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第五話 ジャッジメント

「ふう……やってやったぜ…………」


 おれは最悪のカレーに鼻をつまみ、ズボンを()いた。

 それは料理であって料理でなかった。


 けどしょうがねえ。おれをゴミ箱扱いしたおっさんが悪い。

 おれは仕方なくこうしたんだ。


(はし)も持ってきててよかったぜ」


 おれはカレーを混ぜた。

 すると大量のスパイスが悪臭を包み込み、一見していい色のカレーにしか見えなくなった。


「こりゃあいいぜ!」


 おれは堂々と歩き、闘技場へと戻った。

 すると、


「おい、異世界人! 便所にフライパン持ってくなんて相当(あせ)ってんだな!」


 おっさんが笑った。

 へっ、ちゃんとわけがあんだよ。


「あっ! カレーの量が増えてるわ!」


 お、アンが気づいたか!

 まさかクソ混ぜたのバレちまったか!?


「いったいどうして!?」


「なに! カレーの量が増えてるだと!? なぜだ!」


 ほう、こいつら気づかねえのか。

 まあそうか。だってまさかカレーにクソを混ぜるなんて思わねえもんなぁ。


「おい異世界人! なんでカレーが増えてんだ!」


「秘密さ!」


「クソッ……いったいなぜ……」


 さあて、仕上げといきますか。


「残り時間はどれくらいだ!?」


 そう叫ぶと、


「あと十分だ!」


 ジャッジが教えてくれた。

 よーし、あと十分か。


「なんだか知らねえが、おれのドラゴン煮込みが負けるわきゃねえ!」


 おっさんは鍋から肉を取り出し、ハムカツくらいの厚さで切っていった。

 そうしてそれを大きな皿に並べていく。

 ざっと見て五十枚は切っただろう。


「うりゃりゃりゃりゃりゃ、うりゃあーーッ!」


 さらに豪快に動き、大量の茶碗にごはんをよそい、フランスパンを薄切りにしていく。


「おれも仕上げだ!」


 おれはフライパンに水をたっぷり入れ、沸騰させた。

 やや水っぽいくらいでいい。その方がこの作戦はスムーズにいく。


 ほどなくして沸騰した。

 おれはスープ用の深い皿を用意し、フライパンの中身を移した。

 これでおれの料理は完成だ。


 ちょうどそのとき、


「クロッコ・ショーン、完成です!」


 おっさんがジャッジに向かって叫んだ。

 ほう、できたか。じゃあおれも、


「コメガ・コトナリ、完成だぜ!」


 おなじように叫んだ。すると、


「両者完成! これよりジャッジメントに移る!」


 とうとう実食がはじまった。

 おれたちはジャッジの指示に従い、互いの料理を相手のキッチン台に置き、それぞれの持ち場に戻った。

 なるほど、これでもう料理に手を加えることはできねえってことか。


 しかしおっさんのやろう、あんなにいっぱい作ったのに、ふた切れしか持ってこねえ。

 あっちに置きっぱの大皿の肉はどうするつもりだ?


「ジャッジ! こちら、よろしいでしょうか!」


 おっさんが手を上げ言った。するとジャッジは、


「うむ、いつものアレだな!」


 と、うなずいた。なんだ?


「え〜、観客のみさなん! ささやかながら当店の味を知ってもらいたく、少々多めに作っておきやした! 味見をしたい方はお並びくだせえ!」


『わあー! 待ってましたー!』


 おっさんの声を聞いて観客がどっと押し寄せた。

 なるほど、こいつはこの舞台をどこまでも宣伝に利用しようってわけだな。


「さあさあ小皿を持って! まだ食ってはいけやせんよ! 味バレは厳禁でございやすから、受け手が口にしてからお味見くだせえ!」


 なんて人気だ……こりゃいままでの料理も相当うまかったんだろうな。


 ところで実食って、食う順番に先攻後攻とかあんのかな? それとも同時に食うのか?

 おれの作戦だと、先に食わせてもらいてえんだけど……


「では受け手コトナリよ! 実食の順序を選べ!」


 お、選べんのか!?


