよりも幾分かは遅いが、それでも遥かに普通の人間を超えるスピードでその一撃を躱すどころか、一旦息を整えた後、満面の笑みでミステマへ再びピースを向けてきたのであった。もちろん、それは攻撃を躱しながら。
「なにがどうなってやがんだ! チクショウ!」
木の幹を叩き、木の葉を揺らしながら二人の影がさらにスピードを上げていく。捉えきれない。ミステマは何度も攻撃を仕掛けるがそのたびに透かされてしまう。
それが数秒我慢できるほどミステマは気の長い男ではない。
「ッッ! 全員まとめて吹き飛ばしてやる!」
スキル『一点重撃』インパクトの瞬間、武器の重量に今身に着けている装備の重量全てを加算する。それが地面に炸裂してしまえば、どれだけスピードがあろうとこの辺り一帯は吹き飛ぶ。
それを狙い、大きく剣を振り上げた途端、気づけば影が眼前に迫っているのが分かった。
――やべぇ
顎に飛んでくる攻撃。鍛えた反射神経で察知はできたもののもう遅い。そしてこれは喰らえば顎が砕けるどころの話ではないのも理解できた。
死。脳裏に浮かんだ恐怖に思わず目を閉じたと同時、その一撃は首元をすり抜けた。
『グゲェエエエエエエエ!?』
いつの間にか背後へ迫っていた一体のゴブリンに攻撃が突き刺さると、その体は一瞬にして宵闇の中へ放り出されて消えていった。おそらく生きてはいないだろう。
「感謝しろよ。助けてやったんだから。じゃ、私らは行くぜ。今回の勝負はどっちが先に門を壊すか、だからな!」
「(じゃあね!)」
そう言って、メリヌとメリヌに背負われながら口から変な音をいっぱい出している少年は森の奥へと消えていく。メリヌは息一つ上がっていなかったし、最後に少年はミステマに向かって手を振る余裕さえ見せていた。
――ふざけんじゃねぇ。
ブヂリ。脳みその奥から嫌な音がした。
「お、おいミステマ! どうするんだよコレ……俺じゃあいつらに追いつけねぇぞ!」
「うるせぇ!」
追いついてきた仲間の内、焦っていた一人の弓術師の腹へ向かってミステマが思い切り拳を叩きつける。バゴォン、と砲弾が落ちたような音がした後、弓術師の体が力なく地面へ倒れこむ。
そして、ミステマはあろうことかその仲間の頭を持ち、くるくると回りながら遥か彼方に消えていくメリヌたちへと照準を合わせると、その体を思い切り投げ飛ばしてしまった。
「……許さねぇ。絶対殺してやる。この俺様をコケにしたことを絶対後悔させてやるからなァ!」