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金がない!

「猫探し……薬草の仕分け、塗料運搬。ソロでも受けられる仕事でいったらここら辺かしら?」


 俺は今、今生最大のピンチに陥っている。

 ――金がない。 


 すぐギルドで依頼をこなして働けると思って高をくくっていたけど色々な理由でパーティー申請は通らず、異世界こっちに来てから一週間ぐらい経った今でもまだ無職状態。

 メリヌはミートス屋でバイトをしているからまだ大丈夫だろう。でも俺は……もう昼飯をちょっと豪勢にいってみようとするチャレンジ精神すら死につながる恐れがあるくらい金がない。


 そんな俺を見かねてか、なぜかギルドの酒場でいつもお酒を飲んでいるといういつもの親切なお姉さん(名前はクレアさんというらしい)が、色々教えてくれることになった。


「危険な依頼はジョブを取得済みでパーティー申請を通していないと請けられないけど、商会経由の民間依頼だったら誰でも受けることが出来るのよ」


 ギルド一階の酒場の横にある大きなものとは別の、階段脇にあった小さな掲示板を指さしてクレアは説明をしてくれた。

 そしてこの数日で大きく理解を進めたものがある。それはクレアさんとは関係なしで俺が勝手に気付いたものなんだが――それはこの世界の言語についてだ。


 この世界で使われている言葉を俺は最初から読み書きでき、また当たり前だが言葉として発することが出来るんだが、最初は何となく『この世界の言語を覚えている肉体が勝手に翻訳している』ぐらいに思ったんだが、どうやら違うらしい。


 だって、どう考えてもこの掲示板に張り出された依頼書に書かれている文字は日本語だ。俺が読み書きできて当然だ。

 メリヌによると今俺たちが使っている言葉は新制公用語というらしく、文字でいうところの漢字やひらがながそれにあたる。この他にも使われている言語が沢山あり、そちらを旧制公用語という。

 カタカナや新制公用語にはない表現などはどうも旧制公用語からの流れらしく、それが交わって現代日本語でも全く問題ない言語体系になっているようだった。


 そういった理由で俺は勉強をしなくても文字が分かるので、クレアさんの言葉も説明も完全に理解できるというわけだ。


 話を戻そう。


 クレアさんの説明によるとどうやらテニトス冒険者ギルドの方ではなく、テニトス商会ギルドを経由した日雇いバイトのようなものがここには掲示されているらしい。

 しょうがない。パーティーメンバーがもう一人見つかるまではこういう地味な仕事をしてお金を稼ごう。そうじゃないと飢え死にだ。

 これだと……。


「また音の出るフリーターに逆戻り……か」


「うん? なにか言った?」

「ああいえ何でもないです!」


 それからも中の酒場の一席に場所を移し、クレアさんは色々なことを教えてくれた。

 そういえば、この酒場の席は今では色々な人間が使い座り、立っている客の方が珍しい感じになっている。ここら辺で幅を利かせていたミステマがいなくなったおかげで、誰も怖がらずに酒場を利用できるようになったらしい。


「あと、一攫千金を狙うならやっぱりダンジョンがオススメかしら」

「ダンジョン? あーええと……ヤッパリソウデスヨネー」


 俺がこんな片言で喋らざるを得ないのはメリヌのせいだ。いや、おかげというべきか。

 メリヌはもう本当に一切の冗談抜き。ここで軽口でも叩いたら殺されると分かる鋭い目つきで「異世界出身なことは他の奴に軽々しく言うな」とのことなので、今後はなるべく他の人にはなるべくばれないような立ち回りをしていく予定だ。


