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第六話 復讐者

 転生から一週間、おれは最高の日々を過ごしていた。


 なにせおれはいま高級レストランのオーナーだ。

 金はたっぷりあるし、店の料理はもちろん、シェフに頼めばあらゆる豪華メニューを味わうことができる。


 街にはいろいろ娯楽もあるが、おれはなによりグルメが一番だ。

 ちょっと大通りを歩けば、庶民の味から名店のフルコース、土地の人間でも顔を(そむ)けるような珍味まで、ありとあらゆる食いものが手に入る。


 ただしおれは文字が読めねえ。

 神様からもらった魔法“翻訳”で会話はできるが、ガキの読む本さえ理解できねえ。


 そこでおれはアンに文字を教わっている。

 こいつは転生当日におれをだまして高級料理をおごらせようとした悪党で、いろいろあったが店に併設(へいせつ)されたオーナーハウスで同居している。


 女の子がこんなことになって親が心配しねえかって?

 おれも最初そう思ったんだが、なんでもこいつは働くのがいやで実家を飛び出し、各地で詐欺(さぎ)をはたらいては、捕まらないよう転々と旅をしてきたらしい。

 とんでもねえやろうだ。


 しかし本当に気ままなやろうだ。

 なんせこいつが寝泊まりしてるのは死んだ元オーナーの寝室だ。

 おれだったらヤツが化けて出るんじゃねえかと思って眠れねえ。

 なのに平然と寝るどころか、部屋を好き放題模様替(もようが)えして、扉に「アンの部屋」とでっかく書きやがった。


 先日なんでそんなことするのか訊いてみた。

 したら、


「だって、あんたもし女ができたらあたしを追い出そうとするでしょ。そうならないよう、しっかり見えるように書いといたの。お金がある限りあたし出て行かないから」


 だとよ。

 かといっておれの彼女ってわけでもなく、


「オーナーになれたのはあたしのおかげなのよ。つまりここにあるお金はあたしのもの。だからいっしょに住んでるの。言っとくけど絶対あんたと結婚しようなんて思わないし、間違っても変な気起こさないでね」


 なんて言われちまった。

 けっこう好みなんだけどなぁ……ちぇっ。


 でも別にきらわれてるわけじゃない。

 むしろ仲よく暮らしてる。

 今朝だってパジャマで向かい合っておはようを言って、今日はなにしようとか、どんなもの食べようとか、笑顔で相談していた。


 そんなおれたちは普段着に着替え、厨房へ向かった。

 オーナーにはいくつか仕事があり、そのうちのひとつが「ソースの味見」だ。

 帳簿やら取引やらいろいろやんなきゃいけねえことはあるが、たいがいのことは店長を雇うことで解決している。

 だが店の味を決めるソースだけはオーナーが仕切らなきゃいけねえ。

 それがこの店のルールだ。


 つったって、たいがいうまいよ。

 なんせうちのシェフは一流揃いだ。

 鍋や寸胴からすくい出されたソースはどれもひと舐めで納得のいくものだった。


「よし、じゃあメシをもらうぜ」


 おれたちは毎朝この仕事のついでに朝食をいただく。

 朝だから軽めのまかないだ。

 とはいえプロの作るメシはご家庭の味とは一線を(かく)し、グルメのおれをうならせてくれる。


 食うのはいつも休憩室だ。

 オーナーハウスに持って行ってもいいが、それだと片付けがメンドウだからな。


 しっかしオーナーってのはいいなあ!

 働かねえでも贅沢できて、部下たちがなんでもやってくれんだからよ!


「このソーセージおいしいわねー!」


 アンがうまそうに食いながら言った。


「このゆでたまごが入った巾着(きんちゃく)もすごくおいしいー! ホワイトソースが合うわー!」


「ああ、ごはんが進むな!」


 おれは相槌(あいづち)を打ち、箸を進めた。

 うまいメシ、過ごしやすい家、目の前には笑顔の美少女。


 最高だ。この生活がいつまでも続いてほしい。

 心からそう思う。


 ——そこに、


「オーナー、ちょっといいですか?」


 ボーイがひょいと顔を出し、なにやら気まずそうに言った。


「なんだ?」


「あの……お客様がいらっしゃいまして」


 え? まだ開店までだいぶあるぞ?


「いえ、食事客ではなく、オーナーにご用があるとか……」


 おれに?


