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第三十話 子供チンチン

 その晩おれは、みんなを部屋に呼び、話をした。


「おれ……辞退(じたい)しようと思う」


「ええっ!? どうして!?」


 アンが驚き、カリンもなぜじゃと不思議がった。

 アカトだけは黙って耳をかたむけている。


 おれは言った。


「すまねえ……でも、この勝負は勝てねえ」


「勝てないってどういうこと?」


「王がフグを使うからだ」


「フグのなにが問題なのよ」


 へ……?


「おまえ、フグ毒を知らねえのか?」


「あたりまえじゃない! あたしたち庶民はフグに触れることを禁止されてるのよ! っていうかフグ毒!? フグって毒があるの!?」


 なるほど、この国の人間はフグのことをまったく知らないのか。

 それで王はフグを使って、十年間挑戦者をKOし続けてきたってわけだな。


 まったく恐ろしい話だぜ。

 ヤツが一週間うまいものでも食えと言ったのは、おれが勝負中の事故——フグ毒で死ぬからだ。


「ねえ、そのフグ毒って解毒(げどく)とかできないの?」


「そうだな……おれもフグに関してはちっとうろ覚えでさ……」


 おれはかつて姉さんがフグを調理していたときのことを思い出した。


 その日は母さんの誕生日で、姉さんは事前に動画サイトで学んだテクでフグをさばいていた。


「フグって毒があるんじゃねえの?」


 そう尋ねるおれに、姉さんは、


「ええ、テトロドトキシンというアルカノイド系の神経毒を持っているわ。これを摂取すると麻痺からくるさまざまな症状によって、やがて呼吸困難で死亡するの。でも大丈夫。毒のある部位と無毒の部位があるから、そこを間違えなければ調理できるわ」


 そう言ってフグ刺しやふぐ鍋(てっちり)、唐揚げなどを作った。

 姉さんの腕と知識はたしかなもので、我が家は無事美食を堪能することができた。


「なるほどね……つまり、有毒部位を食べなければ大丈夫ってわけね!」


 そうか、アンのヤツ頭がいいな!

 たしかにそれならKOされることはない!

 フグの超絶なるうまさを堪能し、かつカウンターを決めることができる!


「なあコトナリ、フグってそんなにうまいのか?」


 ん? アカト気になるのか?

 メチャクチャうまいぜ。魚の中じゃトップだな。

 ほかに並ぶものがねえよ。


「へえ……そんなに……」


 アカトの口元からひと筋のヨダレが垂れた。

 そういやこいつ、魚をよく食う地域の出身だったな。

 うまい魚は気になるんだろう。


「で、フグの毒はどこにあるのよ」


「そうだな……たしかトラフグの場合、肝臓、皮、それと……え〜っと……」


「それと?」


 ううむ、思い出せねえ。

 あとどっか有名な部位があったはずなんだが……


「なにかこの辺りっていう記憶ないの?」


「たしか産卵に関わる部位だった気が……」


「それじゃ卵巣かしら?」


「いや……卵巣ではなかった気が……」


「じゃあ精巣?」


「精巣……う〜ん……精巣……だったかなぁ……?」


「つまりキンタマね! キンタマに毒があるなんてすごい魚ね!」


「そうじゃのう! ドラゴンにもそんなヤツはおらんぞい!」


「そんなにうまいのか……ゴクリ」


「そうとわかれば対策を考えましょ! 勝って王になって贅沢し放題よ!」


「イタリアンじゃ! 毎日イタリアンじゃ!」


 うーむ……なんか流れで精巣ってことになってしまった。

 思い返せば卵巣が正解のような気もするんだよなぁ。

 でも違うって言っちまったし、いまさら蒸し返すのもなんだしなぁ……


 ……よし! めんどくせえしキンタマってことで!


「それじゃ海に行きましょう!」


 海に? なぜ?


「実物を見に行くために決まってるじゃない! 実際にフグを観察して、どこを食べちゃいけないか確認するのよ!」


 なるほど! さすがアンだぜ!

 悪巧みが得意なだけあって頭が切れる!