 まぁ確かにバルコニーとこっちの世界以外にもまた別の世界があると他の人間が知ったら大変なことになりそうではある。

 ダンジョンってやっぱり有名なんだろうか? 俺としては知識がないからここの会話を広げすぎるとちょっと危険かもしれない。ここは一旦、適当に話を逸らすか。


「でも吟遊詩人だとダンジョンはあんまり向いてないんですよね? ダンジョンなんて俺には無理だと思いますけど」

「どうだろう。お姉さんはあまり聞いたことがないけれど。でも、あの時ミステマへ勇敢に戦いを挑んだ少年が言うセリフとは思えないわね」

「…………ぅ」

「うふふ、まぁいいわ。無駄な詮索はしないわよ」

「あ、ありがとうございます」


 うーん。俺の期のせいじゃなければこのお姉さんにはあんまり隠し事をしても無駄な気がするんだが……。


「あ、そういえばこれは知ってる?」


 と、クレアさんは小さな掲示板から一枚の掲示物を勝手に剥がして、机に置く。


『魔物の死骸撤去/契約金なし。日給銅貨五枚。撤去数によって追加給金あり』


 色々見た中でも、ソロやパーティー申請なしで挑める商会経由依頼の中ではかなり高額だ。

 かなり良さそうけど、なんだから他とちょっと毛色が違うような……。


「これは商会からの直接依頼らしいの。だから他よりもちょっと割高ね。ほら、この間の出会いの森での門の事件があったでしょう? その時に魔物が凄い出たものだから、その処理も大変らしいのよ」

「ああなるほど! その死体を片付けるってことですね」

「そういうこと。少し汚いと思うかもしれないけれど、手っ取り早くお金が稼げるわよ。お金に余裕が出来れば色々と手が回るようになるでしょ? ね」


 俺を見てクレアさんがウィンクをしたのは多分、はやくお金を貯めて楽器を買いなさいという意味だろう。

 どうやらあの時ミステマと戦ったことは他の冒険者には見られておらず、ミステマの仲間だった人たちも休養のためにしばらくシジを離れてしまったらしいので、俺のボイパで吟遊詩人のスキルが発動できることを知っている人はメリヌぐらいだ。


 まだクレアさんの中では俺は楽器すら持てていないヒヨッコにすら及ばない卵のような存在に見えてるんだろう。

 と、そこで俺はとあることを思い出した。


「……あ、そういえばクレアさん。カプの話なんですが」

「ええ、聞いたわ。残念だったわね」


 出会いの森の奥の集落にあったという吟遊詩人ギルドだが、なんと門の出現以降、忽然とその姿を消してしまったらしい。

 集落の他の人も殆ど消息不明になっているため、おそらくは門の出現で命を危機を感じ、北上しただけだと思う。とクレアさんは教えてくれた。


「何かを上達するにはすでにやっている人のところへ混ざるのが一番効率がいいのだけれど、困ったわね。少年、あまり気を落とさないでね」

「はい。俺は全然大丈夫です。でも、ちゃんと教えてもらった日にカプへたどり着けてれば……」


 吟遊詩人のスキルについては未だに謎なことが多い。

 とりあえず吟遊詩人のジョブが演奏を始めれば何かしらの効果が発動していることは分かるんだが、規則性とか明確なルールは感覚でしか掴めていない状態だ。


「過ぎたことを気にするのはやめましょう。でも、そうね。ギルドが行方不明になってしまった今、吟遊詩人のことを知りたいならオルバー中央都市の王立図書館にでも行けばいいんじゃないかしら」

「図書館ですか?」

「ええ、それにそろそろ王立(あっち)の司書さんが古書の分配に来てくれる時期だから、その時にでも聞いてみるといいかもしれないわね」

「そうなんですね! なんか色々ありがとうございます」


 いいえ、とクレアさんはパイプを咥えた美しい横顔に柔和な笑みを浮かべる。

 どうしてここまでこの人は親身になってくれるんだろうか。ちょっと気になるけど、人の親切心を疑うのはなんか嫌だし、まだ考えないでおこう。


「ところで、ずっと入口にいるあの不機嫌そうな女の子は、少年のことを待っているんじゃないかしら?」

「…………ヤベ!!」


 完全に忘れてた。昼は一回宿屋に戻ってメリヌと食べる約束だったっけ。

 とりあえず荷物まとめて……ああそうだ。依頼書は持っていこう。この依頼はかなり美味しいしメリヌも喜んで参加してくれるはずだ。というか、これぐらいの手土産ないと後が怖い。


「それじゃクレアさん。色々ありがとうございました。この依頼もメリヌと請けてくることにします」

「うん、頑張って。あと――」


 気を使ってくれていたのかずっとパイプの煙がこちらを向いていなかったために感じられなかった、特有の甘い匂い。

 最後にちょっとだけその匂いが鼻元を掠めたのは、


「頑張ってね少年。期待しているわ」


 微かに弾けた唇の音さえも聞こえるほど近くでクレアさんの声がしたのと、きっと関係しているだろう。


◇◇◇◇◇◇


「ヒイロ、私がどうしてここにいるか分かるか? おっちゃんのとこで朝から仕込みの仕事して、普通なら帰ってすぐ飯食って寝る、そのつもりだったのにお前が帰ってこないからもしかして何かあったんじゃねぇかと思って探しに来ってわけだが」


