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交換

作者: 超座布団

初投稿、一話読みきりです。

ちょっと奇妙な作品です。


お手柔らかに。

男はこの世のすべてに絶望した。


男手一つで育ててくれた父を失い、人脈を失い、職を失い、とうとう家まで失った。

手元に残ったのはカビたパン2切れと、30万というはした金のみ。

人生をやり直そうという気力は既に消え失せ、ただひたすら冥土に旅立つことだけを考えていた。


時刻は午前3時、場所は繁華街から少し離れた路地裏。そこには酒を片手に事切れたかのように眠る老人、段ボールにまとわりついて暖をとる半裸の壮丁、水晶をまじろぎもせず見る黒装束といった、日中はお目にかかれないパーソンが生息している。

あまりの異世界感とおどろおどろしさに、ここで一夜を明かすだけでおのずと自身の目的が達成されるのではないかと男は考え、一文無し生活の初日――同時に最終日となるかもしれない運命の一日――はこの路地裏でじっとしていることに決めた。

浮浪者は金の匂いに敏感だろうという浅い思考をもとに、懐に忍ばせた30万に全幅の信頼を寄せ、男は黒装束の隣に静かに座った。下水と卵が混ざったような強烈な匂いはあったが、数時間歩きっぱなしの男の足は限界を迎えており、鼻から感じる苦痛よりも身体を休められる幸福感がはるかに勝り、安堵した。それも束の間、音に反応したのか金に反応したのか定かではないが、黒装束がねっとりと話しかけてきた。


「お前さん、死にたそうな顔をしているねえ。」


その一言は、常識の範囲ではかる初対面の挨拶としてはあまりにも無礼だが、この異世界に限っては核心を突くものであり、男はたじろぎながら返した。


「だったらなんだというのですか。」


語気を強め、黒装束をにらみつける。決して男は怒っておらず、この挑発的な態度は破滅への第一歩となると確信して選んだものだ。このまま逆上して葬り去ってくれてもいいのだぞ、と男は期待した。しかし、黒装束のつづけた言葉は意外なものであった。


「能力が余っていて困っているんだ。生きるために使ってもいいし、死ぬために使ってもいい。1回15万円で買わないかい?」


怪しい身なりに違わず、怪しいビジネスを持ちかけるような内容。健常者であれば話も聞かずに帰ってしまうだろうが、すでに捨て鉢になっている男は金を効率よく手放す絶好の機会だと思い、疑う余地もなく即答した。まだ能力の詳細すら聞いていないのにだ。


「30万あります。2回買わせてください。」

「まいどありい……では、水晶を20秒覗き込みな。10秒ごとに能力が流れてくる感覚を味わえるぞ。」


金を黒装束に渡し、言われた通り水晶を覗き込む。10秒後、頭に浮かんできたものは――




【能力:下位交換】

念じるだけで他人の所有物と自分の所有物を入れ替えることができる。ただし、交換に必要な条件として、自分の所有物よりも相手の所有物の方が劣っていなければならない。また、同じ名前で定義されているもの同士でないと交換できない。




「なんだこれ……必ず下位互換のものが手に入るということか?上位互換ならともかく、これは使い道があるのか?お金も失い、もはやカビパン2つと服しか身に着けていない俺が、何をできるというのか?カビパンから泥水パンにでもグレードダウンさせるか?そもそも試そうにもたった2回か……」


想像より使いにくい能力であり、男は困惑した。20秒経ち、水晶から目を離す。黒装束はそれを見届けた後、闇の中へ逃げるように消えていった。


「まあ、どうせお先真っ暗だ。有効活用できそうなら遊んでみて、無理なら紛争地域の人と居場所を交換して人生を終えるか。」


いくら絶望したとはいえ、元々は戦略性のあるゲームが大好きだった男。未知の能力を前に、無限にある時間を費やして使い方を考えるのは楽しいと感じた。


男はネックになる「下位のものとしか交換できない」という部分に注目し、一般的に劣っていた方がよいものを考えた。マイナスにマイナスをかける要領で、負を象徴するものを色々と列挙してみることにした。

「罪悪感」「劣等感」「孤独感」といった感情や性格に関するものが次々と浮かんだが、実体のない概念に対して有効かどうか怪しい。交換相手の内面も完全に理解するのは難しく、正確性に欠ける。もっとも、ネガティヴ思考や鬱の程度を交換できたところで、金も家もないがとにかく明るい人物になってしまうのは実に奇妙である。それなら暗いまま逝きたい、という流れでまずは感情・性格の線がなくなった。

