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パーティメンバー

「はい、もう大丈夫。君、このぐらいの怪我なら放置で治るでしょ。次からは倍取るからね」

「…………チッ」


 あれから約五時間。

 文字通り地を這いながら戻ってきた俺たちは、メリヌが泊まっていたという宿屋に雪崩れ込んだ。幸い、鞄の中に銀貨が二十枚ほどあったのでそれを使うことにした。


 その後、本人はいらないと言っていたがやっぱり心配だったので、俺は店主からここらで一番安いという医者の紹介をしてもらい、駆け付けてもらったんだけど。

 駆け付けたのは、本人に治療が必要そうなぐらい不健康そうな顔色をしている太ったちょび髭のおじさんだった。しかも……。


「な、なんかあの医者の人めちゃくちゃ愛想悪かったね」

「だからいらねぇーっつったろ! 消毒して安静にしてりゃすぐ治んだよこんなもん!」


 ベッドに座っていたメリヌは雑に包帯が巻かれている両足を勢い良く振る。実際、医者が来た時にはもう傷は塞がりかけていたらしい。


「んで、いくらかかったんだ?」

「銀貨十二枚だったかな?」

「は、ハァ!? めちゃくちゃぼったくられてんじゃねえか!?」

「えええ! そうなの?」

「バカすぎるだろお前……ハァ、まぁいい。今は返せねぇけど銀貨十二枚な、返すから待っとけ」

「え? いいよ。俺が勝手に呼んだだけだし」

「お、そうか。悪いな――ってなる金額じゃねぇんだよオイ」


 宿代を要求されたときに銀貨一枚を差し出すとおつりとして銅貨が八枚帰ってきた。普通こういう場合十枚で一ランク上の硬貨一枚分ということが多いからそこから考えよう。だとすれば宿の値段は一泊銅貨二枚。地方の格安カプセルホテルが一泊二千円くらいだから銅貨は一枚千円?


 となると銀貨十二枚は十二万円!? いやいや、これはおかしい。多分どっかの前提が間違ってると思う。もしかしたら宿屋はもっと安い値段設定なのかな。

 だからといって、俺の手持ちの金がごっそり消えたことには違いないけど。


「保険証ないし十割負担だから仕方ないか……」

「何言ってんだお前。とにかく、金は返す。俺はお前らみたいなのに貸し作るのなんてごめんだからな」

「だからいいって。このお金だって俺が稼いだものじゃなくて降って湧いたようなもんだしさ」

「どういうことだ?」

「どうもこうも、俺多分、どっか別の異世界から転生してきたっぽくてさ。前の世界の記憶があるんだよ。それを思い出したせいで今の世界の記憶が消えてて、なんでここにいるかとか、この世界のこととかもう大半何にも――」

「…………ちょ、ちょちょちょちょっと待て! それが本当だとして、本当だったとしてだ! それって今みたいに気安く言っていいことなのか!? 異世界から……確かにお前に関してはちょっと納得できるトコはあるんだ。でもそういうのってもっと秘密にしておかねぇといけねぇんじゃねぇのか!?」

「た、確かにそうかも」


 ヤバい。心の声が全漏れするクセが出てしまっていたようだ。

 確かに異世界から来たなんてことを方々に言って回っていたらとんでもないことになってしまうかもしれない。まだこの世界のことが何も分かっていないし、適当にそんなことを言っていたら悪戯に危険に巻き込まれる可能性が増えるだけに思える。


「……ハァ。お前ってホント、バカだな。俺が領主や警邏隊に突き出す可能性は考えなかったのかよ。いや、そうだな。今からでも遅くない。好き者の領主サマにでも突き出して小遣い稼ぎにでも利用させてもらおうか」

