勝負
視線が合っていたのはメリヌだ。
というか、今のメリヌは先ほどお姉さんに向けていたものとは比べ物にならないぐらいの鋭い視線をミステマに向けている。
だがミステマはひるむことなく、親戚の姪に出会ったぐらいの陽気さで立ち上がり、こちらに歩いてきた。
「足に怪我を負ってただろ? ああ、本当に心配だったんだぜ。無事で何よりだよナッハハハハハ!」
「……足を斬ったのはオメーだろカス野郎」
「もちろんそうだ。だけど心配だったのは本当だぜ――お前みたいな亜人のクソが魔物にちゃんと食い殺されたかがなぁ!」
それに合わせるかのように、ミステマについてきた鎧の男たちが大笑いする。
支部の中に、聞き心地のよくない合唱がこだました。
「……ってあれ? そこのガキも昨日の奴じゃねぇか。おーい! 無事"出会いの森"の奥にあるカプにはたどり着けたかよー! ギャハハハ!」
「少年……君、まさかあいつらに騙されて……」
座っていた軽装の男の方が煽るように言ってくる。確かによく見れば、昨日声を掛けた人の中にあんな奴がいたかもしれないが、今はどうでもいい。
「メリヌの足、斬ったって本当?」
「ぬぅ? なんだお前。俺に聞いてるのか?」
「そう」
「そうだぞ。俺が斬ってやった。あの出会いの森から逃げられないようになぁ! だが甘かった。昨日は――足を切り落とすべきだったか!」
「なんでそんなことすんの?」
「それはコイツが亜人だからに決まってるだろ。俺はな、こいつらみたいなクッセェ亜人が大嫌いなんだよ。魔物と同じ侵略者のコイツらがな!」
「亜人は魔物と同じじゃねぇ! 適当言ってんな!」
一歩、顔を真っ赤にしたメリヌが前に出る。
「同じだろ。お前らはバルコニー側の存在。そして俺たちよりも醜い体を持っていて、魔力が弱い。魔物と何が違う。そんなカスが――」
ハァ、とミステマは心底呆れかえった様子で片手で顔を覆い息を吐く。
「家族を探したいだの、仲間にしてくれだの、亜人如きにそんな烏滸がましいことを言われたらたまったもんじゃないだろ? だから俺様が周りの奴らに代わって裁きを受けさせてやっただけじゃねぇか!」
「――ッ」
「みんな迷惑してたんだよ。お前みたいな気持ちのワリィ亜人が寄ってきて」
「………………」
「バカみてぇに誰彼構わず声かけて、パーティに入れてくれ……ハァ。周りの迷惑も考えろよ? 亜人を受け入れるパーティがどこにあんだ? 家族を探したいから力を貸してほしいだ?」
「………………ぅ」
「大体なぁ! お前みたいなカスの仲間なんて全員とっくに死ん――」
言ってはいけない最後の一言は、けたたましい音によってかき消された。
静まり返っていた群衆から困惑の声が漏れだしたころ、おそらく上階にいたであろう革のスーツを着た上品な装いの女性が一枚紙を掲げて降りてきた。
「緊急! 緊急です! 現在、出会いの森にて急速な魔力収束反応を確認! 門が出現したと思われます!」
その言葉に声にならない悲鳴のようなものが沸き起こる。
「門破壊の緊急依頼に参加を希望される方は挙手を願います! 繰り返します。門破壊の緊急依頼に参加を希望される方は挙手を願います!! お願いします人手が足らないんです!」
重く、固まった空気。誰もが首元に重しを載せられたかのように下を向く。
「行ってやるよ」
そんな中、突き破ったのは白銀の小手。
自信満々に、そして見せつけるようにミステマは手を挙げる。
「俺は"人間"守ることが仕事だからなぁ。それに、ここにいる連中じゃあ対して戦力にならないだろうし、俺が出ていくしかないだろぉ!?」
傲岸不遜な物言いだが、手が上がって女性はひとまず安心したように胸をなでおろす。
「テグヌゥーイの無敵城壁と呼ばれるミステマ様がいてくれたら百人力です。どうぞこちらへ、依頼の説明をさせていただきます」
「だとよ。じゃあなカスども。また会ったら遊んでやるよ」
自分でもよく分からない。
正直、自分が自分じゃないみたいで変な気分だ。どうして今俺は――勝ち誇った笑みを見せて去っていこうとしたミステマの鎧を思い切り殴りつけたのか。
「…………なんだ? ガキ」
「質問の答えが返ってきてないだろ」
「ハァ? 何だお前、話聞いてなかったのか?」
「お前が個人的な理由でメリヌが嫌いなのは分かった。でもそれだとしても足を斬った理由にはならないだろ」
「俺や周りの奴ら――いや街――世界中の人間が亜人嫌いだから。それで納得できないか?」
「納得しないし、謝ってほしい」
「バカが! んなもんするわけねぇーだろ!」
「一方的に言ってるわけじゃない。俺とお前が勝負して、俺が勝ったらメリヌに酷いことしたこと謝ってほしい」
「ハァ、たまにいるんだよなこういう"差"を分かってねぇガキが。で、お前が負けたらどうすんだ? ごめんなさいじゃすまねぇぞ」
「死ぬよ」
一拍間をおいて、ミステマは理解できないといった表情を浮かべる。
「…………お前、イカれてんのか」
「な、なに言ってんだヒイロ! お前がそこまでする必要ねぇだろ!」
そこまでする必要は――たぶんある。
けど、今ここで正しく自分の心内に初めて発生した現象をうまく説明できそうにない。
「勝負の方法はどちらが先にこの門の破壊するか、それでどう?」
「…………く、アッハハハハ……ハッハッハ! 面白いやつだな、お前。乗ってやるよ。手挙げな」
「冒険者ギルドのお姉さん。俺まだ冒険者とかじゃないけど参加していいかな?」
「え、ええ! もちろん、緊急依頼なので構いませんが……」
「決まりだな! おい、安心しろ。お前が負けたらちゃんと足を切り落としてやる。そんでまた、亜人の時みたいに森の真ん中に放置してやっからよぉ!」
「お前も安心しなよ」
こうして、俺はこのオルバー地方の四大勢力の一つであるテグヌゥーイの幹部、ミステマと戦うことになった。
後悔していないと言ったら嘘になる。
もっと前。ミステマがメリヌに酷いことを言う前に言い出せばよかった。そんな後悔がさっきから頭の中を何周もしていた。
「謝るときのポーズはそっちに任せるから。今から一番恥ずかしくない頭の下げ方でも考えておけば?」
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