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第2話 「出会う」

挿絵(By みてみん)

「……おい! ――……かよ!」


 遠くで声が聞こえる。ああ、これは〝みゆん〟の声……ではない。どう考えても小学生かそのくらいの幼い男の声だ。


「おい! 大丈夫か?」


 なんだというんだ。Lippin'ガールズのライブに行ったはずの俺がなぜ小学生の男児なんかに……「うおぅっ!!」


 薄らと目を開け、横たわっていた身体を起こすとそこには大きなトカゲのような生き物がいて、こちらを見ているではないか。

 俺は思わず変な声を上げてしまった。


「なんだよ、失敬だな」


 トカゲは言う――喋った?!


「そりゃ喋るだろうよ。お前は猿か?」


 俺は慌てて首を横に振る。


「俺だってトカゲじゃねえ。お前、格好だけじゃなく、中身も変なのな」

「……は? それ、どういう――」



 ふと気がついて見て少年?の身体を見てみると、漫画やゲームで見たことのあるような皮の防具には剣が剥き身で下がっている。


「……何者?」

「俺は()()のブレイグだ。グレアロックの洞窟へ入るのは三回目。おじさんのような初心者とは違うんだ」


 ブレイグが差し出したその手は当たり前だが鱗に覆われており、だが確かに人間の手のような形をしていた。


「今更手に泥が付いたからってどうってことないだろ」

「あ、あぁ……」


 俺はブレイグと握手を交わして、言った。


「リオンだ。おじさんじゃない。ここへはある女の子を探しに来たんだ。ものすごく可愛くて、華奢で、明るくて聡明で歌がうまくて人に勇気を与える……」


 握ったブレイグの手は驚くほど冷たかった。やはり変温動物なのだろうか。その頭には髪の毛や人間の耳のようなものはなく、ただ碧色の綺麗な鱗に覆われている。


「な、なんだよ、人のことじろじろ見て。俺が華奢な女の子に見えたか?」



「おにいちゃん!」


 そのときだった。グレイグの背後から可愛らしい声がして、華奢な少女が現れた。が、それは〝みゆん〟では全くなく、やはりトカゲのような鱗に覆われた女の子だった。


「……ミリア! お前、こんなところで何してるんだ」


「おにいちゃんこそ、わたしに黙って宝探しなんてずるいんだから!」


 こちらも俺の知る人間の格好とはかけ離れており、手織り物を身体に巻き付けたような簡素な服に幾つかの装飾品がいわゆる民族衣装といった独特な雰囲気を醸し出している。

 失礼とは思いつつも、やはりその珍しい人間の姿を眺めていると、ふと大きな黒目がこちらを向いた。


「……この人!」

「知り合いか?」とグレイグ。

「まさか!」俺は答える。

 もちろん、知り合いであるはずがない。そもそも俺の名前を知る異性など母親とLippin'ガールズと仕事先の事務のおばさんくらいなもんだ。


「……でも、わたし知ってるよ――この服、さっきも見たもん」


「それ、どういう…………!」



 そういうことか!

 俺は思わず立ち上がり、まだクラクラする頭で走り出した。

「リオン!」と背後でグレイグがその名を呼んでも止まるわけにはいかない。ただひたすらにミリアと呼ばれた少女がやってきた方へと走った。


 それまでただぼうっとしか見ていなかったが、ここはもはやライブハウスの地下でもなんでもなく、深い洞窟の中だ。足元は舗装もされておらず、松明だけが点々と灯っているおかげで辛うじて自分の足元が見える。


 みゆん! どこだ、どこにいる!