「そうか、知らんのだな! 料理勝負は受け手が有利にできておる! お題の選択、実食の順序の優先権は汝にある! さあ、先に(しょく)すか! あとに食すか!」


 ありがてえ! おかげでカレーを冷ます時間が稼げる!


「先に食うぜ!」


「うむ!」


 よーし、そいじゃ、


「いただきます!」


 おれはナイフとフォークを構え、肉を切ろうとした。


 すると!


「な、なんだこれは!」


 おれの声におっさんがニヤリとした。狙い通りって顔だ。


「どうしたのコトナリ!」


「こ、この肉……クソやわらけえ!」


「な、なんですって!?」


 なんだこれ! まるで手応えがねえ!

 プリンかジャムでも切ってるみてえだ!


「がははは! 味も見るがいい!」


「うおおっ! なんてうまさだ!」


 おれはあまりのうまさに叫ばずにいられなかった。

 口に入れた瞬間とろっと溶け、濃厚な肉のうま味が広がる。


『なにこれ! おいしーー!』


苔竜(モスドラゴン)ってこんなにうまいのか!?』


 観客からも絶賛の嵐だ。

 アンもちゃっかりいただいて、


「ああ〜ん! おいしすぎてあたし、どうにかなっちゃう〜〜!」


 とクネクネしていた。


 なるほど、こりゃすげえ。

 ドラゴンのうまさもあるんだろうが、おそらく味付けや調理も完璧だったんだろう。

 さすがでけえツラするだけある。


 だが——


『ねえ、おいしいけどちょっと物足りないわね』


『すんげえうまいんだけど、食った感がなぁ』


 そう、この料理には弱点がある。

 それは食った感のなさだ。

 味もいいし、やわらかい肉というのもおもしろいが、いかんせんやわらかすぎて、これじゃ一品というよりムースに近い。


 しかし、それもヤツは計算していた。


「ご安心くだせえ! こちらにごはんとフランスパンを用意しておりやす! スプーンで乗せて食ってみてくだせえ!」


 なに? どれどれ、ごはんに乗っけて……


「う、うま!」


 米と合う! 史上最強の牛丼だ!


 じゃあパンに塗ると……?


「こっちもうめえーー!」


 なんてこった! 肉単体で食うよりごはんパンに乗せた方が断然うめえ!

 脂質とタンパク質、そして煮汁の味付けが炭水化物と組み合わさることで、究極のうまさを生み出している!


『サイコーー!』


『うますぎるーー! 生きててよかったーー!』


 おれもだぜ! こんなにうめえもんがこの世にあったなんてよお!


「ごめんコトナリ! あんたの負けよ!」


 アン、おめえの言う通りだぜ! こりゃボロ負けだ!


「がははははは! うまいだろう! てめえの失敗カレーなんか話にならねえぜ!」


 ああ、そうだぜ!


 だけどよ……


「それはまだわかんねえぜ!」


 おれはあえて大見えを切った。負けはわかり切っていた。


 だが、ここで降参するわけにはいかねえ!

 おれの口をゴミ箱呼ばわりしたヤツには、なんとしてでも口便器になってもらわにゃなあ!


「でけえ口を叩くのは、おれのカレーを食ってからにしな!」


「ほざきやがったな!」


 おっさんはギロリとおれを睨み、左手で皿を、右手にスプーンを構えた。


「けっ、なんだいこのカレーは! たまねぎが混ざってるだけの具なしじゃねえか! なぜかコーンがちょっぴり混ざってるがよ!」


 おっと、そいつは昨夜のとうもろこしだ!


「まあいいさ! さっさと食ってジャッジに判定をもらおうじゃねえか!」


 そう言っておっさんはビシャビシャのカレーをすくい、口に入れようとした。


 そこに!


