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ただの吟遊詩人

「『スキルヴィジョン』――使えるスキルは予想通り『演奏』のみ。亜人の方はサメ亜人のみ取得できる『シャークブロウ』と基本スキルの『ブレイクアタック』のみか。つまり、俺の勝ちは揺るがない」


 やっぱり俺のスキルは『演奏』のみなのか。

 ということはやっぱり吟遊詩人は『演奏』というスキルを発動して何を演奏するかによってバフデバフの効果を変えられるってことか。ゲームでありがちな上級スキルを取らないと色々できませんということは今のところないと。


「じゃあさっさと片付けちゃおうメリヌ。これ以上時間かけてるとあと二往復して稼ぎまくる計画がパーになりそう」

「安心しろ。五分もかけねぇ」

「そこまで大人の世界を舐め切ってるとは。いいだろう!」

 バシッ、と木の枝が大きく揺れる。男の姿は一瞬にして見えなくなり、突然周囲の木々からがざがさと音がし始めた。高速で移動してるんだとしたら大した速さだ。

「……ふぅ」


 だけど速さだったらウチのメリヌも負けてない。


「な、なんだと――!?」


 刻んだのは勿論、ドラムンベース。対象は俺とメリヌ。これにより身体能力が向上。さっきまでは見えなかった男の動きが今は俺にすら目で追える。

 そしてバフが掛かり始めた途端、メリヌが間髪入れずに動いた。瞬きの間に、次の木へ飛び移ろうとした男の外套に指をひっかけ、空中に引きずり出す。


「スキルなしでこの速さ!? 亜人といえどあり得るはずが……!!」


 多分この距離だと俺のボイパは聞こえてないから、この人視点だとメリヌがとんでもない異次元の身体能力を持ってるように見えるだろうな。


「だよなぁ! 私も正直、あり得ねぇとは思ってるよ! 『シャークブロウ』!」

「ま、まずい! 『エスケープ』!」


 男と地面に落ちていた枝が一瞬にして入れ替わり、メリヌのシャークブロウは空を切る。結果、行き場のなくなった衝撃波が地面をちゃぶ台のようにひっくり返し、木々を数本ほど吹き飛ばす。


「な、なんだこのふざけた威力は……!! だが、問題ない。アイツは亜人だ。そう何度もスキルを連発できな」

「『シャークブロウ』!!」


 構わずもう一発。油断してそうだからもうちょいで当たるとこだったけど、多分あれは当たってないなぁ。


「ま、魔力切れが怖くないのかこの亜人ッ! クソ……本気を出したいが……」

「まだ全力じゃありませんってか? 言い訳得意そうだな――『シャークブロウ』!」

「三連発!? コイツ、バカなのか!?」


 おしい。直撃はしなかったけど、今度は掠った。

 男が急速がメリヌから少し距離を放そうと次のジャンプにこれまでよりも強い力を入れた瞬間に三発目。

 男は衝撃波に吹っ飛ばされて地面をボールのようにバウンドしていき、木にぶつかってようやく動きを止まり、素早く立ち上がった。


「ク、これほどの威力とは……! だが逸ったな! 『ステータスヴィジョン』……ふふふやはりだ。お前にもうあのスキルを打てる魔力は残ってない!! つまり、こうなってしまえばこっちのものだ!」