借金はしていない。病気もない。空腹感やクレジットカードの支払額は一時しのぎ。実体のあるものを考えても、それがプラスに変わってくれるわけではなく、良くても0になるだけである。普通の生活をしている人間であれば十分な効果が期待できるが、何も持っていない男には焼け石に水だ。どれだけ考えても生きるルートは見つからず、負の属性を持つ、概念的でないものの線もなくなった。

「運の悪さ」という博打的なものも考えてみたが、これも交換相手のステータスが分からず二重博打となるため却下した。


気づいたら夜が明けていた。未だに男から有力な使い道が捻出されることはなく、とうとう投げ出してしまった。


「能力ひとつすらうまく使えないなんて、俺、本当にダメだな……」


悲観した男はふと、亡くなった父のことを思い出す。男が物心ついた時から、母はおらず仕事と育児を両立してくれた父。こうやって何かを諦めようとしたときも、小言は言わずひたすら「頑張れ!!」と鼓舞してくれたこと、大会でうまく結果を残せなかったときは「自分を元気づけられないときでも、他人を元気づけられるように行動しよう」と諭してくれたことは、芯まで腐って天に旅立とうとする男の、最後のブレーキとなっていた。


男の人生は、あの事故のときに一変したのだ。男が高校生のとき、歩きながら携帯型ゲーム機のオンライン対戦に夢中となっていて、猛スピードで突っ込んでくる車に気づかなかった。視線を横に移した時には車体が鼻先まで来ていて、もう間に合わないと思った。そこからの記憶があいまいで、気づいた時には病院だったが、男は確かに、自分の背中をギリギリのところで押して助けようとする、父の威厳ある手の感触を覚えていた。事実、入院中に男に告げられたのは、勇敢な死を遂げた父の訃報であった。


それから高校に復学した男は、一切の会話を他人とできなくなってしまった。自分の不注意、それも小学生レベルの不注意で起こした凄惨な事故、それを尻目に自分だけ生き延びる罪悪感、父への申し訳なさ、そういった感情が脳内の9割9分を占め、他者と会話するエネルギーを持ち合わせていなかった。結果、自然と友達はいなくなっていった。男の自決にたいする願望は、このころから始まっていたのだ。


大学にも行けず、土方として働いてみるも挫折。会話ができないのは勿論、周囲に対する劣等感もあった。友人の話、結婚の話よりも、男にとって最も辛かったのは親孝行の話だ。父が生きていればどんな恩を返せるか、を考えるだけで頭痛がしたのである。


仕事を続けられなくなり、家にこもる生活。物欲がなく、父の遺産も相まってそれなりに貯蓄があったが、職がない状態での支出は致命的であり、気づけば10分の1の30万になっていた。資金が減ることよりも、これまでとは比にならない孤独感の方が不安をあおっていた。会話がなくとも、周りに人がいるかいないかでは天と地の差があると男は思い知った。


しぶとく生きていた男にとどめを刺したのは、アパートの隣室からの火災だった。保険未加入、家具全焼。悪運までついているとなると、いよいよ神なる存在から生を否定されているのだろうと考え、昇天したいという願望は最高潮に達したのだ。


「ああ……この能力は高校生のときに欲しかった!不注意さを交換できればあんな事故は起こらなかった!!あるいはゲームへの依存度を交換すればよかった!!本当に……この世界は俺に対してあたりが厳しすぎる。」


男は立ち上がり、路地裏を去った。彼が向かった先は――





【入交家之墓】


「父さん、俺、自分を元気づけるのはもう無理みたいだ。教えてもらったとおりにするよ。でも、俺が元気づけたいと思える人は、この世にもう一人もいないんだ。」


男は念じた。刹那、男の全身が光りだす。彼はやっと、自分の願いを叶えるための使い方を見つけたのだ。

3年ぶりに穏やかな表情を浮かべた彼は、能力を発動し終えると、全身が粉々になった骨と化し、絶命した。








【路地裏】


「おや、また会ったねえ。3年ぶり。能力は気に入ったかい。そういえば、昨日お前さんによく似た兄ちゃんが能力を買っていったねえ。」


「ああ、最高の能力だった。おかげで息子は立派に成長したよ。」


「ほほう、自分の息子と身長でも取り換えたのかい?」


「いや、そうではないな。それより、また能力を売ってくれないか。30万で2回買おう。そしてそのよく似た兄ちゃんってやつには、もう能力は売らないでくれないかな。」



交換 -Fin-



読んでいただきありがとうございました。


最終的な能力の使い道については皆さんの想像に委ねます。


あなただったらどう活用しますか?

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