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セッション

「楽器はここにある」

「…………はぁ?」


 口を指差した俺を見て、少女は訝しげに眉をひそめた。


「何いってんだお前。頭殴られすぎたんじゃないのか?」


 頭が殴られすぎたのは事実だが、おかしくなったわけじゃない。

 俺の予想なら上手くいくはずだ。楽器による演奏がバフやデバフの効果を生む、それなら俺のこれだって何かしらの効果を生むはずだ。


「お前、何やって――」


 まずは口に溜まった血を吐き出す。

 そして次に吐き出すのは空気。ボ、の口の形をしながら空気を吐き出す。そこから子音の発音を強くしていき――こうしてバスドラムが完成する。集中したいな。目を閉じるか――


 ボ、ボ、ボ、ボ。そしてその間にツ、と短く息を吐いたハイハットを入れていく。これだけで簡単な8ビートを完成させ、ループさせる。いい感じだ。転生した影響で前世より口の筋肉がまだ未発達だから音は小さいけど、やっぱりしっかり音は出ている。


 そこに基本的な技であるpfスネアを足す。これは口先で空気を弾き、プスやプフの中間の発音を出してスネアっぽさを出す。この三つの音だけで16ビートを組み――良い感じだ。


「…………く、口から……打楽器? なんだこれ、どうなってんだ?」


 2章節をほど16ビートをなんだか刻むとなんだか傷の痛みが引いてきたような気がする。

 よし、慣れてきたからもう少し難易度の高い技も混ぜてみよう。

 kスネア――鳴る。巻き舌――吐く方も吸う方も鳴る。ホロークロップ――音が小さすぎるか。あれ? pohスネアも鳴るのか。インワードリップベースは? うーん、なんか固いな。


 そうして口を鳴らしている間に森の中には様々な"音"が響いていった。やがてそれは単調な繰り返しから形を変え、アップテンポの力強いリズムになっていく。


 一般的にはこのリズムを"ドラムンベース"と呼ぶ。特徴的なドラムのリズムが最高のかなりポピュラーなダンスミュージックジャンルの一つだ。

 そしてそのリズムが一巡した瞬間、体に変化が訪れた。


「あ、あぶねぇぞ!!」


 その声で目を開けると同時、殴りかかってきたゴブリンの姿を視界にとらえることができた。

 だが、おかしい。どうも様子が変だ。

 ――なんか、動きがゆっくりすぎないか?

 これだとこんな感じで、顎にカウンターを……。


『ぐ、ギゲエエエエエエエエエエエエエエエ!?』


 バゴォン! 顎に一撃入った瞬間、ゴブリンは馬に引きずられているかのように錯覚するほど後方へ勢いよく吹き飛んでいく。

 拳の――指の皮に残ったほんのりとした熱さ。まさか、これって……。


「あ、ありえねぇ! 吟遊詩人が肉体強化!?」


 やっぱりだ! ということは俺の体を淡い緑色に発光体が包んでいるのはその影響か?

 遥か彼方。着弾したゴブリンの肉体が木々をなぎ倒し、霧を吹き飛ばすほどの土煙が上がる。


「……な、なんてバフ量だよ。しかも……楽器持たない吟遊詩人って……そんなんアリか!?」


 ドラムンベースを刻みながら振り返ると、少女の困惑していた表情が俺の口の異常な動きを見てさらに皺を増やしていった。


「と、とにかく! その力なら余裕だぜ! 全員蹴散らしちま――ってええええ!?」


 思った通りだ。これほどの強化具合ならこの子を背中に乗せても全然軽い。

 後ろでは「なんでだ!」とか「やめろ!」「触んな!」とかバリエーションの少ない雑言が飛んでくるが、構ってはいられない。


 おそらく、このドラムンベースを刻むことによって俺は吟遊詩人の力を発動させ、肉体強化を得ている。そしてそれは五感にも及んでいる。圧倒的に強化された耳は聞いてしまった。


『ウガぁアアアアアアアアアア!!』


 この森の支配者の声を。


「な、なんだあれ!? あんなバカでかいゴブリン見たことねぇぞ!?」


 土煙から飛び出してきたのは体長10mはありそうな巨大なゴブリンだ。俺を見つけるや否や、木々を蹴り飛ばし霧を息でかき消しながら猛然と迫ってくる。

 動きだけなら遅い。だがそれでも歩幅の差はやはり大きい。肉体強化を掛けながら走っていても徐々にその差は縮んでいるように見えた。


「オイ! いいかよく聞け……オイってば! 一心不乱に訳の分からない音を口から出すな! 一旦止めろ。大丈夫だっての。一度バフを掛けたらしばらく体には効果が残るはずだ」

