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第二話 デミアン・カスタニエ

 たとえ、相手が不幸な境遇にあったとしても、自分がその不幸に巻き込まれたのなら、同情などできないものだ。

 

 私は、アカデミーを予定より二年早く卒業し、春から、母校で教鞭をとることが決まっていた。学生寮から職員寮へ移る準備を始めた矢先、父から、命令が下った。

 単なる帰郷ではなく、ただちに寮を引き払い、帰還するようにと。理由は何も知らされなかった。

 私は納得できずに、ほとんどの荷物を寮に残したまま、カバンを一つだけ持って馬車に乗った。

 その時点では、父を説得し、アカデミーに戻るつもりでいたからだ。

 私は、カスタニエ家の三男として生を受けた。後を継ぐ予定がなかったため、幼い頃は将来魔塔に所属の魔法使いになるつもりでいた。叔父が、皇室付きの魔法使いをしていた影響だった。しかし、魔法使いになるには魔力が足りず、学者を目指すようになった。

 私は、知識を深めることに適性があった。そのため、アカデミーの課程を成績優秀者として、早期で終えることができた。

 夢が叶い、アカデミーで生徒を指導しながら研究を続けられる環境を手に入れた途端、家に帰るよう命じられたのだ。

 父から、家に呼び戻された理由を聞いたときに、私は怒りのあまり父の執務室から飛び出した。

『サトーレ家の一人娘の家庭教師』

 私は、そんなくだらない役割のために、呼び戻されたのだ。


 現当主である私の父は、ヴィルバック侯爵ジョルジュ・サトーレの側近だった。カスタニエ家の当主は代々、ヴィルバック侯爵と親しい関係を保ってきた。

 ヴィルバック侯爵領は、帝国の最北、かつてはドラゴンの生息していた山脈の麓にある。サトーレ家は、帝国建国から続く由緒ある騎士の家門だ。一方、カスタニエ家は三代前の当主が男爵の爵位を授かり、侯爵領と隣接する小さな領地を管理していた。もともと、学者をよく輩出する家系で、サトーレ家に知識が豊富な人材を提供する代わりに、有事の場合には領地を守ってもらう関係にあった。

 父が、サトーレ家からの要請を断れないのは、理解できる。

 しかし、なぜ、私でなくてはならないのか。

 カスタニエ家には、令嬢の家庭教師を簡単にこなせる人材がいくらでもいたはずだ。

「侯爵のご指名だ」

 父はそれ以外には何も教えてくれなかった。


 腹を立て部屋を飛び出したものの、決定が(くつがえ)されないことは理解していた。

 私は、深呼吸をしたのち、父の執務室に戻った。

 父も私の憤りに理解を示してくれ、特に咎められはしなかった。

 私は『数年の我慢』と覚悟を決め、期間やその他の条件を確認した。

 

 侯爵家に、一人、令嬢がいることは知っていた。しかし、公の場には一切現れないため、父も含め、私の周囲に令嬢を見たことがある者はいなかった。

 年齢は、十三歳になったばかりだと聞かされた。

 聞けば聞くほど、なぜ、私が教えなければならないのかという思いは強まった。

 そして、令嬢に関して知ったことはいかなることも口外してはならず、箝口の魔法をかけられることが条件に含まれていた。

「魔法などなくても、口外はしません」

 さすがに抵抗してみたが、父は顔を横に振った。

「万が一、他の誰かの手によりご令嬢にまつわる情報が漏れた場合、お前が真っ先に疑われる立場となる。そうなると、家門ごと処分されるやもしれない。箝口の魔法をかけられていれば、疑われるずに済む」

 一体、何をそこまで隠したいのかと疑問を抱いたが、それだけ厳密に守られてきた秘密が今この場でわかるはずはなかった。

「すべてを受け入れるしかないのですね」

「お前にとっても、決して、悪い話ではない」

 私にとって、なかなかないほどに“悪い話”だった。

 父にしてみれば、三男である私の夢を犠牲にするだけで、家門を守れるのだ。当主としての、当然の判断だった。

 運が悪かった。そう思い、諦めるしかなかった。

 もう一つ、どうしても受け入れ難いことがあった。

 家庭教師の期間が、五年間とされていた。長くても二年ほどで研究へ戻れると考えていたのに、あまりにも長すぎる。

 この点は、令嬢が期間を短くしてほしがるように仕向けるしかなかった。あくまで、指導方針として問題のない範囲で厳しく接し、嫌われる必要がある。

 どうせ、侯爵家の令嬢は、プライドが高く我儘な性格をしている。上手くいけば、数ヶ月で解任してもらえるかもしれない。

 

 私はアカデミーを出るときには、帰郷だけのつもりでいたため、何も手続きをしてこなかった。淡い期待を抱きながら、しばらく休職の形にしてもらえないかと、魔法通信で連絡した。

 そして、私の直属の上司になる予定だった教授から、父がすべて手続きを終えていたことを、知らされた。

「君にはぜひ残ってもらいたかったが、侯爵家からの要請があったと聞き、断念した」

 私は一縷の望みも絶たれ、教授になんの言葉も返せなかった。

「誰も彼も侯爵の顔色をうかがうのか!」と、怒りをぶちまけたい衝動を必死に抑えた。

 たとえ、政治には関与しない独立した存在のアカデミーであっても、帝国の中で指折りの大貴族である侯爵家には気をつかうのだろう。

 私はすぐに気持ちを切り替えた。

 アカデミー以外でも研究はできる。自由にさえなれぱまた道は開ける。

 私は、『令嬢に嫌われる』という新たな目標のために努力すると決めた。

 数日後、私は挨拶のため、侯爵邸へ向かった。

 そこで私は、令嬢が敷地内の塔で暮らしていることを知り、衝撃を受けた。

 大きな屋敷の屋根よりも、数倍高い塔の最上階に令嬢はいるという。幼い頃に叔父に連れられて見た魔塔に近い高さだ。

 侯爵夫人の後に続き、螺旋状になった階段をのぼりながら、私は、令嬢が塔で暮らさなければならない理由を考え続けた。

 普通なら虐待を疑うが、娘のことを話した時の侯爵や侯爵夫人の様子から、それはないと思えた。

 今も、侯爵夫人はこの高い塔の階段をなんなくのぼっている。頻繁に通っている証拠だった。

 全く見当もつかないまま、最上階の部屋にたどり着いた。

 扉が開き、中に入って令嬢の姿を見た途端に、私は全てを理解した。

 令嬢の家庭教師に選ばれたのが、なぜ、私だったのかも。

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