第四話 勝算
「さあ行くぜ!」
勝負開始と同時におっさんが動いた。
食材ゾーンに水の入った大タルがあり、それをでかい鍋に入れてオーブンの上に置いた。
「まずは水を沸騰させる! そのあいだにこいつを下処理だ!」
おっさんは食材の中から太い肉のかたまりを選び、キッチン台に置いた。
「なんの肉かしら?」
アンが闘技場の外から興味深そうに言った。
観客たちも、
『牛や豚の色じゃないぞ』
『モンスターの肉か?』
と口々に話している。
現地人がわかんねえんじゃおれに知りようがねえ。
「へっ、なんだい! だれもこの肉がなんだかわかんねえのかい!」
そうだぜ!
「こいつァかの有名な高級食材、苔竜の肩ロースだ!」
『な、苔竜だって!?』
それを聞いた途端、観客がざわめいた。
なんだ、その苔竜ってのは?
「すごいわ! さすが街一番の高級レストランね!」
なんだアン、そんなにすげえのか?
「すごいなんてもんじゃないわよ! 苔竜っていうのは岩竜が十年以上眠り続けて体に苔が生えて、はじめて成れるものなのよ! 貴重なんてもんじゃないわ!」
うへっ! そりゃすごそうだ!
「おや、お嬢ちゃん! 素人にしちゃ少しは知ってるようだな! ま、見ただけじゃ判別はできなかったようだがな! ガハハハ!」
おっさんはでかい口をさらにでっかく開けて高笑いした。
なんかウゼエな。
「みなさんどうぞご覧くだせえ! これが当店の最高級食材でございやす! ご予約いただければなんでも取り揃えやす! 記念日、祭事にはぜひご利用くだせえ!」
このやろう、勝負のついでに宣伝してやがる!
いやなヤツだぜ!
『ホント、いやなヤツよね〜』
お? 観客もそう言ってるぞ?
『あのお店すごくおいしいけど、オーナーは好きになれないわね〜』
『料理の知識があるからって毎回ひけらかすからな。たしかにこの街であいつより料理にくわしいヤツはいねえけどよ』
フーン、人気ねえんだな。
ま、料理の評判はいいみてえだけど。
「がははははは! おれの料理のとりこになりやがれ!」
おっさんはフライパンをオーブンに乗せ、油をひいた。
なるほど、おれはガスコンロしか知らなかったが、薪オーブンの上は鉄板だから熱いんだな。
ざっと見て三つはフライパンが置けそうだ。
そいで三カ所、丸く切り抜いてあって、つかんで取れる蓋になっている。
おっさんがお湯を沸かしてる鍋を見ると、どうやら蓋を外した穴の上に置いている。
きっとその方が直火で熱いんだろう。
湯を沸かすだけなら熱い方がいいからな。
「がははは! てめえもう見惚れてやがるのか! まだ鍋とフライパンをあっためてるだけだぜ!」
勉強してんだよ! こんなのはじめてだからな!
「さあて、まずは焼きを入れる!」
おっさんは肉をフライパンに乗せ、ジュージュー焼いた。
くそっ、いい音だぜ!
においも香ばしくて、さっきメシを食ったばっかなのに腹が鳴っちまう!
「ほどよく焼き色がついたら、こいつを沸騰したお湯にぶち込み、弱火で一時間ほど下茹でする!」
一時間も下茹でだと!? それじゃ制限時間が!
「そうして茹でたのがこちらです!」
なに!? すでに茹でたものを用意していただと!?
なんて準備のいいやろうだ!
「次は煮汁だ! まずは長ネギを長めに切る! 次にショウガをスライス! ニンニクはざく切りにする!」
な、なんて手際がいいんだ!
包丁と食材が踊ってるみてえだ!
「そして大量のタマネギをみじん切りだ!」
うおっ! すげえ量のタマネギだ!
しかも爆速で切っていきやがる!
「コトナリ、気をつけて!」
「なんだ、アン!」
「あいつ、メチャクチャやわらかいドラゴン煮を作るつもりよ!」
「なんだって!?」
「フッ、小娘わかりやがるか!」
「ええ、あんたそのタマネギで肉をやわらかくするつもりね!」
「ああそうさ! タマネギには肉をやわらかくする効果がある! こいつと煮込んだ肉はトロットロになりやがるぜ!」
ちくしょう! 肉がやわらかくなるだと!?
なにをどう気をつけろってんだ!
「がははははは! こいつを沸騰した湯に入れ、砂糖、しょうゆ、酒を混ぜたら煮汁の完成! あとは肉も入れて蓋をして、弱めの中火で三十分煮込む!」
このやろう! うまそうじゃねーか!
「さあ異世界人! てめえはどんな料理を見せてくれるんだ!」
あっ、しまった! ついつい見入っちまって自分の調理を忘れてたぜ!
「なにやってるのよコトナリ! あんた負けたら一年間飼い殺しなのよ!」
いけねえ、さっさとやらなきゃよ!
気を取り直して、
「おっし、見せてやるぜ! この世界にない料理をな!」
「どんな料理を作りやがるんだ!」
フッ……どんな料理かって?
おれが作るのはカレーだ!
インドで生まれた、日本でも大人気の地球料理、カレー!
姉さんの料理を手伝っててよかったぜ!
おかげで市販のルーなしでカレーが作れる!
こちとら記憶力には自信があるんだ!
スパイスはターメリック、クミン、コリアンダー、チリパウダー!
これを炒めたタマネギにぶち込んで混ぜる!
そのためにはスパイスを拾わなきゃならねえ!
「くっ、どれだ!」
クソッ、食材置き場にそれっぽいもんがあるにはあるが、どれがなんだかわからねえ!