 あ、そうだったそうだった。メリヌのスキルは回数制限あるんだったか。

 だからさっきから必死に二人を追いかけて走ってる俺の方を見て手招きしてたのか。あれは早くこっちこいの合図じゃなくてこっちのことね。


「…………なに? な、なにが起こってるんだ! アイツの魔力が回復していくだと!?」


 魔力回復の曲調は大きいジャンルで言うと『ダブステップ』だ。その中でも少しレゲエの要素も入った『リディム』に近い。

 一小節終えた瞬間、メリヌの体を包む光の色が変わる。魔力回復は成功したみたいだ。


「あいつらまさかあの聖女の涙を使ったのか!? い、いやあんな難関ダンジョン攻略でしか使われないアイテム、持っているはずが……なら、何故!?」

「教えてやろうか」

「ひ、ひいいいいいいいい!?」


 メリヌが目にも止まらぬスピードで木々の合間を縫い、一瞬にして男との距離を詰める。男も大慌てして後ずさりながら逃げているが、あれじゃ間に合わない。

 これは勝った……い、いやちょっと待て。


「お前の敗因は――」

「待ってメリヌ! なんかヤバい!」


 嫌な予感がする。

 いや、これは予感じゃない。でもこれはもしかすると……。

 きらり、と視界の中で複数の光が閃いた。


 メリヌが足を引っかけていた太陽光を反射する黒いワイヤーのようなもの。そして、メリヌの首元へいつの間にか向かっていたナイフ。


 それが、一気にメリヌの首元まで迫り――


◇◇◇◇◇◇


 ――勝った! やはりスキル数の少ないこいつらに俺が負けるはずがない!

 男が一度、あのシャークブロウというスキルに掠ったのはただ油断していたからではない。一度距離を"自然に取る"ためだ。


 そしてあの時、何度もバウンドしたのは身体の態勢を変えるため。懐が資格になった瞬間に『ナイフトリック』で出現させた仕込みナイフを左右に放つ。そして連結しているタコ糸の設置は、後ずさるときにした慌てる素振りの中で小指と薬指との間から放った。


 ここまでが全て男の計算された行動だったということ。それを知らずにまんまとあの亜人は勝利を確信して突っ込んできている。


 ――ナイフに塗られた"アレ"が当たればあの亜人でも動けなくなるだろう。そのうちにお荷物の吟遊詩人を殺して、魔物の死骸と亜人を連れて……。


 ビン! 罠にかかってタコ糸が切れる。ナイフが飛び出す。


「待ってメリヌ! なんかヤバい!」


 ――光の反射か何かで気づいたか。だが、もう遅い。亜人はもう先ほどのスキルモーションに入っている。避けられない。


「……つ、ぉおおおおおおおりゃあああああああ!」


 だが、男の予想は外れた。

 なんとサメの亜人は後ろで上がった男の声に反応し、振り上げた尾ひれを地面に叩きつけるようにしてひっくり返り自分の勢いを殺して、バックステップを決めたのだった。

 とんでもない運動神経。流石は亜人。だが、こうして回避したというということはもう勝ちは確定したようなものだ。


 男は懐から予備のナイフを引き抜く。そして反撃の隙を与えないように『ライジングカット』を発動。魔力によって推進力を得た男の体が一気に前へ飛び出す。サメの亜人は流石に反応できていない。


「お前の敗因は――」


 その時、男は生まれ始めて「は?」と理解が及ばずに情けない疑問の声を上げてしまった。


 ――なぜ、お前がここにいる?


 あり得ない。こいつは何もできないはずだ。たかが新米。しかも楽器すら持っていない吟遊詩人がついてこれるスピードじゃないはずだ。


「つまり、こいつのことをただの吟遊詩人だと思ったことだな」


 亜人の肩口を狙ったナイフは、後ろから迫っていた少年が体を抱き寄せることで空しく空を切る。

 そしてカウンターの要領で放たれたただの吟遊詩人であるはずの少年の拳が、男の頬に思い切り突き刺さる。その瞬間、ただの殴り合いでは聞けない痛ましい音が響く。


 吹き飛んだ男の体は地面に何度も打ち付けられて、最終的にぴったり歯が三本抜けるまで吹き飛ばされていった。


◇◇◇◇◇◇


「……うわぁ」


 この前、メリヌとこんな会話をした。

 俺のこの肉体強化の演奏って、実際にはどれぐらい強くなってるんだろう? と。


 メリヌは実感として一回り強くなっている気がしてるから凄い強いんじゃね、と言ってくれたが、それって色々ゲームをやっていた身からすると『計算方法』によるよなとも思う。