「その……なんでも息子さんだそうで……ずいぶん怒ってまして……」


 息子……?


「へー、あんた息子いたんだ。びっくり」


 なに言ってんだよアン。おれに息子がいるわけねえだろ。

 この世界に来たのは一週間前だし、そもそもバリバリの童貞だ。


「そうよね、どう見ても童貞よね」


 うっ、うるせえなあ……


「とりあえず来ていただけませんか? お食事中のところ申し訳ないんですが……」


 とボーイがペコペコ頭を下げて言った。

 その背後から、


「どこだ! 人殺し!」


 男の叫ぶ声が聞こえてきた。

 なーんか物騒なこと言ってんぞ?


「ねえコトナリ、もしかして息子って前のオーナーのじゃない?」


 え?


「あたし聞いたことあるわよ。ここの息子は料理修行の旅に出たって。もしかして帰ってきたんじゃない?」


「それなら怒ってるのも辻褄(つじつま)が合いますね」


 ボーイがポンと手を叩き、


「なにせ実の父親を殺され、店を乗っ取られたんですからね。もしそんなこと知ったら復讐の鬼となって、たとえ地の果てからでも帰って来るでしょう」


 え、それってやべえんじゃね?


「あんた逃げた方がいいんじゃない? 殺されるかもよ」


 アンの言葉に、おれのケツが一ミリ浮いた。

 たしかにそうなってもおかしくねえ。

 勝負中の事故とはいえ、おれの料理を食らってKOしたってことは、おれが殺したも同然だ。

 こんなことで殺されたらたまったもんじゃねえ。


「よし、逃げるか!」


 おれはそう言って立ちあがろうとした。が——


「おまえか! 異世界人というのは!」


 しまった! ここまで入って来やがった!


「よくも父さんを! よくも店を!」


 そいつは怒りに燃えていた。

 見たところ二十歳前後で、なかなか凛々(りり)しい顔立ちの好青年だ。

 旅でもしてるのか服はボロボロで、ところどころ穴が空いている。

 親父と違ってバケモノヅラじゃねえが、目元が似ており、睨み方なんかそっくりだ。


 そいつが右手に包丁を持ち、刃先をおれにまっすぐ向けている。


「ちょっと待て! 誤解だ!」


 おれは両手を「待て」のかたちで前に出し、ボーイの陰に逃げながら言った。


「あれは勝負中の事故だ! それに店をもらったのは合意の上だぜ! ちゃんとジャッジも了承してる!」


「そんなことはわかっている!」


 へ?


「おれも料理勝負で武者修行をしてきた男だ! 店を賭けて負ければ奪われるのは当然だし、事故なら仕方がない!」


 なんだ、わかってんじゃねえか。

 じゃあなんで怒ってんだ?


「だが、この勝負はおかしい!」


 なに!?


「おれは親父の訃報(ふほう)を聞いてすぐ戻って来た! ショーンズ・キッチンといえば近隣では有名だからな! そこかしこで話題になっていたよ! オーナーが負けて店を奪われ、しかも事故で死んだとな!」


 へえ、ここってそんなすげえ店だったんだ。おっさんやるじゃん。


「おれは親父の墓に手を合わせようと、修行を中断して戻ってきた! 開店後では邪魔になるから、朝のうちにと思って顔を出したんだ! そして昔馴染みのシェフに話を聞いたら……これはなんだ! メチャクチャじゃないか!」


 なんだよ、なに怒ってんだよ。


「なぜオーナー・シェフがのんびりしている! なぜ店長なんてものを雇っている! 聞けば毎日遊んでいるというじゃないか! しかもあのソース! 親父を倒した腕がどれほどかと思って舐めてみれば、ろくな調整がしていない! まったく新しい味に変わっているならともかく、親父のソースのバランスが崩れた劣化品じゃないか!」


 あー、そんなに違った?

 十分うまかったけどねぇ。おれそこまでわかんねえよ。


「これで親父を倒しただと!? デタラメを言うな! なにかインチキしたに違いない! 親父の事故死もおまえがなにかしたんだろう!」


 ドキーッ!