おれは文字が読めねえんだ!
これじゃカレーが作れねえ!
「どうしたの、コトナリ!」
「材料がわかんねえんだ!」
「ええ!? なにそれ!」
「ちくしょー! ターメリックはどれだ! クミンはどれだー!」
「おい、異世界人!」
「なんだよおっさん!」
「ターメリックはそれ! クミンは右下のそっちだ!」
なっ……!?
「おっさん! なんで敵なのに教えてくれるんだ!」
「クックック……わからねえか?」
わかんねえよ。ありがてえけどわかんねえ。
「それはな、てめえなんぞ敵じゃねえからさ!」
なんだと!?
「だってそうだろ! てめえが作ろうとしてる料理の材料もわからねえド素人に、一流のおれが負けるはずがねえだろうが!」
たしかに!
「ま、失敗だけはするなよ! 異世界の料理を見てみたいからな! がははははは!」
うぐっ……ムカつくやろうだ!
だがここは教えてもらうしかねえ!
「あとコリアンダーとチリパウダーはどれだ!」
「それと、それだ!」
「よしっ!」
くやしいが、おかげで準備ができた。
まずはタマネギをみじん切りにする!
「ほう、プロにゃほど遠いが、まったくの素人じゃねえな」
おうよ、姉さんの手伝いしてたからな!
「そうしたらフライパンを熱し、バターをしいて、タマネギを炒める!」
「ほう……」
「さて、こんなもんか……」
とりあえず火は通った。
本当はアメ色になるまで炒めた方がいいが、そうするには時間がかかる。
ここはしょうがねえ。
「そしてここにスパイスをぶち込み、炒める!」
「おい、異世界人!」
なんだ!
「まだ五分くらいしか炒めてねえぞ! アメ色になるまで待った方がよかったんじゃねえか!?」
なっ……!?
「おっさん、なぜそれを!?」
「てめえが作ってるのはカレーだろ!?」
な、なにい!?
「か、カレーを知ってるのか!?」
「知ってるのかだと!?」
おっさんはキョトンとし、がははは大笑いした。
そして観客たちも、
『なにあれ、ただのカレーじゃない』
『異世界料理じゃないのか?』
と、ざわついている。
ま、まさか……!
「おう、知ってるさ! カレーとははるか昔、羊などのクセのある肉をうまく食うために作られたスパイス料理だ! 元はにおい消しを目的とした調理法だが、現代じゃひとつの料理として広く愛されている! ごはんやパン、ナンなどにつけて食ってもいいが、スープカレーなんてのもあらあなぁ!」
おれより知ってる!
「コトナリ! もしかしてあんた、ただのカレーを作るつもり!?」
ギクッ!
「それのどこが異世界料理なの!? しかもそんなにたくさんスパイスを入れて、それじゃ肉の臭みどころか、うま味も風味も消し去ってしまうわ!」
しまった、量までは覚えてなかった!
「おいおい、もう残り時間も少なくなってきたぜ! 肉や野菜は用意しなくてよかったのか!? 生焼けだけは勘弁だぜ!?」
ああっ! やっちまった! これじゃ具なしだ!
「ま、ごはんとパンだけは対決用に用意してあるからよ! 食い方は指定してくれや! がはははははは!」
ちくしょう……ちくしょう!
なんてこった……まさかこの世界にもカレーがあったなんてよ……
しかも失敗しちまったし、こんなん勝てるはずがねえ……
お、おれの負けか……
「ねえコトナリ、あんた負けちゃうわね」
うるせえよ、アン……
「でもそんなにがっくし肩落とすことないんじゃない?」
は?
「だって負けたらショーンズ・キッチンで一年間タダ働きでしょ? でもまかないは食べられるわよね。高級レストランのまかないよ。メチャクチャおいしいんじゃない?」
あ、そういえば!
「がははははは! お嬢ちゃんいいとこに気づいたな!」
おっさん……!
「その通りだ! さすがにメシを食わせねえってわけにはいかねえ! 死んじまうからな! メシは出るぜ!」
お、おっさん……!
「ただし! まかないは出ねえ!」
おっさん!?
「だれが食い逃げやろうなんかにマトモなメシを食わせるかよ! てめえが食うのは残飯だ! ふだんは家畜の餌にしてる客の食い残しだ! てめえの口はゴミ箱代わりってわけよ! がははははは!」
こ、このやろう!
「よかったわねコトナリ! すっごく豪華な残飯よ!」
よかねえ! おれは人間だぞ!
それを……それを…………ゴミ箱代わりだとお!?
バカにしやがって!
「アン! 便所はどこだ!」
「えっ? なに突然」
「便所はどこだって訊いてるんだ!」
「ええと、そこに公衆トイレがあるけど……」
「よし、そこだな!」
おれは調理中のフライパンを持ち、一目散に便所へ向かった。
このやろう、ナメやがって!
「おい、勝負の途中だぞ! 逃げるのか!?」
「うるせえ、待ってろ!」
おれは便所に入ると、個室にこもり鍵をかけた。
日本のボットン便所に似たトイレだった。
「ちくしょう……おれの口がゴミ箱だと……!?」
おれは頭にきていた。
このグルメで通ったおれの口に残飯を食わせようなんて根性が許せなかった。
おれは床にフライパンを置き、ズボンを脱いだ。
そしてその上にまたがり、カレーの熱をケツに感じながら腰を降ろした。
勝負には負けた。
カレーのできは最悪だった。
だが! せめて一矢報いる!
「ならてめえの口は便所だぜーーーーッ!」
ブリブリーーーッ! ブリュリュリュリュリュブッバァーーーーッ!