 メリヌにもう一人メリヌが増えたぐらいの筋力を"足す"のか単純に"倍"になっているのか。


 前者ならいつか物足りなくなる日が来る可能性があるし、後者ならいつまでも使えるぐらいに強い。

 だけど、今はそんなことどうでもいい。


「うぉ、ありゃ二十は飛んだな」

「まさかあんなに吹っ飛ぶとは。やりすぎた……」


 咄嗟にバフ有りの状態で殴るのは危険すぎる。こんなの普通に死人が出るぞ。

 しかも怖いのが、あれだけ大の大人を吹き飛ばすエネルギーを生み出しておいて、俺の拳に一切痛みがないこと。これはメリヌが実感している以上にヤバい。


 問題なのは計算方法じゃなく加算や乗算される『数値』だったか。


「っと、さんきゅ」


 俺の手を掴んで立ち上がったメリヌは、尾ひれで器用に服のほこりを払いながら言ってくる。


「お前がいなかったら最後の攻撃喰らってたかもな」

「俺も最初に助けてもらったしお互いにありがとうってことでいこう。それよりも、あの人大丈夫かな?」

「見に行ってみるか?」


 殺してたらどうしよう……。

 その後、メリヌに引っ張られながら男の人が吹っ飛んでいった方向へ探しにいったが、なんと三時間探しても探しても見つからなかった。


「逃げたんだろ。てことは私らの完全勝利だガッハッハ」

「…………ヤバいメリヌ。上見て」

「お?」


 完全に忘れてた。

 俺たちが今日、今まで何をしていたのかを。


「や、やべぇヒイロ! 早く荷車持って帰ろうぜ!」

「完全にやられたよ! 本当ならもっと回収できたかもしれないのに!」

「チックショウあの野郎! 今度会ったらもう何本か歯ぁ吹っ飛ばしてやるからな!」


 それにしても一体あの人はなんだったんだろう。

 俺たちはその後、帰り道で拾えるだけの魔物の死骸を集めてシジの街へと戻った。


 その途中、一応変な人に襲われた報告はした方が良いだろうということで、地面に残っていたナイフを一本持ち帰ることにした。


「ありがとうございました。こちらが報酬金となります」


 銅貨五枚。追加給金三枚。メリヌと半分に割って今日は銅貨四枚の儲けだ。なかなかいいな。変なおじさんに襲われる危険性はあるけど割のいい仕事じゃない?


「そういえば、なんでこの仕事ってこんなに報酬良いんですか?」

「ああ、それはですね。まぁ大前提として死骸の回収ってかなり汚れ仕事で引き受けたがらない人が多いというのもあるんですが、それよりも」

「なぁ! 早く飯食おうぜヒイロ! おなかへっちった!」

「あー、ちょっと待って! 今行くよ! すみません。それで、それよりも?」

「…………引き受けてくれた子がどんどん失踪しちゃうんですよねぇ。多分思ったよりもキツくて逃げちゃっただけだと思うんですけど」


 ナイフは報告とともに、ギルドへを提出した。何かが塗られていたらしく、お抱えの鑑定士に見てもらったところ、なんとそのナイフには『脱生気』が塗られていたと教えてくれた。


 ――脱生気。


 鑑定士の説明によれば、これは人間の体内に入った途端に拒否反応を起こしめまいや平衡感覚を狂わせるもので、おまけに体内の魔力を発散させるものだという。大人なら一週間。子供なら最低一か月苦しみ、運が悪いと死ぬことさえあり得る。


 珍しい効能の薬草でしか体外に排出させることが出来ず、魔力の発散により近くの魔物を引き寄せるので昔は残酷な処刑方法にも使われていたものらしい。


 ……一体、あの人は本当に何だったんだろう。何がしたかったんだろう。

ここまでお読みいただきありがとうございました。




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