「それじゃ、あすの朝出発ね!」


 そんなわけでおれたちは翌朝、海に向かった。

 本来なら駅馬車を乗り継ぐところだが、ありがてえことにカリンはおれたちを乗せて飛ぶことができる。

 おかげで半月以上かかる道のりを、ほんの十分ほどで到着した。


「いやー、透明になる魔法が使えるなんてすげえなあ」


「わしはドラゴンの神じゃからのう! これで目立たずに済んだじゃろ!」


「ホント、都合よく透明になる魔法が使えて助かったわねー! おかげでサクサク進んだわ!」


「フグ……食ってみたいなぁ……」


 おいおい、アカトしゃっきりしろよ。

 おれたちはいま生きるか死ぬかの戦いに備えて調査しにきてるんだぜ。


「おっと、すまない。そうだよな、コトナリの命がかかってるんだ。気合いを入れてがんばるよ」


 おう、そうしてくれると助かるぜ。


「で、どうやってフグを手に入れようかしら」


 この国では王以外の者がフグに触れることは禁止されている。

 たとえ釣りや漁で()れることがあっても持ち帰りは厳禁で、かならず放流しなければならない。

 唯一、王が立ち会った場合にのみ許可される。


河岸(かし)にも上がらんのじゃろう? となると捕獲するしかないのかのう?」


「こっそり釣り上げるつもり?」


 おう、その点に関しちゃ昨夜のうちに作戦を考えておいたぜ。


 この広い海のどこにいるかもわからねえフグ。

 そいつを見つけ出すには漁師としての勘と経験が必要だ。


 だがおれたちは素人。

 ふつうにやってもダメだろう。


 ならふつうにやらなきゃいい!


「翻訳!」


 おれは海に向かって叫んだ。

 すると一瞬、海全体がざわめいたように感じた。


「なにをしとるんじゃ、コトナリ」


「海に向かって翻訳の魔法を使ったのさ」


「それでどうするつもりじゃ?」


「呼ぶのさ」


 おれは大きく息を吸い込み、


「おおーい! だれか暇なフグ来てくれー!」


 と声をかけた。

 つまり呼び出しだ。

 翻訳の魔法によって言葉が通じる状態にし、直接フグを呼び出すって寸法だ。

 魚に魔法が通じるかは微妙なとこだが、ゴブリンとドラゴンに実績がある以上、不可能とは思えない。


 そして、結果が出た。


「フグー!(おう、呼んだかい!?)」


 おっ! 出てきやがった!


 海面から一匹のフグが顔を出した。

 この見た目……トラフグだな!


「フグー!(いま嫁さんが実家に帰っちまってよお! 暇だから出てきてやったよ! なんの用だい!?)」


 嫁さん? てことはオスのフグだ! キンタマがあるぞ!


「カリン! 頼んだ!」


「のじゃ!」


 おれの合図でカリンが両手を前に出し、浮遊魔法を使った。すると、


「フグー!(およっ? およよっ!?)」


 フグが空中に浮かび、おれたちの方に引き寄せられた。

 これで釣竿なしでも捕まえられるってわけだ。


「フグー!(なんだこりゃ!? こりゃあいったいどうなってんだ!?)」


 とフグが慌てているところに、


「せいやっ!」ビシッ!


「フグー!(うぎゃー!)」


 おれのチョップが炸裂し、フグは失神した。


「やったわ! これでフグが観察できるわね!」


 ああ! あとは有毒部位を確認するだけだ!


「えっと、皮と肝臓とキンタマよね。肝臓はあとでバラして確認するとして……」


 アンは空中に浮かぶフグをさまざまな角度から見回した。

 そうしていると、


「あらっ? おかしいわ」


 なにがおかしいんだ?


「だってこれオスでしょ? なのにキンタマがないわ?」


 えっ!? そんなバカな!


 おれたちは必死にキンタマを探した。

 といっても直接キンタマがあるわけじゃねえ。

 おそらくチンチンと玉袋があり、その中に入っている。


 だがおかしなことにチンチンも玉袋も見当たらない。


「こんなことってあるのかしら? まさかメスだったり?」


「いや、さっき嫁さんとか言っとったぞい。オスに決まっとろう」


「でも影もかたちもないわ」


 ううむ、こりゃ困った。

 オスなのにキンタマがねえなんてありえねえ。

 だけど実際見当たらねえ。

 どうなってんだこりゃ。


「ねえ、コトナリ、アカト。あんたたちにもわかんないの? 実物持ってるんだから見ればわかるでしょ?」


 う〜ん……そりゃあ持ってはいるが、いつも上からのアングルでしか見ねえからなぁ。

 せめて正面からしっかり見られれば……


 そう思っていると、


「よし! ここはおれがひと肌脱ごう!」ババッ!


 お、アカト!


「さあ、見比べてくれ!」


「あら! これで見本が手に入ったわ!」


「これならドラゴンのわしでも一発じゃ!」


 さすが年長者! ここぞというときにベストのサポートをしてくれる!

 これで勝ったも同然だぜ!