 ハッ、とこちらを軽く見上げて吐き捨てるように笑うメリヌだが、目の奥は全然笑ってない。心なしか歯もいつもよりギザギザだ。


「まさかギルドの中で真昼間から、それも一回り上の女といちゃ~いちゃいちゃ~いちゃ……」

「い、いちゃいちゃしてるか? ただ話してただけだけど」

「へぇ。じゃあ私も次からお前と喋るときは耳に息吹きかけられる距離で喋ろうかな」


 ジャギジャギ、とギザ歯をかみ合わせながら死んだ目を向けてくるメリヌ。下手に耳を近づけたら噛みちぎられそうだ。


「悪かったよごめん。時間のことは完全に忘れてた。でもほら、商会経由のいい依頼見つけてきた。これで一緒に稼ごう」

「……まぁ、許してやるか」


 依頼書に目を通すと、メリヌはようやく機嫌を直してくれた。


「銅貨5枚ってめちゃくちゃ破格だな。この前のアレ、猫一日中探し回って銅貨1枚だったのに比べりゃ随分と割が良いじゃねぇか」

「そうだね。正直アレはもう思い出したくないよ。結局見つけた猫は違う子で、本物は家の中にいたんだもん」

「そんでその違った猫の飼い主を探し回るのにもう一日。ったく、探してやんなきゃ可哀想とか言い出した誰かさんのせいで次の日はタダ働きだったっけか」

「…………まぁまぁ、結局猫の飼い主から晩御飯奢ってもらったからいいじゃない」

「いーわけあるか! 人に善意振りまいてけるほどまだ私ら裕福じゃねぇぞコラ!」

「おもいおもいいだいだい! 背中に乗っかって首筋を噛むな痛いから!」

「重いはよけーだろが――って、ん?」


 するする、と滑るようにメリヌが背中から落ちた時、ようやく俺も不可解な"視線"に気づいた。

 街頭。人通りの多いところはこの三日間で大体分かってきた。

 人の集まるところ代表はもちろん商店通りだ。もうこれは説明しなくても分かると思うが、様々な店が軒を連ねているので、昼間は特にそこへ人が集中している。


 テニトス冒険者ギルドも忘れちゃいけない。これは中も外も冒険者でいっぱいだ。民間の人も依頼掲示のため来ているため、深夜の閉まる直前まで結構人は多い。

 そして最後、見落としがちなのは実聞巡板だ。実聞巡板には寄稿組合と呼ばれる実聞巡板に情報を乗せるため商会がいくつかあるらしく、色々な組合が日替わりで張り出されているという。


 その中でも、今日のような週終わりに張り出される『治癒より治療』という一風変わった寄稿社が人気で、この日は実聞巡板の前に沢山の人が集まる。


『オルバー地方統括領主、亜人の追い出し政策に意欲的。対亜人私人制圧制度実現か。中央で可決されれば亜人による暴力行為を冒険者が合法制圧可能に』


 張り出された文言と、俺の首筋の噛み跡、奇跡の合体。結果、実聞巡板前の大半の人たちが俺たちに視線を向けられているというわけか。


「じゃ、じゃれてるだけで~す。ね、メリヌ?」

「うっせぇ! いいから早く帰るぞ。宿屋の飯なんて冷めれば冷めるだけまずくなんだからな!」


 ミステマがいなくなったからといって、この世界が変わるわけじゃない。

 相も変わらず亜人のことが嫌いな人がいて、どうやらオルバーはそういうのが他の地方よりも強いらしいとクレアさんから聞いた。

 強がってるけど、意外と繊細なところもあるメリヌだから内心傷ついているかもしれない。


「おなか減ってる?」

「減ってるに決まってんだろ。誰かさんのせいでな」

「おじさんのところでミートス買って帰ろっか」

「んな余裕ねぇ! 無駄遣いすんなアホ!」


 ああ、大丈夫だ。アホが言えてる時のメリヌは本当に全然気にしてないときだから。


「ダメだ。やっぱ腹立ってきた。もっかい噛ませろ!」

「はいはい。お好きにどうぞ――っておも! いだい!」

 たぶん……きっと。

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