 推しの尊い名前が洞窟内に響く。それはまるで一筋の閃光のように俺に一瞬の安心を与えてくれる。

 だが、洞窟は深く、辿り着いたのは三つの分岐点と青々とした地底湖のある広間だった。尊いその名が地底の壁に、天井に、水面に反響する。こんなところでライブをしたら話題になるだろうな。

 なぜかしらそんなばかげたことが思いついたが、肝心なみゆんの姿はそこにはなかった。


 おそらく、ミリアが見たのはメンバーカラーのTシャツなのだろう。ライブ後の物販でよくメンバーが衣装の上から着用しているもので、ファンは思い思いに自分の推し色を着用してライブに参戦するのだ。


 地底湖に映る〝みゆん〟のカラー、グラスグリーンのTシャツ。ミリアがそれを見たということは彼女もこの訳の分からない洞窟に迷い込んだということだ。

 ちなみに俺のTシャツは購入特典でゲットしたサイン入りのものでライブの日にしか着用しないものだ。よくよく見ればずいぶん汚れてしまっている。ああ、もう最悪だ。



 と、思っていたが、それはちっとも最悪なことではなかった。


「ガルワァアァァァァッ!!」


 突然、耳をつんざくような咆哮がしたかと思うと、肩から背中にかけて冷たい突風が吹いたかのような衝撃が走った。


「なっ、なんなんだよ……」


 そう言った次の瞬間、俺は背中に何かどろりとしたものが垂れるような嫌な感覚を覚えて顔が歪んだ。


 う、うそだろ……。


 恐るおそる振り向くとそこにはゆうに5メートルはあろうかという大蛇がよだれを垂らしてこちらを見つめていた。

 背中に手をやるとその牙にやられたのか、すでにTシャツは裂けており、剥き出しになった俺の背中に大蛇のよだれがべっとりとついている。


「リオン、何をしている! 炎の魔法を詠唱するんだ!」


 あとを追ってきてくれたのか、グレイグとミリアの兄妹が俺に言う。そうか炎の魔法……なんてできるはずもない。


「リオン、これを使って!」


 おろおろしている俺にミリアが何かを投げ渡した。


「このメイスがあれば魔法使えるでしょ?」


 メイス……?! 俺は思わず目を丸くする。そんなもの、ゲームでしか聞いたことがないし、そもそも杖があろうとメイスだろうと魔法など使えるはずが――。



 投げられたメイスを掴んだとほぼ同時に辺りを眩い光が包む! 普段、洞窟の暗がりで暮らしているからか、大蛇はその光に驚き、あっという間にどこかへと逃げてしまった。


「た、助かった……」




 ふと手元を見てみると、明るさに少し慣れてきた目にある文字が飛び込んできた。


【ON / OFF】


 そこを親指で押してみると、眩い光はあっという間に消え去った。


「すごいね、リオン。あなた上級魔法使いだったなんて」


 え……?

 俺は手に握ったメイス――いや、Lippin'ガールズのペンライトを見た。LEDが仕込まれたアクリル部分にロゴが印刷されたそのペンライトは彼女たちがライブ配信アプリの「ガチイベ」で勝ち取ったものだ。

 俺のリュックを持ってきてくれたミリアはその中で最もメイスに似た形をしたそれを渡してくれたのだという。



 カチッと俺はペンライトのスイッチを押した。そして電源ボタンの下部にある色選択ボタンと点滅ボタンを適当に押した。


「す、すげえ! なんだよ、それ。なんて魔法だ? なんで無詠唱でできちまうんだ……!」


Lippin'(リッピン)ガールズ――それが我が師の属する魔導団の名だ。そして大魔導師みゆん。彼女こそ敬愛する我が師にして至高の魔法使い……。彼女に会えば君たちもこの力を授かることができるであろう――」



 俺は背筋を伸ばして出来るだけ胸を張り、講釈を垂れた。実際に、〝みゆん〟をはじめ、メンバーたちはほとんど魔法使いのようなものだ。

 あのパフォーマンスや笑顔やなんでも懸命に頑張る姿には大蛇だろうが一風変わった人間だろうが、少女だろうが首ったけになるだろう。


「さぁ、ミリアよ。最後に我が師を見た場所へと案内するがいい」

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