「おい、おっさん!」


 おれはベガ立ちで言った。


「まさかスプーンですくって食うつもりじゃねえだろうな!」


「なに!?」


「まさかスープカレーをそんな食い方するのかって訊いてんだよ!」


「それのなにがいけない!」


「っかぁ〜〜! シロートだねえ!」


「な、なんだと!?」


「おれの世界じゃ常識なんだけどなあ〜〜! おっさん知らねえのかあ〜〜!」


「ど、どういうことだ!」


「いやね、スープカレーってのはスプーンでちまちま食うより、皿に口つけて一気飲みした方がうめえのよ。まあ、文明の遅れてる国じゃ、おっさんみてえに食うこともあるけどさ」


「い、一気飲み……!?」


 おっさんは困惑していた。

 観客たちも話を聞いて、


『スープカレーって一気飲みした方がおいしいの?』


『知らなかったな〜』


 と騒ぎだした。

 アンも、


「それホント!? あたし聞いたことないわ!」


 とキラキラした目で言った。

 すまんなアン、聞いたことなくて当然だ。

 だって嘘なんだからよ。


 なんでそんな嘘をついたと思う?

 そんなことしても勝てないのに、どうして?


 ここに狙いがある!


『それにしてもあのクロッコ・ショーンが知らなかったなんてびっくりね〜』


『いつも偉そうに料理知識ひけらかすくせに、案外知らないんだな〜』


「うっ……!」


 おっさんは明らかに狼狽(ろうばい)していた。

 そうなると思ったぜ。

 なにせ勝負開始時に客が言ってたからな。おっさんは知識マウントのクソやろうだってよ。


 したら、知らないなんて言えねえよなあ!


「ごめん、常識だと思ってたわ! 悪い悪い!」


 おれはへらへら言ってやった。すると、


「ば、バカ言うな! 知ってたに決まってるだろう!」


 お、乗りやがった!


「ホントか〜?」


「あたりまえだ! スープカレーは皿に口つけて一気飲み! こんなもの常識に決まっとる!」


 おっさんは顔を真っ赤にし、


「な、なあに! ちょいと試してやったのさ! てめえがこのくれえの常識を指摘できるかをよ! それにおれは猫舌だから、少し冷ます時間が欲しかったんだ!」


「そーかい、そんじゃやってくれ」


「言われなくても食ったらあ!」


 おっさんは皿を両手でつかみ、口をつけた。


 そして!


「ゴクゴクゴクーーーーッ!」


 いった! 飲みやがった!


 バカめ! これが策略とも知らずによお!


 いいかおっさん! てめえが飲んだのはクソだ!

 カレー二十パーセント、クソ八十パーセントのクソ汁だ!

 それをひと息で飲み干しやがって!


 こいつはわかってねえ! クソの怖さを知らねえ!


 クソには大腸菌が大量に含まれている!

 それを人間が摂取すると免疫反応が暴走し、臓器不全“エンドトキシン・ショック”が起こる!


 場合によっては死に至る症状だが、通常、経口摂取ではそれほど重篤(じゅうとく)には至らない!


 だがしかし! それは通常のクソの話!

 検便によると、おれの体内に眠る大腸菌は常人の一兆倍!

 あの量はまず間違いなく致死量!


「うっ……!」


 さあどうだ!


「ウギャアアアアアアアアーーーーッ!」ゴボボボボボボボボーーーーッ!


 よしっ!


「大変! オーナーが血ゲロを吐いてぶっ倒れたわ!」


 アンが前のめりになって叫んだ。

 それに続いて数人の観客が闘技場に飛び込み、おっさんの体を取り巻いた。


『息してないぞ!』


『心臓も止まってる!』


『し、死んでる!』


 そうか、死んだか……まさかここまでうまくいくとはな……

 だがおっさん、あんたが悪いんだぜ。

 おれをゴミ箱呼ばわりしたあんたがよ……


『なあ、この勝負どうなるんだ?』


『オーナー死んじまったぜ?』


 あ、そういえばそうだ。

 おっさん死んじまったけど判定はどうなるんだろう。


「静まれい!」


 ジャッジの尊大な声が響いた。

 途端、辺りを静寂が包み込んだ。


「コトナリ少年! 汝はカレーに毒を入れたか!?」


「や、入れてません!」


 入れたのはクソです! 毒じゃないです!