「ち、違うよ〜! おれはカレーを作っただけだよ〜!」


「嘘をつけ! 毒でも混ぜたんだろう!」


「ち、違うって〜〜!」


 おれはしどろもどろしながら、なんとか取り(つくろ)おうとした。

 なんかもうぜんぶバレてるような気がした。


 そこに——


「シロッコ坊ちゃん」


 扉の向こうから年季の入ったシェフが現れ、言った。


「お気持ちはわかりますが、包丁を人に向けるのは料理人の名折れ。まずはその手をお納めください」


「ぐっ……そうですね……」


 シロッコと呼ばれた息子は歯を食いしばり、包丁を降ろした。ホッ……


「坊ちゃん……坊ちゃんはどうなされたいのでしょうか」


「おれは……わからない……こいつを殺してやりたいとも思うし、それがいけないことだともわかっています……」


「なら、料理勝負を挑んではいかがでしょうか」


「……!」


 シロッコの目に強い光が宿った。

 シェフは言った。


「たとえ復讐をしてもクロッコオーナーは返ってきません。しかし店の権利を賭けて勝利すれば、少なくとも本来あなたが継ぐはずだった店——オーナーの形見が返ってきます」


「……それだ!」


 シロッコはビシッとおれを指差し、


「おい! おれと店を賭けて勝負しろ!」


 と、まるで主人公みてえな眼差しで言ってきやがった。


 だけどさあ……


「やだよ」


「なに!?」


「だって、負けたらオーナーじゃなくなっちゃうじゃん。そしたらおれ、スカンピンじゃん」


「そうよ! この店はあたしたちのものよ! あんたなんかに絶対渡さないんだから!」


 アン! その通りだぜ!


「く……うぐ……!」


 お〜、すげえ怒ってる。でも受けなきゃいいだけだし〜。

 つーかそもそもさ、


「おまえなに賭けるんだよ。店の権利に見合うもん持ってんのか?」


「これだけある!」


 シロッコはふところからジャラッと財布袋(さいふぶくろ)を放り投げた。

 それをアンが拾い、中を見ると、


「なによこれ。大金ではあるけど、店の貯蓄の十分の一にも満たないわ」


「おれがいつか店を継いだときに改装工事に充てようと貯めてきた全財産だ!」


「バカ言わないでよハナクソ! こんなチンカスみたいな金で勝負しようだなんて、ちゃんちゃらおかしいわ! あっははははははーーーー!」


「な、なんだと……!」


 うわ〜、シロッコのヤツ、ブチギレ寸前だ。

 でもしょうがねえよなぁ。料理勝負は両者の合意がなきゃできねえんだからなあ。


「あーバカらしっ! コトナリ、こんなクズ相手にしてないで行きましょ! ごはんがまずくなっちゃった!」


「そうだな、行こ行こ」


 おれたちは背を向けてさっさと出て行こうとした。

 そこに、


「待て! コトナリ!」


 待たない待たない。行こう行こう。


「コトナリと言ったな! 逃げるのか! それでも男か!」


 はいはい逃げますぅ〜男ですぅ〜。


「それでもキンタマついてるのか!」


「なに!?」


 おれは雷に打たれたように立ち止まり、バッと振り返った。

 キンタマついてるのかだと……?


 キンタマついてるのかだと……!?


「タマなしなら逃げても恥ずかしく思わないだろう! だが! おまえはそうやって背中を見せて、堂々とキンタマぶら下げていられるのか!? それともタマなしか!?」


 うっ……!


「なによ失礼ね! コトナリにはちゃんとキンタマがついてるわ! あたしとはじめて会ったとき、ちゃんと手で確認してたもの! そうよねコトナリ!」


 うう……!


「どうした! なぜ青い顔をしている! もしや嘘でもついたのか!? それとも片方なくして半分オカマか!?」


 なに!? なぜそれを知っている!


「へっ……おまえみたいなタマなし、勝負する価値もない」


「坊ちゃん……」


「おれ、帰ります。でもやっぱりあいつは怪しいですよ。親父があんなヤツに負けるわけありませんから。一応保安官に相談して、調査だけしてもらおうと思います」


 保安官だと!?


 こいつ……まさかおれのカレーの秘密を知っているのか!?

 なにせカタキンを言い当てたくらいだ!

 どこまで知ってやがる! 保安官になにを話すつもりだ!


「待て!」


 おれはシロッコを呼び止めた。


「なんだ!」


「その勝負、受けて立とう!」


「!」


 その瞬間、おれたちのあいだに稲妻が走った。

 それは現実には存在しない、しかし落雷よりも激しい魂の衝突だった。

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