 ——と思いきや、


「ねえ……どこにあるのかしら」


「おなじものがついとらんのお」


 なんだって!? わざわざ目の前に見本があるってのに、おなじものが見つからねえだと!?


「アカト! これ本当にキンタマよね!?」


「もちろんだ! 正真正銘、男のキンタマだ!」


「じゃがないぞい!」


 そんなはずはねえ! オスなのにキンタマがねえなんてありえねえ!

 いったいなにがどうなってやがる!


「あーっ! これ違うわ!」


 お? なんだアン。なにか気づいたのか?


「これ、あたしの知ってるチンチンじゃない!」


 なんだって!?


「だってあたしBL本よく読むけど、なんか違うもの!」


 ど、どう違うんだ!?


「頭が出てないわ! それにすごく小さい! 小指くらいしかないわ!」


 ハッ……! そういえばキンタマに夢中で気づかなかったが……これは!


「どういうこと!? なんでこれ、こんなに小さくて頭が出てないの!?」


「ぐっ……!」


 アカトが苦しげにうめいた。

 やめろ! それ以上はいけない!


「ねえコトナリ! 男のあんたならわかるでしょ!? これ本当にチンチンなの!?」


 おれはぎゅっと胸が苦しくなった。

 この問いには答えなければならない。

 事態を把握させるには説明しなければならない。


 できれば言いたくないが……


「これは……子供チンチンだ……」


「子供チンチン!?」


「うぐっ……!」


 アカトが悲痛に顔をゆがめた。

 すまねえ! だが仕方ねえんだ!


「なんじゃそれは! チンチンには大人と子供があるのか!?」


「……ある」


 おれは下を向き、静かに言った。


「アンが本で読んだのは、いわゆる大人チンチンだ。そしてこのフグは嫁さんがいると言っていた。つまりこいつは大人ってわけだ」


「それじゃあ大人チンチンと見比べなくちゃ意味ないじゃない!」


 おれは黙ってうなずいた。

 もう言葉が出なかった。


「どうりでキンタマが見つからんはずじゃ! 大人チンチンを探さんといかんのに、お手本が子供チンチンなんじゃからのう!」


「なによそれ! あんたふざけてんの!?」


「す、すまない……」


「すまないじゃないわよ! コトナリの命がかかってるのよ! あんたいくつよ!」


「さ、三十六だ……」


「はあ〜!? なにそれ! 三十六歳にもなって子供チンチンって、許されるとでも思ってるの!?」(なお、筆者は三十四歳、子供チンチンである)


「おぬしバカにしておるのか!」


「も、申し訳ない……」


「いいかげんにしなさいよ!」


 アンとカリンは猛烈な罵倒を繰り返した。

 なんてこった……フグのキンタマが見つからねえばかりじゃなく、仲間のムードまで険悪になっちまった。

 この一致団結しなきゃならねえってときに……

 なんとか雰囲気をよくしてえが、どうすれば……


 ……あ、そうだ!


「アカト! ちょいと動かねえでくれ!」


 おれはポケットからペンを取り出し、アカトの前でしゃがんだ。

 そうだよ、あの手があったよ。

 日本人ならだれでも知ってるあの方法がよ。


「お、おい……くすぐったいぞ。なに描いてるんだ?」


「あんたペンでなに描いてるの?」


 まあ見てなって。もうちょいで描き終わるから……


 ……よし、できた!


「さあ、見てみな!」


 おれはアカトから離れ、アンとカリンにそれを見せた。

 すると!


「あっ、ゾウさんじゃ!」


「きゃー! かわいい〜!」


 よし! 怒ってたふたりが笑顔になったぞ!


「え、ゾウさん!? おれのチンチンがゾウさんになってるのかい!?」


「ああ、ほら!」


 おれは手鏡を取り出しアカトにも見せてやった。


「おお! こりゃあいいぜ!」


「なんだかたのしくなってきたのう!」


「かわいいー! ツンツン!」


 へっ、どうだい。これは子供チンチンじゃなきゃできねえわざだぜ。

 アカトのチンチンに感謝だな。


「なんかおれ……自信出てきたよ!」


「さすがじゃコトナリ! 王に挑むだけのことはあるのう!」


「ツンツン!」


 よかった……これでまたチームがひとつになった。


 フグのキンタマは見つからなかった。

 だけどおれたちは、そんなものより大切なものを手に入れた。


 ——絆。


 この結束なら大丈夫だ。

 たとえどんな恐ろしい相手でも、こいつらとの絆があれば立ち向かえる。


 待ってろよ国王! おれたちの絆の力を見せてやるぜ!


「ツンツン! ツンツン!」

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