「うむ! 嘘はついていない! つまりこれは事故死である!」


 ホッ……


「しかし困った! 本来であれば両者の感情を読み取り、勝負の判定をするところ! だが今回はクロッコ・ショーンの感情を読み取ることができなかった! これでは判定ができん!」


 そりゃあ困ったな。


「とはいえ、勝負をした以上、判定を下さねばならん!」


 え? どうするんだ?


「コトナリ少年は生きてうまいという感情を残した! クロッコ・ショーンは死亡し、判別不能状態におちいった! よって……」


 ……ゴクリ!


「この勝負! コトナリのKO勝ちとする!」


「よっしゃああああああーーーー! おれの勝ちだああああああーーーー!」


 おれは高らかにガッツポーズを挙げた。

 まさか勝てるとは思わなかった。


『すげーぞ異世界人!』


『よっ! 料理上手!』


 観客たちの声援が熱いぜ!

 なんかこう……料理やっててよかったァ!


「すごいわコトナリ! あのオーナーを倒すなんて!」


 おう、おれも負けを覚悟してたぜ。最初はあきらめてた。


 でも、アンが背中を押してくれた!


「アン! 君のおかげだ! 君が戦う気持ちを呼び起こしてくれたから、あきらめずに戦えたんだ!」


「そうね! あたしのおかげね!」


 う、うん……そうだね!


「それでは取り決めにより、コトナリ少年のランチ代は無料とする!」


 ジャッジが大声で宣言した。

 そういやそんな話だったな。料理に夢中ですっかり忘れてたぜ。


『ところでさぁ、オーナー死んじゃったけどあの店どうなるんだろう』


『息子さんまだ帰ってきてないんだろ? じゃ異世界人のものじゃないか? たしかあのオーナーも料理勝負で店をぶん取ったんだろ? それを負かしたわけだし』


 おや? 店の心配をしてる観客がいるぞ。

 どうやらおっさんは料理勝負で店を奪い取ったようだが……


「ねえコトナリ! ちょっと耳貸して!」


 なんだよアン。

 そんなにわくわくした声で、なにを秘密話するってんだ?


(ごにょごにょ、あのさ……あの店乗っ取れないかしら)


(はぁ!?)


(料理勝負で店の権利も賭けてたって言えばもらえるわよ。もらっちゃいましょうよ)


(なに言ってんだよ! そんなんできるわけねーだろ!)


(大丈夫よ! 死人に口なしじゃない! それに言うだけならタダよ!)


 うーん……たしかに。

 言うだけ言ってみるか。


「ジャッジ、ちょっといいか?」


「なんだ!」


「実はよ……言い忘れてたんだが、おれたち店の権利も賭けてたんだ」


「なに!? 本当か!?」


「えーっと……」


「本当よ!」

 アンが前のめりで言った。

「あたし聞いてたもの! おれが負けるようなら店をくれてやるーって!」


 おお、よく咄嗟(とっさ)にそんな嘘が出るなあ。


「ふむ……あの男なら言いかねん。明確な約束ではなさそうだが……」


 ど、どうだ……?


「言ったのなら約束だ! これよりショーンズ・キッチンの所有権はコトナリ少年に移る!」


 おお!


「やったああああああーーーー! 大金持ちーーーー!」


 わあ、アンのヤツすげえうれしそうだ。

 こいつ悪知恵が働くなぁ。

 人ひとり死んでるのに、かわいい顔して性根(しょうね)が腐ってやがる。


「これであたしたち働かないで毎日贅沢できるわね! あたしが提案したおかげよ! 感謝してねー!」


 しかもちゃっかり乗っかる気だ。

 恩まで着せて、こりゃとんでもねえヤツと仲よくなっちまったな。


 でもまあ、おかげで地に足がついた。

 異世界にひとりスカンピンで放り込まれて、いまいっときのメシも、今夜寝る布団もなかったところに、たしかな安心が手に入った。


「ありがとよ、アン」


 おれは心から感謝した。

 このかわいらしい小悪党に出会えて本当によかった。


 ——もっとも、今後この女の性悪(しょうわる)さをさんざん味わうことになるのだが……

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