「…………ぷ、ファーー! はぁ、ハァ……ほ、本当だ」


 ドラムンベースを止めても爆発的な身体能力の向上は止まらなかった。だが徐々にその力が抜けていくのは感じられる。何もしなければ三分以内には効果が消えるだろう。


「いいか。このままだと帰る前に二人ともあいつに捕まって泥団子みたくちっさく丸められちまう。それは分かるよな」

「うん、でも……多分これ以上はスピードは出ない。まだ全然吟遊詩人の力のことも分かってないし、刻んでるだけでバフが掛けられている意味もまだよく分かって――

「いや、それでいい。だけど今度はそのバフを私にくれ。私があのバフが貰えればきっとあいつを倒せる」

「…………分かった。やってみる」


 どうやるのか分からない。そんな泣き言は言ってられない。

 それしか方法がないならやってみる。それができなければ多分死ぬだけだ。

 俺の口元に垂れていた血を親指でふき取った少女はくるりと振り返り、巨大ゴブリンへ向き直る。


「メリヌ・サパールだ」

「……ん?」

「ん、じゃねぇ。名乗ってんだよ。お前の名前も教えろコラ」

「ああ、ふがん――じゃなかった。俺の名前はヒイロ・フーガ」

「そうか……悪かったなヒイロ。ツバ吐いて」

「気にしてないよ」


 気にしろ。メリヌと名乗った少女は振り返らずに頭を小突いてくる。

 ドドドドド! 地面をめくりあげながら進んでくる巨大ゴブリンのその表情が分かるまで近寄ってきたとき、メリヌの拳に力が入る。


 それと同時、俺は身体に残っていたバフの最後の力を使ってメリヌを抱え、回し投げの要領で空へ飛ばす。そして、その姿を見ながら再びドラムンベースを刻んだ。するとすぐにメリヌの体が淡い緑色に包まれていく。


 言葉は足らなかった。投げ飛ばせとも言われていないし、角度もタイミングも一切指示はなかった。

 ――完璧だ。


 そう思ったのは二人のどちらか。それとも、どちらともか。

 月を背後にくるりと半身を回転をさせるメリヌの影が地面に浮かぶ。そして、腕を伸ばして掴みかかってきた巨大ゴブリンに刃物にも見えてしまうほど鋭い尾ひれが空を斬る。


「『シャークブロウ』!」


 あまりの衝撃に俺の体はひっくり返ってしまい、最後までメリヌの雄姿を目に焼き付けることはできなかった。

 ドスン、と巨大な何かが崩れ落ちるような音。そして遠くから聞こえる「ゥオラー!」という雄たけびのような声。それだけで結果は何となく予想がついた。


 だが、申し訳ない。正直まだ動けそうにない。

 全身を覆う心地よい疲労……とは程遠い筋肉痛。先ほどのバフの影響だろうか。


『ウォラアアアアアアアア! ヒイロォオオオ! 終わったぞォオオオオ!』

「…………ハハ、声でかすぎ」


 その後、這いつくばってきたメリヌに叩き起こされるまでの数十分、夢を見ていた気がする。

 あの時車に轢かれず、申請ボタンが押せていた時の、あったかもしれない世界の夢。

 そこで俺は確かに、新しくできた女の子の友達と生まれて初めてのセッションをしていた。そんな夢だった。

ここまで読んでいただきいただきありがとうございます!


面白いと思ってくださった方はブックマーク登録や下にある『☆☆☆☆☆』にて評価を下さると執筆の励みになります。

よろしくお願いします!



以下余談

今回出てきたボイパ(正確にはbeatboxと言います)の技は全て現実にあるものです。これからも

ボイパの技術関連は現実にあるものを使用していきます。

また、ビートボックスのドラムンベースと言えば『HELIUM』です。気になった人は『HELIUM | DRUM and BASS | GBB 2020 World League Wildcard』で調べてみてください。現代のビートボックスがどんなものになっているのか気なる人はぜひ。ヒイロはこんな感じのことやっていると想像してもらえたら。

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