「ひ、ひぃい!? 」

「…………んなことするわけねぇだろ。"テメェら人間"と積極的に関わるなんてもうこりごりだからな」


 光芒が窓を抜け、メリヌの小さく整った顔に降り注ぐ。

 額の上へ掌を乗せて隠れた瞳の中には、眩しさに目がくらんだ以上に何か別の理由を思わせるような暗い色が淀んでいた。


「……異世界か。じゃあ、お前も俺と――」


◇◇◇◇◇◇


 朝食はかなり美味しかった。

 卵料理が多く、特にスフレオムレツのような見た目の料理はふわふわとろとろで見栄えも味も最高だった。もしスマホを持っていたら写真を撮っていただろう。


 宿屋の店主によると、朝と昼は宿泊者に向けて無料で食事も提供しているようだ。そう考えると一泊銅貨二枚はかなり破格かもしれない。


「……おーい。居る?」


 至福の卵料理に思いを馳せながら扉をコンコン、と二回ノックしたが、返事はない。


「入るぞ」

「入んな!」

「もう入っちゃった」

「それでも出てくことはできんだろ」

「…………」

「なんで黙って椅子を近くに寄せてんだ。オイ座んなよ」

「ごめん! 座っちゃった!」

「お前、マジで顔は申し訳なさそうにしてるから本気で謝ってんのかおちょくってんのか分かんねぇんだよな……」

「おちょくり九の申し訳なさ一」

「オラ! 出てけ!」

「やめて! 尾びれで突っつかないで!」

「…………で、何しに来たんだよ。金を今すぐ返せとかは無理だぞ」

「ああ、そのことなんだけどさ」


 朝ご飯を食べながら考えていたことだ。

 どうしてもお金を返したいと言っているメリヌを納得させる方法――そもそも、医者を呼んだのは俺だ。医者もメリヌも放っておけば治ると言っていたし、結局早とちりしてお金を浪費しただけなのにメリヌが勝手に罪悪感を覚えて返そうとしてくるのはちょっと困る。


 だからそれをどうにかちゃらにできないかと考えていた。


「お金は払わなくていい」

「だからそれは――」

「その代わり、俺とパーティを組んでくれ」

「…………は?」


 朝、食事をしに降りた際に宿泊者たちの話を聞いていると、会話の殆どは愚痴だったことに気づいた。 

 冒険者ギルドの金払いの悪さ。妻、夫の悪口。景気。"バルコニー"の奴らがどうだのこうだの。


 その中の一つに、パーティメンバーへの不満があった。

 ということはやっぱりこの世界はパーティを組んで冒険者ギルドなどの依頼を受けながら生活費を稼ぐいわゆる冒険者という職業が割と一般的だということ。


 だとしたらやっぱりパーティメンバーは欲しい。ここから生活していくにはある程度俺の事情を知っている味方が必要になると思う。

 俺の当面の目標はここで生き延びること。仲間は必須じゃないか?


「……ンなこと言うってことは……異世界って、本当にマジで全然違う世界から来たんだなお前。で、そのせいでここで暮らす知恵もないから、とりあえず私とパーティを組みたいって?」


 隠しても意味がないし、隠せないので心の内を全て言うと、意外なことにメリヌは戸惑っていた。

 いつもみたく「ヤダね!」と一蹴されると思っていたんだが、ちょっと予想外の反応だ。


「……ったくお前。私とパーティ組みたいってどういう意味か分かってんのか?」

「え?」

「ハァー、分かってねぇよな。だってお前はこの世界のこと何も知らねぇんだもんな」

「そうなんだよ! だからお願いします!」


 俺が頭を下げて手を差し出すとメリヌは迷うように目を泳がせる。


「……ヒイロ、正直な話……お前に感謝してないわけじゃない。お前がいなかったら昨日の夜は……かなり危なかったからな」

「と、ということは!?」


 そうして時間をたっぷり使い、目いっぱい呼吸を吸い込んで、そのまま使えば相当な重さなバスドラムが鳴りそうな息を吐きながら、


「でも無理だ」


 ぱちん、と俺の手のひらを蜘蛛の巣にするかのように払いのけた。


「ええええええ!? なんで!?」

「無理なもんは無理だ。だけどよ、別に全部が全部無理ってわけじゃない」

「……?」

「お前はここで生活する知恵や知識が必要なわけだろ。そうだな、とりあえずは南シジの街をぐるっと紹介してやるよ。それでどうだ?」

「お、おお! それはそれでめちゃくちゃ助かる!」

「じゃ、決まりだな。準備しとけ」

「準備って……またまた。メリヌはまだ歩けないじゃん。それともまたおんぶしてほしいってこと?」

「バカ言うな。バフがなければ私を背負うなんて無理だろ」

「メリヌ重いからねぇ」

「……お……まえ……マジで殴るぞ」


 と言いながらメリヌはベッドから足を延ばして俺の肩辺りを蹴り飛ばしてきた。


「痛っ…………って、あれ?」

「この通り。半日ぐらいこうやって安静にしてりゃ傷なんてすぐ治んだよ」


 尾ひれを使って器用に立ち上がったメリヌはベッドの下に置いてあった革靴に包帯まみれを足を突っ込むと、すたすたと部屋の扉まで歩いていく。


「先出てるぞ。五分以内に降りてこいよ」

「…………ああ、うん」


 部屋を出ていくメリヌの歩きは、少しのぎこちなさもない完璧なものだった。ということはもうすでに痛みは引いているということ。


 ――俺がやったこと、マジで無駄だってこと!?


 メリヌが呆れかえっていた理由が今更ながら分かった。ああ、俺の銀貨十二枚は川に落としたも同然なんだな、と。


 しかし、それでも全く無意味だったというわけじゃない。

 メリヌの足が無事だという保証が買えて良かったじゃないか。そう思うことにして俺は身支度を済ませ宿屋の外へと出ていった。

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